陽だまりのデュエット

記憶を失くされてからのルーク様は、勉強が嫌い・できないと思っている使用人は少なくはない。しかしそれは間違いであると私は知っている。




ルーク様のご趣味は剣術の稽古である。暇さえあれば剣を握り、ガイと演舞を舞ったり人形相手に技を試したりしている。剣以外に、体を鍛えることもルーク様は好まれている。中庭を走ったり木に登ったり、筋トレを行うのも趣味の一つだった。
対して勉学はというと、家庭教師の授業を受けられているが途中で逃げ出されることがほとんどである。「以前のルーク様はできたのに」が口癖の教師が相手では、ルーク様が逃げ出してしまわれる気持ちも理解できる。教師以外にも、屋敷の使用人、護衛の白光騎士団達でさえも、以前のルーク様と今のルーク様を比べる者は多い。

『以前のルーク様ならできたのに…』
『以前のルーク様は素晴らしい方だった』
『以前のルーク様とは別人のようだ』

周りの心無い陰口に聡いルーク様は気付いていらっしゃったが、それに言い返したり旦那様に言いつけるようなことはなさらなかった。あれだけあからさまにルーク様の陰口を叩いているのだから旦那様が使用人たちを咎めても可笑しくはないのに、旦那様がそれをしないということはそれが許されているのだと使用人達の陰口はさらに助長された。あまりに目に余った者達は、ラムダス様が配置替えや謹慎処分にしたり、酷い者は暇を出されたりしていた。
しかし、ラムダス様でもどうしようもない相手はいる。それはルーク様の婚約者であらせられるナタリア王女殿下だ。ナタリア殿下はまだ言葉も理解できないルーク様に、記憶を失う直前までルーク様が読まれていた御本を無理に読ませようとなさっていた。当然記憶のないルーク様に読める筈もなく、鬼気迫るナタリア殿下の勢いに恐れ泣き叫ぶことしかできなかった。それでもナタリア殿下が諦めることはなく、公務の合間を縫ってはルーク様に早く記憶を思い出せと迫り続けた。
その結果、ルーク様はナタリア殿下に対して苦手意識を抱くことになるのだが、幸か不幸かナタリア殿下ご本人はそのことに気付いていないのが救いである。




このようなことがあったので、ルーク様は勉強が嫌いだと思い込んでいる人間は少なくないのだが、事実は異なる。
ルーク様は元々知識欲が旺盛で、文字を覚える前から私やガイ、ラムダス様など周りにいる人間に「あれは何?」「これは何だ?」と質問されることが多かった。簡単なものなら私も答えることができたのだが、私は元々貧民街出身の庶民だったのでそれほど答えられるものが多くなかった。ラムダス様や他の使用人達も他の仕事があるので、常に付きっきりでルーク様のご質問に答えることはできなかった。家庭教師に聞くことができれば一番良かったのだが、残念ながらルーク様が家庭教師を苦手にしているためそれもできなかった。

そこで奥様は、ルーク様のために図書室を自由に使う許可をくださった。その頃にはルーク様は文字の読み書きはできるようになっておられたので、分からないことは本でお調べになられるようになった。
最初の頃は、私はルーク様のお傍に控えてお茶をお出しする程度のことしかすることがなかったのだが、その内ルーク様が本の内容で分からないことを私にお尋ねされるようになり、段々と二人で一緒に本を読むことが習慣になっていった。
メイドの分際で公爵家に貯蔵されている御本を読むのは立場的にマズいとは思ったが、私も読まなければルーク様のご質問に答えられないのでこっそりと本を読んでいた。ラムダス様や奥様は気付いていらっしゃったようだが黙認してくださっていた。
ルーク様と二人で秘密の勉強会をしている内に、私は譜術に関する本を見つけ、いつか役立つかもと思い治癒術を修得した。まさかこの治癒術が剣術の稽古が始まってから活躍し、さらに予想外の旅でも大活躍するとになるとは夢にも思いもしなかった。剣術の稽古が始まってからは雨の日のみとなってしまったが、この習慣は現在まで続いている。
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