Short stories

上司の上司からの勧めで断りきれず、「お食事だけなら」と予約していたレストラン。
まさかそこに、歩美ちゃん一家がいるなんて思いもしなかった。中学一年になったとは、新一から聞いていた。彼女は丸い目をさらに大きくしてこちらを見、さっと視線を戻した。
冷や汗が背中を伝う。
お見合い相手とはそれなりに話も弾ませられた(向こうも相当気を遣っていた。あちらとしても不本意な席だったらしい)が、何よりも斜め後ろの動向が気になる。
歩美ちゃんがお手洗いに席を離れ、すぐに戻ってきた。それから30分もしないうちに現れたのは、一組の美男美女。シックな装いとクールな顔立ちのカップルの、男の方は今をときめく名探偵。女もエスコートされ慣れているのかスマートに席につく。
無理言ってすみません、とにこやかに支配人に挨拶をしている様子からして、家族ぐるみでこれまでも度々訪れていたのだろう。くそ、これだからボンボンは!こみ上げる悪態をワインで飲み込み。努めて平常心で場を乗り切ろうとした。
だが店員が丁度空いた隣の席を早急に拵えると、そこに二人を案内した。しかも歩美ちゃんまでちゃっかり移席している。ブルジョワ、怖い。
静かながらも歓談に花を咲かせている様子は、微笑ましいものだ。一見。
だがその内容はお見合い(とすら呼べないような食事会)を黙っていた恋人へのあてこすり。
当然ながら、デザートの良し悪しなんか分かるはずもない。

その夜、僕は新一くんに精一杯のご機嫌取りをした。
文字通り、精一杯に。
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