陽だまりのデュエット
馬車に揺られている間、私は現実逃避に昔のことを思い返していた。お屋敷でルーク様と共に沢山勉強してきたが、地理をきちんと学んでおいて本当に良かったと一人胸を撫で下ろした。ルーク様の初めての外出がこのような形になってしまったのは大変遺憾ではあるが。
ルーク様は馬車に乗ってすぐにお眠りになった。常に前衛で魔物と戦われていたのだ。随分とお疲れだろうと申し訳なく思っていると、正面に座っている女が「緊張感がないのかしら?」と馬鹿にしたように呟くのが聞こえた。誰の所為でこんな事になったと思っているのだと怒鳴りつけてやりたかったが、ルーク様を起こしてしまわないようグッと怒りに耐えることしかできなかった。
馬車に乗ってから数時間が経ち、イスパニア半島から西ルグニカ平野へと繋がる橋を渡りきった頃だった。馬車の前方からから段々と爆発音が近づいてくるのが聞こえた。とうとう爆発音の大きさに、それまでぐっすりお眠りになっていたルーク様が思わず飛び起きた。窓の外では別の馬車が戦艦に追われているようだった。
「何が起こっているんですか?」
尋ねると馭者は興奮気味に答えてくれた。
「マルクト軍が盗賊団を追っているんだ!ほら昨日あんたらと勘違いした漆黒の翼だよ!まさかマルクト軍の最新型陸上装甲艦タルタロスを拝めるとは!」
嬉々として答えてくれた馭者だが、このままではこちらの馬車も砲撃を受けてしまう。
『そこの辻馬車!道を開けなさい!巻き込まれますよ!』
戦艦から拡声器による声が聞こえた。馭者は戦艦の指示通り道を開ける。漆黒の翼は橋の上を通り過ぎるところだった。あと少し橋を渡るのが遅かったら巻き込まれていたなと思いながらマルクト軍と漆黒の翼の攻防を見ていると、最悪の事態が起こった。漆黒の翼が橋を落として逃げたのだ。橋の手前まで迫っていたマルクトの戦艦は慌てて譜術障壁を発動し停止したがまんまと漆黒の翼に逃げられてしまった。
漆黒の翼やマルクト軍などこちらとしてはどうでもいいことなのだが、橋を落とされてしまったのは他人事ではなかった。
「マジかよ!橋が落ちちまったじゃねぇか!!」
「ルーク様、どうしましょう……」
私もルーク様も顔が真っ青になっていた。このままではケセドニアに行くことができない。カイツール軍港まで行かなければ船に乗ることができなくなってしまった。しかし、その為にはマルクトの検問を通過しなければならず、その為には旅券を手に入れる必要があった。完全に詰んだ、と絶望している私達とは対象的に、「問題ないわ」と何故か女は楽観的に構えていた。
エンゲーブに着いた私達であったが、先程の橋爆破事件が尾を引いて空気は沈んだままだった。「まあ元気出せよ」と言って去っていく馭者に適当に挨拶し、まずは休息を取ろうと私達は宿屋に向かうことにした。村に入る前にタタル渓谷で拾ったマントをルーク様に羽織っていただく。キムラスカの王族の証である赤い髪を隠すためだ。
賊の女には着いてくるのはここまで良いと言ったのだが、私には責任が〜等と言って相変わらず付きまとわれていた。もう無視するしかないとルーク様と二人、心を虚無にしながら村を歩く。
宿屋の前では人集りができており食料泥棒がどうのこうのという話が聞こえてきた。ここでも盗賊の面倒事に巻き込まれるのかとうんざりするが、宿屋に入れる雰囲気でもないので先に買い出しでもしようという話になった。
エンゲーブは世界の食料庫と言われるだけあって、安くて新鮮な食べ物が沢山市場に並んでいた。ルーク様は初めて見る市場の様子に目をキラキラさせている。
「おっ!見ろよマリア!このリンゴすげー美味そうだぜ!」
ルーク様がリンゴを一つ手に取る。真っ赤に熟れたリンゴの実は見ているだけでも美味しそうなのに、爽やかな香りがより強く食欲を唆るものだった。
「とても良い香りですね!ご主人、このリンゴを頂けますか?あとこっちの野菜も」
「おう、毎度あり!ついでに1個おまけしてやるよ!ウチのリンゴを褒めてくれたお礼だ!」
「いいのか?サンキューなおっさん!」
八百屋の店主にお礼を言い、他にも旅に必要な道具を補充するため店を回った。魔物との戦いでボロボロになった木刀の代わりに真剣を買い、グミやボトル類も補充した。私も譜術を補助するために杖が欲しいと思ったが、手持ちの予算では厳しいため泣く泣く諦めた。ちなみに食料はルーク様と私の分しか買っていないのだが女は気づいていないのだろうか?
ようやく宿屋の前から人集りが居なくなって私達は宿屋に入ることができた。受付ではピンクの軍服を着た女の子が宿屋の主人と話していた。
「連れを見かけませんでしたか?私よりちょっと背が高くて、ぼやーってした男の子なんですけど...」
「いやぁ、しばらくここを離れてたから見てないなぁ」
「も〜イオン様ったら何処に行っちゃったのぉ」
人を探しているようだが、探し人の名前に「ん?」となる。
「イオン...?今イオンって言ったか?」
思わずルーク様が少女に話しかけてしまう。
「もしかしてイオン様が何処にいるか知ってるんですか!?」
少女がルーク様に駆け寄り尋ねる。
「いや、知らねぇけど」
「なんだぁ〜。もーうイオン様ったら何処にいるんだろぉ」
ルーク様の知らないという答えに肩を落とし、そのまま去ろうとする少女をルーク様が引き留める。
「待った!導師イオンは行方不明だって聞いたぞ?この村に居るのか?」
ルーク様が問うた内容は私には初耳だった。しかし少女は導師イオンは自分の連れだと言っていたので、この村の近辺に導師イオンはいるのだろう。ルーク様が導師の行方不明の話を聞いたのは恐らくバチカルでだ。見たところ信託の盾の軍服を着ているので少女は信託の盾の兵士なのだろうが、護衛がいるなら導師がこの辺りに来ているのは本人の意志なのだろうか?護衛対象を見失っているというなんとも不安な護衛だが...。
「はぅあ!?そんな噂になっちゃってるんですかぁ!!早くイオン様に伝えないと!」
そう言うと少女はルーク様の質問には答えず脱兎のごとく掛けていった。結局何が何だか分からないまま私達は宿を取った。もちろん私とルーク様の分しかチェックインしていなかったので、女は何故私の分の部屋を取っていないのかと詰め寄ってきた。「私はあなたの名前を知りませんので」と言うと更に喚き散らしてきたが無視して部屋に入り鍵を掛けた。
疲れきっていた私とルーク様は食事を摂って満腹になると、やってきた睡魔に逆らえず日も沈まぬ内にそのまま眠りについてしまった。ルーク様にとっては、宿屋のベッドなど公爵家のベッドに比べて硬くて寝心地も悪かっただろうが、文句のひとつもなく横になられていた。馬車で眠ったとはいえ、やはり疲れはとれていらっしゃらなかったのだろうなと考えながら、私の意識もいつの間にやら落ちてしまっていた。
どれだけ疲れていても体内時計という物は正確なのか、いつもと同じくらいの睡眠時間で目が覚めてしまった。ルーク様も同じだったらしく、私が「おはようございます」と挨拶すると眠そうに「...おはよ」と答えた。
早く目覚めてしまったものは仕方がないので、軽く朝食を摂ってから昨日できなかった入浴を交互に行う。身を清めたことでようやくスッキリと目が覚め、私とルーク様はこれからのことを話し合った。
「橋が落とされた以上、カイツールに行くしか帰る方法はないな」
「そうですね。しかし、ルーク様が誘拐されたことで公爵家からも捜索隊が出ている筈です。下手に動かず、彼等に見つけて貰う方が安全なのではないでしょうか?」
私の言葉にルーク様がうんうんと頷く。
「確かにそうだよな。無理に移動しなくたって迎えが来るのを待てば良いんだもんな。なら、暫くこの村で捜索隊が来るのを待ってようぜ!」
「そういたしましょう」
ルーク様の言葉に賛成する。今まで自力で帰ることばかり考えていたが、無理に帰らず見つけてもらおうと考えを改めたことで、私もルーク様も心に余裕ができた。
「でもさ、暫く宿に泊まるんならそれなりに金も必要になるんじゃねぇ?」
ルーク様のおっしゃる通り、昨日の買い物と宿代で資金は底を突いていた。手っ取り早くお金を稼ぐためには魔物を倒すしかない。あの女のせいで魔物との強制戦闘を何度もこなす事になった私達の戦闘レベルは、屋敷にいた頃よりも格段に上がっていた。無闇に使うのは危険だからと攻撃系の譜術は使わなかったが、そろそろ初級譜術くらいなら問題なく使えるだろう。しかし譜術の詠唱中は隙ができる。とても私一人では魔物との戦闘を行うのは無理があった。
う〜ん...と私が悩んでいると、ルーク様は「魔物倒すしかねぇかぁ」と頭をぼりぼり掻きながらおっしゃった。私の立場としては、ルーク様にこれ以上魔物と戦うなど危険なことはしてほしくないのだが、現状ルーク様に頼るしか方法がない。(そもそも譜術を使える時点で普通のメイドではないのだが)私も剣術を学んでおくべきだったか...などと馬鹿げたことを考えつつ、「ご苦労をお掛けします」と言うしかなかった。
ルーク様は馬車に乗ってすぐにお眠りになった。常に前衛で魔物と戦われていたのだ。随分とお疲れだろうと申し訳なく思っていると、正面に座っている女が「緊張感がないのかしら?」と馬鹿にしたように呟くのが聞こえた。誰の所為でこんな事になったと思っているのだと怒鳴りつけてやりたかったが、ルーク様を起こしてしまわないようグッと怒りに耐えることしかできなかった。
馬車に乗ってから数時間が経ち、イスパニア半島から西ルグニカ平野へと繋がる橋を渡りきった頃だった。馬車の前方からから段々と爆発音が近づいてくるのが聞こえた。とうとう爆発音の大きさに、それまでぐっすりお眠りになっていたルーク様が思わず飛び起きた。窓の外では別の馬車が戦艦に追われているようだった。
「何が起こっているんですか?」
尋ねると馭者は興奮気味に答えてくれた。
「マルクト軍が盗賊団を追っているんだ!ほら昨日あんたらと勘違いした漆黒の翼だよ!まさかマルクト軍の最新型陸上装甲艦タルタロスを拝めるとは!」
嬉々として答えてくれた馭者だが、このままではこちらの馬車も砲撃を受けてしまう。
『そこの辻馬車!道を開けなさい!巻き込まれますよ!』
戦艦から拡声器による声が聞こえた。馭者は戦艦の指示通り道を開ける。漆黒の翼は橋の上を通り過ぎるところだった。あと少し橋を渡るのが遅かったら巻き込まれていたなと思いながらマルクト軍と漆黒の翼の攻防を見ていると、最悪の事態が起こった。漆黒の翼が橋を落として逃げたのだ。橋の手前まで迫っていたマルクトの戦艦は慌てて譜術障壁を発動し停止したがまんまと漆黒の翼に逃げられてしまった。
漆黒の翼やマルクト軍などこちらとしてはどうでもいいことなのだが、橋を落とされてしまったのは他人事ではなかった。
「マジかよ!橋が落ちちまったじゃねぇか!!」
「ルーク様、どうしましょう……」
私もルーク様も顔が真っ青になっていた。このままではケセドニアに行くことができない。カイツール軍港まで行かなければ船に乗ることができなくなってしまった。しかし、その為にはマルクトの検問を通過しなければならず、その為には旅券を手に入れる必要があった。完全に詰んだ、と絶望している私達とは対象的に、「問題ないわ」と何故か女は楽観的に構えていた。
エンゲーブに着いた私達であったが、先程の橋爆破事件が尾を引いて空気は沈んだままだった。「まあ元気出せよ」と言って去っていく馭者に適当に挨拶し、まずは休息を取ろうと私達は宿屋に向かうことにした。村に入る前にタタル渓谷で拾ったマントをルーク様に羽織っていただく。キムラスカの王族の証である赤い髪を隠すためだ。
賊の女には着いてくるのはここまで良いと言ったのだが、私には責任が〜等と言って相変わらず付きまとわれていた。もう無視するしかないとルーク様と二人、心を虚無にしながら村を歩く。
宿屋の前では人集りができており食料泥棒がどうのこうのという話が聞こえてきた。ここでも盗賊の面倒事に巻き込まれるのかとうんざりするが、宿屋に入れる雰囲気でもないので先に買い出しでもしようという話になった。
エンゲーブは世界の食料庫と言われるだけあって、安くて新鮮な食べ物が沢山市場に並んでいた。ルーク様は初めて見る市場の様子に目をキラキラさせている。
「おっ!見ろよマリア!このリンゴすげー美味そうだぜ!」
ルーク様がリンゴを一つ手に取る。真っ赤に熟れたリンゴの実は見ているだけでも美味しそうなのに、爽やかな香りがより強く食欲を唆るものだった。
「とても良い香りですね!ご主人、このリンゴを頂けますか?あとこっちの野菜も」
「おう、毎度あり!ついでに1個おまけしてやるよ!ウチのリンゴを褒めてくれたお礼だ!」
「いいのか?サンキューなおっさん!」
八百屋の店主にお礼を言い、他にも旅に必要な道具を補充するため店を回った。魔物との戦いでボロボロになった木刀の代わりに真剣を買い、グミやボトル類も補充した。私も譜術を補助するために杖が欲しいと思ったが、手持ちの予算では厳しいため泣く泣く諦めた。ちなみに食料はルーク様と私の分しか買っていないのだが女は気づいていないのだろうか?
ようやく宿屋の前から人集りが居なくなって私達は宿屋に入ることができた。受付ではピンクの軍服を着た女の子が宿屋の主人と話していた。
「連れを見かけませんでしたか?私よりちょっと背が高くて、ぼやーってした男の子なんですけど...」
「いやぁ、しばらくここを離れてたから見てないなぁ」
「も〜イオン様ったら何処に行っちゃったのぉ」
人を探しているようだが、探し人の名前に「ん?」となる。
「イオン...?今イオンって言ったか?」
思わずルーク様が少女に話しかけてしまう。
「もしかしてイオン様が何処にいるか知ってるんですか!?」
少女がルーク様に駆け寄り尋ねる。
「いや、知らねぇけど」
「なんだぁ〜。もーうイオン様ったら何処にいるんだろぉ」
ルーク様の知らないという答えに肩を落とし、そのまま去ろうとする少女をルーク様が引き留める。
「待った!導師イオンは行方不明だって聞いたぞ?この村に居るのか?」
ルーク様が問うた内容は私には初耳だった。しかし少女は導師イオンは自分の連れだと言っていたので、この村の近辺に導師イオンはいるのだろう。ルーク様が導師の行方不明の話を聞いたのは恐らくバチカルでだ。見たところ信託の盾の軍服を着ているので少女は信託の盾の兵士なのだろうが、護衛がいるなら導師がこの辺りに来ているのは本人の意志なのだろうか?護衛対象を見失っているというなんとも不安な護衛だが...。
「はぅあ!?そんな噂になっちゃってるんですかぁ!!早くイオン様に伝えないと!」
そう言うと少女はルーク様の質問には答えず脱兎のごとく掛けていった。結局何が何だか分からないまま私達は宿を取った。もちろん私とルーク様の分しかチェックインしていなかったので、女は何故私の分の部屋を取っていないのかと詰め寄ってきた。「私はあなたの名前を知りませんので」と言うと更に喚き散らしてきたが無視して部屋に入り鍵を掛けた。
疲れきっていた私とルーク様は食事を摂って満腹になると、やってきた睡魔に逆らえず日も沈まぬ内にそのまま眠りについてしまった。ルーク様にとっては、宿屋のベッドなど公爵家のベッドに比べて硬くて寝心地も悪かっただろうが、文句のひとつもなく横になられていた。馬車で眠ったとはいえ、やはり疲れはとれていらっしゃらなかったのだろうなと考えながら、私の意識もいつの間にやら落ちてしまっていた。
どれだけ疲れていても体内時計という物は正確なのか、いつもと同じくらいの睡眠時間で目が覚めてしまった。ルーク様も同じだったらしく、私が「おはようございます」と挨拶すると眠そうに「...おはよ」と答えた。
早く目覚めてしまったものは仕方がないので、軽く朝食を摂ってから昨日できなかった入浴を交互に行う。身を清めたことでようやくスッキリと目が覚め、私とルーク様はこれからのことを話し合った。
「橋が落とされた以上、カイツールに行くしか帰る方法はないな」
「そうですね。しかし、ルーク様が誘拐されたことで公爵家からも捜索隊が出ている筈です。下手に動かず、彼等に見つけて貰う方が安全なのではないでしょうか?」
私の言葉にルーク様がうんうんと頷く。
「確かにそうだよな。無理に移動しなくたって迎えが来るのを待てば良いんだもんな。なら、暫くこの村で捜索隊が来るのを待ってようぜ!」
「そういたしましょう」
ルーク様の言葉に賛成する。今まで自力で帰ることばかり考えていたが、無理に帰らず見つけてもらおうと考えを改めたことで、私もルーク様も心に余裕ができた。
「でもさ、暫く宿に泊まるんならそれなりに金も必要になるんじゃねぇ?」
ルーク様のおっしゃる通り、昨日の買い物と宿代で資金は底を突いていた。手っ取り早くお金を稼ぐためには魔物を倒すしかない。あの女のせいで魔物との強制戦闘を何度もこなす事になった私達の戦闘レベルは、屋敷にいた頃よりも格段に上がっていた。無闇に使うのは危険だからと攻撃系の譜術は使わなかったが、そろそろ初級譜術くらいなら問題なく使えるだろう。しかし譜術の詠唱中は隙ができる。とても私一人では魔物との戦闘を行うのは無理があった。
う〜ん...と私が悩んでいると、ルーク様は「魔物倒すしかねぇかぁ」と頭をぼりぼり掻きながらおっしゃった。私の立場としては、ルーク様にこれ以上魔物と戦うなど危険なことはしてほしくないのだが、現状ルーク様に頼るしか方法がない。(そもそも譜術を使える時点で普通のメイドではないのだが)私も剣術を学んでおくべきだったか...などと馬鹿げたことを考えつつ、「ご苦労をお掛けします」と言うしかなかった。