Short stories
れーさんおはよ朝だぞ、と揺り動かされて目が覚めた。
珍しく寝坊した朝、新一くんがエプロン姿でこちらを覗き込んで猫のようなその目を丸くする。それから慌てて視線をそらして、伸ばした袖口で僕の目元を拭った。
「わ、ちょっ」
そんなに目ヤニついてたかな、と身を起こしてティッシュを数枚引き抜くと。
「気付いてねぇの?なんか悪い夢でも見たのかと思ったぜ……」
ベッドサイドに仁王立ちする新一くんを見上げて、それから目元に指を当てて。
――過ぎったのは、夢の残滓。
僕が、警視庁捜査一課配属で。君は少し小生意気な高校生探偵で。運命の分岐点であるトロピカルランドで事件は起きず、君は高校生活を謳歌して。時々現場で鉢合っては互いの推理でもってスピード解決、向かうところ敵無しの名コンビなんて言われたりして。
伊達が、時々突っ走る君の襟首を捕まえて。ハギと松田が君を連れ回しては爆弾を解体していく。ヒロと風見の関わる案件にうっかり居合わせてしまって、僕と新一くんで公安に盾突いたことも。
君の女神は、君が小さくなってもならなくても変わらず側にいて、君に守られたり君を助けたり。長い付き合いから滲み出る夫婦感を突っ込めば、二人揃って同じ顔で赤くなって。僕はそれを微笑ましく見守って。
何がきっかけだったのか、別れたのだと涙をこぼした君を慰めに五人集まって、それぞれが極上の謎や未解決事件、ある組織の噂話やなんか、しかしどれもが無益で無害なものばかりだと新一くんがキレるまで一晩中語り明かした。
君はやがて、新しい恋を見つけたのだと、綺麗な笑顔で言った。
遠ざかる縁。君との距離が、だんだんと開いていく。鳴らないスマートフォン。
僕は勧められるままに見合いをして、ここらが年貢の納め時かと承諾して。
僕が惚れたのは、工藤新一だけど、それは江戸川コナンの存在ありきで。
少年だった彼と出会わなければ、始まらなかったのだろうか。
君を好きにならなかった僕の夢を見た、なんて口が裂けても言えない。そう思った。
なのに、君ときたら僕の頭を腹に抱え込んで雑に頭を撫で回し、
「よしよし、怖い夢なんかあっちいけー、だ」
なんて子どもをあやすみたいにまるで『痛いの痛いの飛んでいけ』をするもんだから。
じわり滲んだ視界を閉じて、君の服に擦りつけた。
「……幸せな筈なのに、寂しかったんだ」
「ふぅん」
「あいつらがいて、だけど君はいなくて」
「うん」
「賑やかで、忙しなくて……だけど、君は別の誰かを見つけて」
「へぇ」
「寂しかった」
「……ん」
所詮は夢だと無碍にしてくれてもいいのに、ただ相槌をうって、髪に指を滑らせる手つきは柔らかい。
悪い夢、怖い夢と一括りに出来ないのはあいつらが笑っていたから。だからきっと新一くんも、否定しないで聞いてくれているんだろう。
もしも話でしかないし、現実としてあいつらはもうこの世にいない。言霊になって現実になることは永遠にないのだけれど。
「君が傍にいないのは、堪えるな……」
「いるだろ、ここに」
「ああ、そうだね」
トクトクと命を刻む音に耳を澄ませ、躍動する体内の賑やかさに心を預ける。――――と。
ぐうぅぅぅと盛大に鳴った君のお腹の音に思わず頭を剥がして見上げれば。
物凄くバツの悪そうな顔をした君が、八つ当たりで叫んだ。
「っ、し、仕方ねぇだろ!朝めし作ったから起こしにきたんだからよ、ねぼすけ零さんが悪いんだからな!?」
雰囲気ブチ壊しじゃねーか俺!と顔を覆う君が愛おしくて、僕はその手を引き剥がし、勢いのままベッドへと誘う。
「ちょっと、メシは!」
「食べるよ。もちろん」
でもその前に、君が現実として存在してることの証明をさせてくれなんて無理やりなこじつけで、唇を攫った。もちろんそれだけで我慢できるはずもなく、内肉の熱を貪り自身の生きている証をくまなくまぶしつけるとこまでやってしまった後、僕は新一くんにこっぴどく叱られる羽目になるのだけれど。
それさえも愛おしい日々の一幕。
珍しく寝坊した朝、新一くんがエプロン姿でこちらを覗き込んで猫のようなその目を丸くする。それから慌てて視線をそらして、伸ばした袖口で僕の目元を拭った。
「わ、ちょっ」
そんなに目ヤニついてたかな、と身を起こしてティッシュを数枚引き抜くと。
「気付いてねぇの?なんか悪い夢でも見たのかと思ったぜ……」
ベッドサイドに仁王立ちする新一くんを見上げて、それから目元に指を当てて。
――過ぎったのは、夢の残滓。
僕が、警視庁捜査一課配属で。君は少し小生意気な高校生探偵で。運命の分岐点であるトロピカルランドで事件は起きず、君は高校生活を謳歌して。時々現場で鉢合っては互いの推理でもってスピード解決、向かうところ敵無しの名コンビなんて言われたりして。
伊達が、時々突っ走る君の襟首を捕まえて。ハギと松田が君を連れ回しては爆弾を解体していく。ヒロと風見の関わる案件にうっかり居合わせてしまって、僕と新一くんで公安に盾突いたことも。
君の女神は、君が小さくなってもならなくても変わらず側にいて、君に守られたり君を助けたり。長い付き合いから滲み出る夫婦感を突っ込めば、二人揃って同じ顔で赤くなって。僕はそれを微笑ましく見守って。
何がきっかけだったのか、別れたのだと涙をこぼした君を慰めに五人集まって、それぞれが極上の謎や未解決事件、ある組織の噂話やなんか、しかしどれもが無益で無害なものばかりだと新一くんがキレるまで一晩中語り明かした。
君はやがて、新しい恋を見つけたのだと、綺麗な笑顔で言った。
遠ざかる縁。君との距離が、だんだんと開いていく。鳴らないスマートフォン。
僕は勧められるままに見合いをして、ここらが年貢の納め時かと承諾して。
僕が惚れたのは、工藤新一だけど、それは江戸川コナンの存在ありきで。
少年だった彼と出会わなければ、始まらなかったのだろうか。
君を好きにならなかった僕の夢を見た、なんて口が裂けても言えない。そう思った。
なのに、君ときたら僕の頭を腹に抱え込んで雑に頭を撫で回し、
「よしよし、怖い夢なんかあっちいけー、だ」
なんて子どもをあやすみたいにまるで『痛いの痛いの飛んでいけ』をするもんだから。
じわり滲んだ視界を閉じて、君の服に擦りつけた。
「……幸せな筈なのに、寂しかったんだ」
「ふぅん」
「あいつらがいて、だけど君はいなくて」
「うん」
「賑やかで、忙しなくて……だけど、君は別の誰かを見つけて」
「へぇ」
「寂しかった」
「……ん」
所詮は夢だと無碍にしてくれてもいいのに、ただ相槌をうって、髪に指を滑らせる手つきは柔らかい。
悪い夢、怖い夢と一括りに出来ないのはあいつらが笑っていたから。だからきっと新一くんも、否定しないで聞いてくれているんだろう。
もしも話でしかないし、現実としてあいつらはもうこの世にいない。言霊になって現実になることは永遠にないのだけれど。
「君が傍にいないのは、堪えるな……」
「いるだろ、ここに」
「ああ、そうだね」
トクトクと命を刻む音に耳を澄ませ、躍動する体内の賑やかさに心を預ける。――――と。
ぐうぅぅぅと盛大に鳴った君のお腹の音に思わず頭を剥がして見上げれば。
物凄くバツの悪そうな顔をした君が、八つ当たりで叫んだ。
「っ、し、仕方ねぇだろ!朝めし作ったから起こしにきたんだからよ、ねぼすけ零さんが悪いんだからな!?」
雰囲気ブチ壊しじゃねーか俺!と顔を覆う君が愛おしくて、僕はその手を引き剥がし、勢いのままベッドへと誘う。
「ちょっと、メシは!」
「食べるよ。もちろん」
でもその前に、君が現実として存在してることの証明をさせてくれなんて無理やりなこじつけで、唇を攫った。もちろんそれだけで我慢できるはずもなく、内肉の熱を貪り自身の生きている証をくまなくまぶしつけるとこまでやってしまった後、僕は新一くんにこっぴどく叱られる羽目になるのだけれど。
それさえも愛おしい日々の一幕。
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