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ウィクロスのイベント系

「あー……明日かぁ……」
 自室で寝っ転がりながらスマホを眺めて呟いた。スマホに表示されているのは明日のウィクロスのイベントの予約ページだ。
 ずっと大阪やら名古屋やらで開催されていたイベントが、とうとう東京に来る。地区最強のセレクターを決めよう、などと豪快なキャッチコピーのついた大会だ。
 優勝できるなどと露ほども思っていないが、秋葉原は強豪のプレイヤーが多く集う。経験を積むのも悪くないな、と思って一ヶ月とちょっと前のエントリー開始直後に必死になってエントリーしたのだが。
 その一ヶ月とちょっと後の現在。ものすごくモチベが落ちている。なんならウィクロスへのやる気がない。実際そこそこの期間ウィクロスに触れてないし、他のカードゲームに浮気しているまである。
 ウィクロスが嫌いになった訳ではないが、正直疲れた。何に疲れたかというと複合的な話になるが、五月に開催された全国規模の大型大会で燃え尽きたっぽいのと、本命以外に好きなルリグの新規が実装されることに対して待ちくたびれて疲れてしまったのが同列でトップだろうか。
 それでも何故離れないのかと問われれば。
 どうせあの女がいる限り自分はウィクロスから離れられないからだ。
 寝返りを打って積み上がっている本の上に手を伸ばす。少しでも今使っている本命のカードでも見て気分を上げようかと思って。
「……あれ、いない。まあいつものことか」
 なんだかんだ使い続けてる、本命のルリグのカーニバル。初期状態であるレベル0のカードだが、そこには何も描かれていない。
 何故かは知らないが、ある程度本命のルリグのカードは動く。理屈は全く知らない。というかここ現実なんだけど。
 更に、何故かルリグはカードの中で過ごすし何故か実体を得て外で過ごしたりもする。他の人には見えていないから自分の幻覚かと思っていたのだが、同じウィクロスのプレイヤー……セレクターは同様に本命ないしは本命に近い子が動き出しているらしい。マジモンの集団幻覚である。
 日本人特有の「みんながそうならそっか」で流すことにした。だって実際に動いてるんだもん。
 更に付け加えるとこの集団幻覚、どうも人によってルリグの挙動が異なるらしい。
 他のところのカーニバルがどうだかは知らないが、うちのカーニバルはとにかくよく出かける。しばらくやっていなかった時に「暇だからあそこまで行ってみた」とか言って二、三県またぐのは当たり前で、どこかの方角の果てまで行ったりしれっと登山していたり本当に自由に過ごしている。
 実体化してると言っても他に認識される訳じゃない。それであるが故に事故に遭うことも誰かに襲われることもないから基本放置している。
 それに、バトルの時には絶対帰ってくる。
 最初こそ心配していたが、この信用が積み重なっていってある時何も気にしなくなった。今日も自由にどっか行っているのだろう。
「デッキの調整……というか、練習しなきゃな。それなら別に本人いなくても出来るし」
 のそのそと起き上がり、その辺に放置されていたデッキケースを二種掴み取る。それに明日のイベントに参加するために必要なデッキリストのシートも。
 デッキケースの片方は勿論カーニバルのデッキ。もう一つはサブデッキとして運用しているもの。
 カーニバルのデッキはちょっと前に調整してから一度も使っていない。そこまでやる気が無いから別にこのまま持ち込んでも構わないのだが、いかんせん触れていない時期が長い。
 二週間も触ってなくて、その上他のカードゲームをやっていると来た。効果発動の処理が全面的に狂っている自信がある。本来何も引っかからないはずのところで反応してしまいそうだ。
 それを回避するためにも、とりあえずウィクロスをやって別のカードゲームで凝り固まった頭をウィクロス用にチューニングしとこう。それに連動してデッキの練度も上がるだろう。
 自室ではデッキを広げるスペースがないから、隣の部屋。左腕で抱え込んでしまったせいで短い右腕でどうにかこうにか扉を開ける。
「…………」
 なんかいた。ちょっと動揺してデッキケースが手から零れ落ちたしデッキリストのシートがぐしゃってなった。
 開きっぱなしになっているカーテンから差し込む光に照らされた姿。そっぽを向かれているから腰ほどまで伸びたゆるくウェーブの掛かった銀髪と、濃紺のマントっぽいのしか見えないが。
 ぼくのことなど興味ないと言わんばかりに外に出歩くこの女がまさかよりにもよってぼく(が借りている)の家に存在して、さらにはじっと椅子に座っているとは。食べられるのかは知らないけど食あたりでも起こしたのだろうか。
 先ほど立てた音にも微塵も反応しない。机に頬杖をつきながら何もない方向をただひたすらじっと見つめている。
 予想外すぎる珍客だったが、まあ予定は変更せずに続行。この女に構うよりウィクロスの勘を取り戻す方が先決である。
「お隣お邪魔しますよー」
 デッキを拾ってから部屋に踏み込んで、声を掛けながら着席。反応はない。そもそもこっちの存在を認知しているのかしてないのか。
 まあ、特段話すこともない。この女と話すのはバトルでお互い昂ぶった時ぐらいだ、日常生活で会話したことなど全くと言って良いほどない。
 持ってきたデッキリストのシートをそっと横に置いて、飛ばないようにその上に机に放置されていたダイスのケースを置いておく。
 それぞれのデッキケースから中身を取り出して、ルリグデッキ、メインデッキ、トークンにそれぞれ分けて。
 軽くメインデッキをシャッフルして、適当にカットする。後は適当にダイスを転がして先攻後攻を決めたら所定の準備をして。
 黙々と始める。自分の使うデッキは調整してあるし、もう一つのデッキはちょっと使ったことがあって環境で順当に強いルリグ。多少記憶がぼやけているとはいえ、回す分には問題ない。
 二つのデッキを一人で回す以上、余計なノイズが入ってしまうが、それぞれ盤面を考慮して適当な手を打つ。
 どうも周囲からの自分の評価が『その場における最善手を打ってくる』らしいからそこまで変な回し方はしていないはず……多分。
 効果発動のタイミングも丁寧に見る。時間制限がないフリーであるが故に一つ一つ丁寧に確認出来るのが感覚取り戻すのに役立ちそうだ。
 一戦終わったら先攻後攻入れ替えてまた一戦。何か引っかかるところがあれば適宜調整を加えて。自分のくせを把握して、アーツを打つ順番を考えて。
 始めた時と同様、黙々と繰り返す。同じデッキを繰り返すのは段々研ぎ澄まされていく感じがするからいい。所詮自分ごときではトッププレイヤーには及ばないが、並の使い手よりかは使える自負はある。
「ん……」
 そうやって何戦繰り返しただろうか。始めた頃は夕方だった気がするが、窓から差し込む光は消えてすっかり夜の顔を見せている。
 窓の外の変化はあったが、右隣の変化は特にない。消える訳でもなく、ただひたすらそこにいたらしい。突き刺さる視線もない。
 チラリと横向くが、相変わらずこの女はそっぽを向いたまま。今になるまでずっとこの姿勢だというのなら、こんな長時間よくもまあじっと出来たもんだ。自分には無理。
 顔を正面に戻して、デッキを片付ける。他のデッキを知らないから戸惑いはするだろうが、順当に回す分にはもう問題ないだろう。
 もう一つのデッキを先に片付けてから、カーニバルのデッキを片付けようとして。デッキケース内で正面に来るようにしているカードはレベル0のルリグ。今は緑色の背景を残して中身が空っぽなままのカード。
 いつもだったらこのカードに向けて『明日はよろしくね』と言っているのだが、この中身は今右隣にいる。中身が右隣にいるのにカードに向けて語りかけるとはこれ如何に。というかいつもいないから言えているようなものなのに。
 ……まあ、いっか。どうせ明日になったら言うし。居ない状態で。
 もう少しこの場に居たい感じはあったが、多分隣でウィクロスをしていたから隣に居ても許されたのだろう。これ以上隣に居たら無言で消えられるか最悪殴られる。素直に潮時だ。
 デッキケースを持って、更にデッキリストのシートを持つ。そういえばここでデッキリストを書かないならなんで持ってきたのだろうか、と自分の行動に軽く呆れ果てる。まあいつものことだが。
 これで帰る準備は万全だな、と思って立ち上がったら。
「……?」
 くい、と引っ張られる感触があった。
 何かが引っかかったのだろうか。引っ張られた方を向くと、物理的に引っかかったのではなく、服の裾があの女に引っ張られていた。
 あの女は変わらずそっぽを向いている。……なんだこれ。
「……いいの?」
 返事は来ず。来るの期待してないけど。ただ、掴んでいる手が離れることもない。
 逃れようとしてぐい、と引っ張るが更に強い力で引っ張られた。袖が伸びちゃう。これ部屋着だからいいけどさ。
 コイツがなにがしかを主張してくるなんて珍しいものだ。普段ぼくのことなんて存在しないかのように振る舞うくせに。
 しびれを切らしたのか遊んでいるのか、ぐいぐいと引っ張られる。ただ単に座れという命令なのか、暇になりすぎて遊ぶしかなくなったのか。
 面倒ではあるがなんだかんだこの女には心底惚れている身である。体勢を戻してすとんと座った。
 先ほどと同じように荷物を置いて、ぼーっと前を向く。そういえばスマホを自分の部屋に置いてきたからここには何もない。
 手持ち無沙汰になって椅子に右手をつくと、その右手にひんやりとした感覚。
 見遣れば先ほどぼくの服の袖を掴んでいた左手が乗せられていた。目線を上げれば変わらずそっぽを向かれていて。
「……」
「……」
 お互いに無言。特に喋る必要もない。それよりも触れられている手の方に意識が向いてしまってそれどころじゃない。
 柔らかい。ひんやりしてて気持ちいい、すべすべ。やだ考えてることが変態のおっさん。否定しないけど!
 その内心を知ってか知らずか、手首から手全体へ圧を掛けられて丸まっていた手が開かれた。開かされた。
 指先がそっと、触れるか触れないかギリギリのところで撫でられる。指の根元から、指の先までつーっと。思わず震えそうになる指を必死で押さえ込む。ここで動揺してたら相手の思うつぼだ。なんかやだ。
 表面を弄んでいた指はその内爪へ。とん、とお互いの爪が小さな音を立てて、次第に指の腹が触れてゆるゆると円を描く。
「……っ」
 時折爪と皮膚の際を撫でられて大きくぴくんと跳ねて、それと同時に動いていたカーニバルの指先が止まった。やっぱり駄目だ、くすぐられるのは弱い。認めたくなくて顔を逸らした。
 こんな簡単なことで負けたなんて認めたくない。
 そんな羞恥にまみれている間も、抵抗したくて閉じていた指の間を割り開かれて、そのまま指が徐々に浸食してきて。
 今更ながら惚れ込んでいる相手に触られていることを認識したらしい身体が急に熱を帯びる。ただでさえひんやりしていたあの女の指が沸騰している身体に冷や水のように蝕んできて。
 なんとか逃げなきゃ、と手を逃がそうとするが手首の近くまで固定されたまま。ルリグの馬鹿力で固定されてるなら貧弱な一般人には逃れようもないということか。こんちくしょう。
 そうやって抵抗を続けるがあの女は気にした様子もなく、自分の手の形を覚えさせるようにがっちりと握り込まれている。ひんやりとしていたはずのあの女の指が、握り込まれている部分だけ熱がほんのりと熱を帯び始める。
 そのことを察知したのか否か。ある種の執着を見せていたような気がする手がぱっと離れた。
 反射でその手を掴み返す。端から見たら恋人つなぎのそれ。ここまで弄ばれたんだ、なんか少しぐらい意趣返ししてやりたい。
 右側からなんか動いたような気配がした、気がした。自分が掴み返した手は相手からすればすぐ振りほどける程度の力。振りほどかれていないところを見るあたり、やれるもんならやってみろ……というところだろうか。
 上等だ、と言うには指先が迷っている。合法的に触れるチャンスを得たのならば、触らないわけにも行かなくて。
 自分の指先が熱いし身体も熱いし、なんなら心臓の鼓動がいやに早くなっている。ああもううるさい童貞か。
 指の腹で相手の指の腹を無理矢理撫でようとする。思っていたより相手の手は大きく、ちんちくりんな自分の指では先にまで届きそうもない。
 それでもどうにか届いた指の先をすりすりとこする。先ほどまでのひんやりとした感覚は失われているが、それでもほどよいぬくもり。
 指先は押せば吸い付くように沈み込む。表面は吸い付くようで、ほどよい弾力が出迎えてくれる。触られている間は翻弄されていてそれどころじゃなかったけど、自発的に触る分にはずっと触っていたいぐらいには気持ちいい。
 そうやって、しばらく同じ事を繰り返してしまっていたせいか。
「あだっ」
 相手の指がそっと離れて、ギリ、とぼくの指の腹に爪を立てられた。夢中になって触りすぎたらしい。
 絡まっていた手が優しく解けて、そっと離れていく。
「……変態」
 ささやくように、艶っぽい声。からかうような声の中に、ちょっとした蔑む感じが滲んでいる。ぼく自身は正面向いたままだから、どんな顔してるかなんて知らないけど。
 ずっと遊ばれていたのは知ってる。少し試されてたのも知ってる。
 そのことを承知で向こうの誘いに乗ったつもりだったのに、結局自分の快楽を追求してしまっただけのような気がして、ばっと顔をあの女とは反対側に向けた。手もそっと仕舞う。ずっと真っ赤だった気がする顔に更なる熱が宿る。
「ふふ」
 その微笑みだけ残して、すぅっと気配が消えていく。
 お気に召したんだか、召してないんだか。色んなものを包み隠してはぐらかすあの女のことだからよくわからん。
 ただ、身体の反応を支配していた原因が消えたからか、熱が出たんじゃないかと誤解するぐらいの身体の熱は冷めていって、暴れ回っていた鼓動も段々落ち着いてきた。
「あー……」
 頭の中に生じていた煩悩を追い払うように声を出す。
 机の上に顔を戻して、デッキケースの下敷きにしていたデッキリストのシートを引きずり出す。
 少しはやる気になったという感じはしなくもないが、今までほとんど接触してこなかったあの女に翻弄されて頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「……まぁ、それでも。頑張りますかな、明日」
 自分に言い聞かせるように呟いて、デッキリストを埋めるために書くためにペンを取った。
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