Short stories

「降谷さんもちゃんと持ってるんだ、パスポート」
 来月に控えた有給消化を兼ねて取った連休。そろそろ旅支度、の前にパスポートの期限を確認しておこうかと二人で話していた時のこと。
 無いはずがないけれど、降谷は一昨年まで潜入捜査の身だったから。正直作ってすらいないと思ってもいた。
「中の写真見たい」
「君、他人のそういうの興味ないと思ってた。見ても面白くないよ?」
「ばーろー、情報がほしいとかじゃなくて!……単純にその、す、好きな人のものなら何でも見てえし、知りてえじゃん」
「――あ、そ、そうだね」
恋愛事には免疫ができたと思っていたのに、いくつになっても年下のこの青年の純情さに当てられてしまう。熱くなった耳朶はお互い様で、どちらともなく無意味に咳払いなんかしたりして。
「へえ、結構最近更新してんだ。やっぱバーボンだった頃は海外あちこちいったりした?それともそれ用に偽造とか」
「そういう話にはノーコメント。君、やっぱりそっちの情報知りたかったんじゃないか」
「ソンナコトナイヨー?スキナヒトノコトナラ、ボクナンデモシリタイナー」
「……この、ワザとらしいな!」
油断しきった脇腹目掛けて思いっきり擽った。
だひゃひゃと笑い転げた新一の手から、パスポートが落ちる。ページの間から出てきたのは蘭とのロンドンでのツーショット写真。
降谷は新一を彼女から奪ってしまったという勝手な負い目があった。幸せそうに、楽しそうに笑う二人の若い男女の姿に顔が強ばる。
「……やっぱり、止めとこうか。旅行」
「はぁ?ざけんなばーろー!俺がどんだけ楽しみにしてると思ってんだ」
「もしかしたら緊急召集かかるかもしれない」
「そうなんねえように今まで頑張ってきたんだろ!」
「キャンセル料は僕が払――」
「んじゃー、赤井さんと行ってくっかな」
「………………」
「ホラ、すんげー嫌そうなツラしてんじゃねえか。俺もウッカリしてたよ、前に使ったきり机にしまいっぱなしだったからさ」

「新一くん」
「んぁ?」
「たくさん、写真撮りたい」
「おおいーぜ、ってか、それだけかよ?俺は今回の3泊4日じゃ足んねえから来年もどっか行こうって目論んでんだけど」
「それは僕と?」
「降谷さん以外の誰と行くんだよ!?それこそあか――」
「来年も、再来年もそのまた次の年も。僕が先約だからな」
「あはは!ヨボヨボんなるまで予約しといてやるよ」

「…………好きだ。これ以上惚れることなんてないと思ってたのに、まだ足りなかったなんて」

ぎゅむぎゅむと抱きしめて、笑って、ほんの少しだけ泣いて。幸せは、恋人の纏う陽だまりの匂いがした。



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