Short stories

 ライトが徐々に暗くなり、お決まりの注意事項のあと予告が流れ出す。それまでぽつぽつと会話を交わしていた俺たちだったけど、ここからは無言でスクリーンに釘付けになる。筈だった。
 す、と隣で身動ぎした降谷さんは、あろうことか肘置きの上に置かれた俺の手に自身の手を重ねてきた。
 どきりと鼓動が跳ね上がる。
 だって、俺たちはただの戦友の延長線上にある友人で。
 そりゃあ俺は胸を張ってやましいところなんか一つもない、なんて全く言えない哀しき片想いを抱えている訳だけど。
 降谷さんは気付いてない。むしろまだ蘭と続いていると思ってる節がある。
 そんな彼が、何故この状況で手を重ねてきたのか。
 手のひらに汗が滲むより先に、理由はすぐ知れた。
 ――今前から3列目を横切って右端に座った男。指名手配犯だ。まだマスコミに出ていない。
 手の甲に伝わる、降谷さんの指先が叩き出した信号に顔を向けると、反対側の手で人差し指を立てて口元にあてた後に手を広げて下に下げる。恐らく動かなくていい、と言いたいのだろう。それからコールのジェスチャーをして席を立った降谷さんに頷いて、俺はそこからずっと件の席に座る男を監視し続けた。スクリーンでは本編が始まったが、応援が来るまで出入り口を抑えているのだろう。ついに降谷さんは戻ってこなかった。


 映画の中身は全く頭に残っていない。上映終了後、潜ませていた警察官に取り押さえられて静かに連行されていった指名手配犯を見送り、俺たちもまた観客に紛れて映画館を後にした。
 てくてくとお互い無言のまま歩くことしばし。やがて降谷さんが、ぽつりと言った。
「僕が君にモールスで知らせた時……君、やたらと脈が早まっていたね」
 歩調を緩める。ああ、どうかそのまま振り向かないでほしい。
 けれどそんな願い、彼に対しては一切通じない。時々意地悪になる降谷さんは、俺の気付かないでほしい後ろめたさを誰よりも過敏に察知して、暴き出すのだから。
 案の定一歩分の差が空いただけで降谷さんは、振り向いてそして俺の顔を覗う。
 予想外だったのは、からかわれると思ったのに降谷さんもまた同じように頬を染めて、口元を隠して視線を彷徨わせたこと。
「……その顔は反則だ」
 ぽつり、と零して。
 お互いに突っ立ったまま、無言で見つめ合う。俺の顔が真っ赤になっているのは自覚済み。どうやってポーカーフェイスを保つのか、なんて。そんなものはこの人相手じゃ役立たずになる。
 でもそれはお互い様のようで。
 降谷さんの手が口元から外されると、その下からは締まりのない笑みが現れた。
「はは、」
 心の底から、嬉しいと。
 感情も顕にして笑った降谷さんの目元は甘く蕩けていて。
 だから俺も笑った。
 笑顔で、その懐に飛び込んだ。

 東都に初雪が降った日のことだった。


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