Short stories

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 名探偵と名高い工藤新一への依頼が持ち込まれた舞台は東北の日本海側に面するある小さな市。有給消化をせっつかれた降谷が便乗する形で訪れた街で出会したのは、笠から薄布を垂らして面を隠した人たちの行列という一風変わった祭りだった。
 笠を被った者らは沿道に集まった人々にお酒や飲み物を振る舞う。だが終始無言を貫く異形の行列に目を丸くする新一に、降谷が「客人(まれびと)信仰だよ」と教えてくれた。彼らは死者の国から来ている。声を出して自分の正体が生者にばれてしまうと、黄泉の国に連れ戻されてしまう。
 菅原道真公を祀る神社の催しもので、配流される彼を嘆き惜しんだ者たちが時の権力に憚って姿を伏せて酒盃を酌み交わしたのだとか。それが表向きだけれど、この土地の民間信仰の大元を辿ると幽玄めいた言い伝えも散見されるのだという。
 いつから公安は民俗学も極めるようになったんだと問い詰めたいくらいに詳しい情報をひけらかす降谷だが、新一がこの地を訪れると伝えたのは昨日の夜のことだ。一步先行く収集能力に、相変わらず勉強熱心ですねと皮肉たっぷりに返すのがやっとだった。
 沿道に集まる地元市民や観光客の群れから離れてそれを眺める。
 祭囃子の賑やかさと、行列の静けさがちぐはぐで空恐ろしさすら感じてしまう。
 三年間。と降谷は口にした。
「三年間、正体を見破られずにあれをやり遂げた者は願いが叶うらしい。願掛けの一種だね」
 ――だから、迎える側もたとえ相手が誰か解っても、決してそれを口にしてはいけない。死者を死者の国に引き戻すような無慈悲をしてはならない。今日この日だけは。
 低く囁く降谷の声は厳かに。
 新一はなんとなく、その顔を見上げるのが怖くて視線を前方へと向けたまま、緩慢にうなずいた。
 その畏怖心が伝わったのだろう。肩の力を抜いた降谷は打って変わって軽やかに笑った。
「――客人(まれびと)は、稀人(まれひと)。めったにこちらに来れないから、稀人なのさ。そしてたとえこちらが会いたいと思っても、あの布地の向こうの顔を覗き込むのも禁忌。……不思議だけど、何処か哀しい祭りだね」

 二人の前をまた覆面の一団が通り過ぎようとしていた。体格から察するに男ばかりが四人。彼らは振舞う酒を切らしたのか沿道の人たちに目もくれず、静かにゆったりと歩いていく。
 男女の別は分かるが、確かにこれではよほど親しい知人や身内でもない限り、誰が誰だかわからないなと新一はやり過ごそうとして。
 ふ、と繋いでいた降谷の手に緊張が走った。
「降谷さん?」
 仰いだ先、男の視線は過ぎ去っていった一団を茫洋と見送っていた。

 名を声に出してはいけない。

 呼び止めてはいけない。


 彼らは、胸に秘めたる想いを持って里に降りてくる。
 それを暴いてはならぬのだ。
「…………知り合い?」
 細やかな声で問うも、降谷は顔を横に振った。
「いや…さっきの振舞い酒が回ってきたかな」
 帰ろうか、と促されて、その場を離れた。


 縁もゆかりもないこの土地で。

 彼は客人の顔に誰を見たのだろう。


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