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『étranger 』
基山Side
エイリア学園に関する事件が収束し、世間からの注目も落ち着いてきたある日
の午後。俺は新幹線で神戸にやって来た。今日は以前にアンリちゃんと約束
したカフェ巡りの日だ。新幹線の都合で早めの時間に着いたので、少し周辺を歩
いてみたけれど、観光客や外国人もそれなりにいるおかげかそこらに案内板やラ
ンドマークを示す標識が立っている。かつてのガス灯の趣を残したブロンズカラ
ーの電気街灯があり、街並みもそれにあわせてレンガチックな建物やレリーフ調
の花壇など異国情緒あふれるものになっていた。神戸については、たしか小学校
の歴史で幕末に出てきたかな、程度のイメージしかないけれど、ウワサに聞いて
いたとおり神戸は海と山に挟まれた地形をしているため、散策で困ることはなさ
そうだ。とはいっても土地勘がないのは確かなので適度なところで踵を返し、待
ち合わせ場所に向う。待っているだけだとすることがなくてつい、あくびをして
しまう。新幹線の時間に遅れるわけには行かないから早く寝ようとしたけれど、
カレンダーに印をつけた日が来るのは自分で考えていたよりも楽しみだったみた
いで、遠足前の子どもみたいになかなか眠れなかった。アンリちゃんの前で
はあくびしないように気をつけないと。眠気を振り払うべく顔を上げると駅の時
計が約束時刻の30分前を示しているのが見えた。
今日はカフェに行こうという約束だけして、特にどこに行くかは決めていない。
その時の気分で何を食べに行くか決めようとのことだけど一応事前に下調べは済
ませてある。まぁ、アンリちゃんの方が詳しいに決まっているから、今年に
できたばかりのカフェしか調べてないけれど。アンリちゃんの知らない、気に
入ってくれるカフェがあるといいな。そうなれば、おひさま園の共用スペースの
パソコンで調べ物していた俺が南雲や緑川にイジられた甲斐もあるってもんだ。
頑張って頭に入れてきたカフェの大体の場所を思い出しながら視界にはいる地図
の案内をにらみつけた。
待ち人のアンリちゃんが現れたのは約束時間から10分後の出来事だった。
よかった、町ゆく人を眺めていたけれど見つけられなくて、もしかして急な予定
で来れなくなったんじゃないか、とか事故に遭ったんじゃないかと心配していた
ところだ。ドラマや漫画でこんなシーンを見たことがあったけれど、まさか自
分が同じことを考える日が来るとは。駅の改札から慌てた様子で走ってくる、久
々に会うアンリちゃんを見ると、先ほどまで不安で埋め尽くされていた心が
一気に軽くなるのを感じた。
湊川「ごめんね!寝坊しちゃって…待ったでしょ?」
ヒロト「大丈夫だよ。俺もさっき来たところだよ。…実は俺も今日会うのが楽しみ
でなかなか寝付けなくて新幹線に乗るのギリギリだったんだ。アンリ
ちゃんも楽しみにしてくれてた?」
湊川「うん!」
住んでいる地域は離れているけれど、夜にアンリちゃんと同じことを考え
ていたと知るとなんだか嬉しくなった。…が、すぐにその思いは錯覚だったと知る。
湊川「私はね~、昨日やってた世界のプリン特集に夢中になっちゃって。フルで
がっつり見ちゃったよね。ヒロトくんは見た?」
ヒロト「えっ…。あぁ、俺は見れてないや。」
湊川「そっか。でもアレは見てるとお腹が減っちゃう誘惑だからな~。見なくて
正解かも?」
そういえば、この子はスイーツ第一の子だったなと思い出す。初めて見たとき
も、最初に会話したときも手には必ずケーキを携えていた。自分ばかりが舞い上
がっていたみたいで、先ほど俺「も」会うのが楽しみなんて口走ってしまった。
アンリちゃん、聞き流してくれてるといいけど。
湊川「と、いうワケで今日はプリンを食べに行きます。」
至極まじめな顔でアンリちゃんは言った。昨日のプリンの番組に影響を受
けてすっかりプリンの口になってしまったアンリちゃんは夜にずっとプリン
のおいしい店について調べていたらしい。彼女の案内で辿りついたのは朱色の門
を通りに構え、屋台を多く連ねる中華街だった。
湊川「初めての神戸ならおいしいものも食べられるし、かわいい写真映えするチ
ャイナ風の建物もたくさん!観光スポットとしても有名な中華街だよね!
食べ歩き前提のちょっとした料理も多いから気になったやつ買ってこ!」
東側の長安門をくぐり、道に沿って並ぶ店を見ていく。肉まんや唐揚げ串を取
り扱っているところもある。今日はカフェ巡りと約束していたからお昼もケーキ
だと思っていたけれど、これなら朝早くに起きてペコペコだったお腹も満たせそ
うだ。人の流れが落ち着いた中華街中央にある広場で立ち止まって、購入した
フードを食べることにした。アンリちゃんはいちごあめを購入したらしい。
りんごあめは知ってるけどいちごバージョンもあるんだ。串には赤色のアメをデ
ィップさせた小ぶりないちごが5つ連ねて刺してある。
湊川「わっ、アメが温かすぎて固まってないやつだ!」
ヒロト「おっと、髪に付いちゃうよ。」
串をかじる際に耳にかけていた横髪がはらりと顔にかかり、作りたてでまだ水
あめのような粘度の高いアメに髪がつきそうになるのを横から手を伸ばして阻止
する。彼女の細く柔らかな髪からは女の子らしい甘い香りがした。
湊川「ありがとう!」
いちごあめを片手に笑う姿は年齢のわりに幼い印象を受けるが、アメの着色料
が唇に写ったのがまるで口紅をしているみたいに見えて、そのギャップにドキッ
とするのを感じた。運動したわけでもないのに早くなる心拍数に違和感を覚えな
がらも、俺は手元の肉まんにかぶりついた。
その後はメインディッシュの(俺にとってはデザート)のプリンを食べに行く
べく、中華街の大通りを外れた細い路地にある小さなカフェに入った。俺の中で
カフェはガラス張りの大きな窓から店内がのぞける広い空間で忙しなく人が入れ
替わるイメージがあったけど、アンリちゃんいわく、このあたりには入り口
が小さくてこじんまりとしたカフェがたくさんあるらしい。大手チェーンではな
いカフェも多いため、店ごとに内装のこだわりがあるんだとか。その説明を聞い
てカフェ巡りにハマる気持ちがよく分かった。店内はレンガ調の落ち着いた雰囲
気でまとめられ、ローテーブルにふかふかの一人がけソファが設置してある。カト
ラリーや食器もそのイメージに統一され、中世の銀食器を彷彿とさせる器に盛ら
れたプリンが運ばれてきた。スーパーで売っているぷるぷるのプリンではなく、
レトロな固めのプリンで、カラメルの溶けた上面と黄色い側面が美しい角度を作
っており、スプーンをいれても崩れることなく自立している。一匙口にすると口
いっぱいに濃い卵黄の味が広がった。もう、スーパーのプリン食べられないかも
しれない。素材の味をしっかり感じる上品な仕上がりのこのプリンは甘いものが
得意でなくても、いくらでも食べれるんじゃないかと思った。アンリちゃんの
方を窺うと声にならない声をあげながら幸せそうにプリンをほおばっていた。
プリンを食べ終え、一緒に頼んでいたコーヒーに一息ついているとアンリ
ちゃんの方から話しかけてきた。店内はまばらな客しかいないが、外は観光客が
多く賑わっている。適度な雑音が、話をするにはちょうどいい環境だった。イナ
ズマキャラバンで旅をしていた分の学校の補習が大変だ、とか数学が難しいとか、
前よりも夏未ちゃん(?)と連絡する機会が増えたとかの話を表情豊かに語ってく
れた。
湊川「今日遊ぶ約束しちゃったけど、富士山でのことがあってからまだそんなに
時間経ってないし、バタバタしてたんじゃない?大丈夫だった?」
ヒロト「警察が立ち入ったりで忙しいときもあったけど、最初だけで今はもう落ち
着いてるよ。俺たちはまだ子どもだし、負担も少なく済むように配慮して
くれているみたい。それよりも瞳子姉さんの方が忙しそう、かな。」
父さんが連行された今、吉良に関わる土地や財産の権利の書類など親族である
瞳子姉さんが一気に引き受けることになってしまって、和解してせっかく前みた
いに過ごせるようになるかと思えたのになかなか一緒にいる時間は取れないまま
でいる。少しでも手助けができたら、と思い八神や治兄さんと手伝いを申し出た
が、未成年の俺たちにはできることなんてほとんどなくて、「気にしないで。」
と疲れた顔で笑う瞳子姉さんを見守るしかできなかった。
湊川「瞳子監督、星二郎さんと対立して家を出て。私たちと一緒にイナズマキャラ
バンで旅をしていたけれど、そのことはまったく教えてくれなかったの。
中学生の私たちに話しても解決できないし、負担をかけたくないっていう
瞳子監督の気持ちも分かるけど、相談相手もいなくってずっとしんどかった
んじゃないかなぁ。それに、富士山の事件を終えて私たちはそれぞれ日常に
戻ったけど、瞳子監督は父親の星二郎さんとまた離ればなれになって、その
ことを整理する時間もないままずっと忙しくしているんでしょう?大丈夫かな。」
ヒロト「たしかに。」
やることが多くて忙しそうとは思っていたけれど、実の父親が捕まったんだ、
相当な心理的ダメージがあるはずだ。今は忙しさで気を紛らわすことができてい
るかもしれないけれど、やることがなくなったら?人一倍優しい瞳子姉さんのこ
とだから、他にやり方があったんじゃないか、とかいろいろ考えて塞ぎ込んでし
まうんじゃないだろうか。
湊川「お仕事は手伝えなくても、家族を支えてあげることは誰でもできると思う
んだ。普段忙しいからこそ、ゆっくりした時間を過ごすだけでも癒やされ
るものだよ。」
そっか。俺にもできること、あったんだ。今は春休み中で学校もまだなくて、先
日までの忙しさに比べてやることがなくなって虚無感を感じていた。明日から
やるべきことが見つかって生きる希望がわいてきた。血はつながってないけれど、
俺でも瞳子姉さんを元気づけることはできるだろうか。
湊川「よし!そうと決まったらお土産買いに行こう!疲れている人にはやっぱり
甘いモノだよね!何がいいかな~?」
アンリちゃんは勢いよく立ち上がり、お店の人に挨拶をして出て行ってし
まったので俺も急いで後を追いかけた。
湊川「瞳子監督ってどんなのが好きなんだろう…。ブラックコーヒーの女!って
イメージあるからなぁ。甘すぎるのは苦手?」
ヒロト「ブラックコーヒーの女って何?普通にジュースとかも飲むよ。でも甘す
ぎるのはたしかにダメかも?前にドーナツの差し入れをもらったんだけど
シュガーコーティングにチョコがけしてさらにチョコチップのトッピング
まであるやつ。ほかのお菓子の差し入れのときよりも食べるペースが遅くて
飲み物をたくさん飲んでたなぁ。」
湊川「ダブルコーティングのドーナツってことはクリスタル・クリームのかな。」
ヒロト「そうそう、たしかそんな名前。さすがだね。」
湊川「お店が限られたとこにしかないからめったに買えないけどハロウィンのド
ーナツがすごくかわいいんだよね。日本のじゃなくてアメリカのレシピそ
のまま持ってきたドーナツ屋さんだからどのドーナツを選んでも基本甘い
んだ。」
ヒロト「そうだったんだ。」
湊川「あ、目的地、とうちゃく~」
アンリちゃんが歩みを止めたのは、中華街をでてすぐの商店街をしばらく歩
いた場所にあるカフェだった。
湊川「ここ、チーズケーキが有名でね。パパも出張があるとここのチーズケーキ
を持っていくことがあるんだ。地階のカフェスペースで食べられるから瞳
子監督が気に入りそうならお土産にしよ?」
芸能人も多く訪れているのか壁には多くのサイン色紙が飾られている。細くて
角度の急な階段を降りていくと想像していたよりも広い空間にでた。明治時代
の文明開化の図絵で見たようなワインレッドの赤や外国の家具のようなアンティ
ーク調の椅子、大理石を模したテーブルが高級そうな雰囲気を漂わせていた。チ
ーズケーキというと生地にチーズを練り込んだずっしり重めのケーキやプリンの
ような冷やされた甘くて白いレアチーズケーキを考えていたが、注文後サーブさ
れたケーキは素朴な丸いスポンジにチーズが乗せてあるものだった。ナイフを
入れてみるとあつあつのチーズが溶けて糸を引く。ピザのチラシでこういうの見
たことあるけどすごく美味しそうに見える。伸びるチーズを断ち切って口に入れ
るとケーキのほんのりとした甘みとチーズの塩みが飛び込んできた。アレだ、
甘いモノの後にしょっぱいものを食べたくなる願望を同時に叶えてくれる感じ。
すごく美味しくて一瞬で食べてしまった。シンプルなケーキで生クリーム等が乗
っていない分こじんまりしたケーキだと思ったがチーズが濃厚でお腹のなかに入
った後でも存在感があるのが分かった。クスクスと声が聞こえてきて、顔をあげ
るとアンリちゃんが笑っているのが見える。俺が無心で食べていたのが面白
かったらしい。…アンリちゃんだっていつもはケーキに夢中な側なのに。
見られているのが居心地悪くて顔をそらしながら、お冷やを飲んで顔に集まっ
た熱を落ち着かせた。
湊川「ここのチーズケーキおいしいよね。夏未ちゃんからも遊びに行くときに買
ってきて、って何回もリクエストされたことあるよ。」
ヒロト「…おいしかったよ。これならおひさま園でもこのケーキ好きな子が多いと
思う。これをお土産にしようかな。」
カフェの会計を済ませると上の階で使えるお土産のケーキ購入用のクーポンを
もらえた。もう一度食べたいと思っていたので俺の分も含めてたくさん買おう。
店内のインテリアからそれなりの値段を予想していたが嬉しい誤算で意外にも
ケーキ自体の値段は手頃なモノで助かった。
時間が経つのは早いもので、もう帰らなければいけない時間になってしまった。
中学生だから門限があるのは仕方がないけれど、新幹線の終電にはまだまだ時間
があるのに。せめてもう一本遅い新幹線ならよかったのに、と考えてしまう自分
がいる。
湊川「今日はありがとう。カフェいっぱい行けて嬉しかった!瞳子監督、よろこ
んでくれるといいね。」
ヒロト「うん、こちらこそありがとう。楽しかったよ。」
俺たちは住んでいるところも遠いから一緒に遊ぶには交通費がかかる。中学生
の使えるお金なんてしれてるし、俺はケータイをもっていないため連絡手段はパ
ソコンから開く電子メールくらいしかない。もっと気軽に連絡できたらいいのに。
このまま疎遠になるのも寂しくて、俺は勢いのままに口を開いた。
ヒロト「また、会えるかな。あ、えっと…実は気になってたカフェがあって。そこ
も行きたいと思ってたから…。」
アンリちゃんはきょとんとした顔をした後、優しい声で言った。
湊川「そうだったんだ!じゃあ今日は私の行きたいところに付き合ってくれたん
だ。ありがとう。今度はヒロトくんの行きたいところに行こうね!それま
ではそのカフェ行かないように楽しみに待っとくね!!」
それからアンリちゃんは、改札に向う俺に全力で手を振って見送ってくれ
た。明確にいつ会おうという約束はしていないけれど「またね」と言ってくれた
のがとても嬉しかった。早起きして1日中歩き回った俺は幸せな気分のまま新幹
線で寝落ちした。
神戸を訪れた翌日、3時のおやつの時間にお土産のチーズケーキを瞳子姉さん
に振る舞った。
瞳子「このケーキ美味しいわね。」
瞳子姉さんがコーヒーを飲みながら、ケーキに舌鼓を打つ。その姿を見て俺は心
の中でガッツポーズを決めた。喜んでくれているみたいだ。よかった。
ヒロト「俺も気に入っちゃって。みんなにも食べて欲しくていっぱい買ってきちゃ
った。」
瞳子「…アンリちゃん。かわいくていい子よね。」
ヒロト「えっ…。」
瞳子「これ、神戸の有名なチーズケーキよね。」
ヒロト「…うん。」
瞳子「玲名から聞いたわよ。グランだったとき湊川アンリの調査という名目
で何回か施設を抜け出してたって。それに昨日共用スペースのパソコンを
使ったら神戸の喫茶店について調べた履歴がいっぱい残ってたわ。」
今回のことは特に瞳子姉さんには話さずに行ったけどすべて筒抜けだった。
なんとなく居心地が悪くて無言でいると瞳子姉さんがポンと頭に手を乗せて語り
かけた。
瞳子「いつも心配かけて申し訳なかったわね。糖分補給もして回復できたし、書
類の手続きもあと一山だけだからすぐに落ち着けると思うわ。そうしたら、
また。みんなでサッカーをしましょう。」
ヒロト「うん!みんな瞳子姉さんを待ってるからね!」
瞳子「…アンリちゃん、あの性格だしなかなか攻略するのは難しいわよ。がんばり
なさい。」
ヒロト「攻略ってそんな、別に、そういうつもりじゃ…。」
瞳子「あら面白い顔。これで残りの仕事も捗りそうだわ。」
冷めてしまった残りのコーヒーをぐいっと飲みきった瞳子姉さんは俺のことを
笑ってさっさと書類整理に戻ってしまった。俺、今どんな顔してるの?ふと、暑い
なと感じてパタパタと手で顔をあおぐ。攻略?そんなゲームみたいなことは考え
ていない。ただ…、昨日一日のことを振り返ると思い出すのはカフェやケーキで
はなくアンリちゃんのことばかり。また1℃、顔の温度が上がるのを感じた。
…また会いたいなぁ。考えてみれば、昨日俺が感じた思いは、ドラマでみたよう
なやり取りや、皇(マキュア)や久井(クィール)が散らかしたままにしていた
漫画でみたことのあるシチュエーションと、ところどころ重なるような…。それ
らのストーリーのジャンルが何だったかを思い出したあたりで、それ以上は考え
ることをやめた。
ヒロト「とりあえず、今度からパソコンを使うときは履歴を消そう。」
そう心に決めて、俺は共用スペースを後にした。
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