四季折々に想う。 5月5日 端午の節句

『四季折々に想う。二 四月』の後日談に当たる話です。
 祝日でも時間外受付をしてくれる区役所が、東都にはあるんだろうなということで。



 連休中のミッションも五月三日には終わらせて帰京し、誕生日の日に何事もなく晴れて籍を同じくした二人はいつもと変わらない休日を過ごした。不在時に溜まった埃を掃除して、旅の荷解き、二人で作るランチ。自分たちのテリトリーで寛いで、一緒に昼寝して。夕飯は少し手をかけたご馳走とそして二十六年もの…は用意できなかった代わりに、それなりにするヴィンテージワイン。これは誕生日の主役自らがお詫びがてら用意した。
 旅の思い出話しに花が咲き、ちょっとずつ近づく二人の距離。ダイニングからリビングへ、そこからベッドルームへ。終始笑顔で、手を繋ぎ指を絡ませて、頬と頬を寄せ合い、肌を触れ合わせた。シーツの上では文字通り一つに溶け合って、愛の証を体の外や内に刻みつけた。
 日を跨いだ夜更けにやがて部屋の明かりが落とされて、二つの温もりは互いの熱を確かめ合うように寄り添う。そしていつしか夢の中へと落ちていった。



 情熱の赴くままに繋がり、夢中になって互いの体を貪りあった夜の果て。未だ甘やかな余韻を残す体は眠りを求めていたが、ふいに浮上した意識はそのまま新一を目覚めへと導いた。
 何時だろうか、と枕元に伸ばそうとした手を眼前で留める。左手の薬指にある締め付けるような感覚にまだ慣れない自分がいることにどことなく覚える心持ちの悪さ。
 薄暗がりの室内でもカーテンの隙間から漏れる早朝の気配のおかげで、ものの形ははっきり見える。シンプルなデザインのプラチナリング。新一が折半を申し出た時に告げられた金額に我が耳を疑い、三度も聞き直したくらいに値の張るそれは、降谷が毎回いいんだと言っても半年かけて本人にちゃんと支払った。こんなかっこ悪いことあるかと顔から火を噴きながら、それでもどうしても、降谷の分は自分が持ちたかった。同じ男のくせに、男心のわからんやつめと何度思ったか分からない。
 自分も大概一人っ子気質と呼ばれるが、降谷も往々にして傍若無人な振る舞いをするきらいがある。これまでだって何度喧嘩をした事か。年上の余裕や大人の威厳を少しずつ剥ぎ落として、恋人に対して正直であるようにと変貌していった降谷は新一と似たりよったりな所が多々あって、その我の強さにお互いが辟易としたものだった。
 それでも別離の道を選ばなかったのは、何故だろう。
 翳し続けてだるくなった左腕を額に乗せた。ふぅ、と体内に燻る余韻を肺から吐き出すと、寝息を立てていたはずの降谷が口を開いた。
「新婚初夜の後にそんな溜め息をつかれると……傷付くな」
「バーロォ。だったらもっとセーブしてくれよな」
 深く強く求めた自分の行為は棚上げにして、言葉だけで詰る。声色は逆にからかいを含ませて。くつくつと喉の奥で笑う低めの声に合わせて、ベッドが小刻みに揺れた。
「いつになく積極的だったから、つい、ね」
「まぁ……。たまには、な」
 記念日大サービスだと付け加えると、へぇ、と嬉しそうな返事。
「僕としては毎日が記念日なんですけど?」
「俺の中では年二回なんですけど!?」
 サカリすぎだろアラフォー!
 人一人分の距離を即座に取ったそばからぐんと詰められて、あれだけ運動して寝たのも数時間前だというのに、それを感じさせない俊敏さで降谷はマウントポジションを仕掛けてくる。
 新一の左手を恭しく手に取り、薬指に捧げるのは熱い口づけ。その唇から伝わった体温が一気に頬に伝播して、気障な仕草に悪態を返そうと開いた口はだが、同じもので塞がれた。
「ん、っ」
 せっかちに潜り込んできた肉厚な舌が、新一の乾いた口内を潤す。絡み合う舌と、指。腹に触れている降谷のやや緩やかに芯を持ったものがぴくりと動いて、硬さを纏い始めてきたあたりで交わっていた唇を振り解いた。
「うぉい!」
「んん〜?」
 もぞもぞ。ごそごそ。布団の中に潜り、キスだけで立ち上がってしまった乳首を食みつつ指でも摘んできた降谷に抗議すべく、脚を上げたのだが。あっさりと捉えられて大きく開いた股の間に陣取る男はついに布団を剥いで身を起こした。その腹部に見えたものは赤黒く直立している。
「た、タンマ!俺の尻はまだ回復してねぇんですけど!?」
「じゃあそんなに慣らさなくても大丈夫かな」
「そーいう意味じゃねえ!」
 窓の外を鳥がチチチと鳴きながらかすめ飛んでいく。そういや朝だった。――え、朝からすんの?と混乱した脳が悲鳴を上げる。
「せっかくの連休なのに!んん、あっ」
「まだ明日もあるだろう」
 やっぱり解れてるね、と嬉しそうにしながら指を一本、二本と増やしては蠢かし、確実に新一の性感を高めてくる降谷にはどうしたって勝てそうもない。
 ちくしょう、おぼえてろよ。
 捨て台詞を了承の意と取った降谷が大胆に攻めてくる。あれだけ濃密な交わりをしておきながら時間を空けずに受け入れ、揺さぶられる自分の体。
 なんでこんな自分勝手な男を好きになってしまったんだろうと恨めしく見上げた視線の先で、男は嬉しくて堪らないといった風に垂れた目尻を更に蕩けさせて、笑った。
「気持ちいいね」
「……っ」
 頷きかけて、睨み返す。それさえもこの男には可愛く映るのだろう。降り注ぐキスのシャワーを甘んじて受け止めながら、もう一度反芻した。本当になんで、好きになってしまったんだか。
「ねぇ、新一くん」
「ん、なっ…なに、……っふ、ぅ」
 背骨を這い上がって脳を支配するのは、快感か愛情か。降谷の囁き声にすら反応して中をきゅうと締め付けてしまう。ずるずると出入りしていたものが大きく跳ね上がって、新一の口から一際大きな嬌声が溢れた。
「ッ……く!は、今のはヤバかったな……」
 動きを止めて、両肘を新一の頭の横に突き顔を近付けてきた降谷が舌で唇を潤して、言った。
「こんなさ、毎日君の、新しい顔を見る度にね……。僕は感じるんだ」
「ぁ、なに……?」
「君の手によって新しく生まれ変わる自分を」
 きゅん、と腹部が切なく疼いた。
「ふふ、今のはぐっと来た?」
「…………ばーろぉ」
「毎日が記念日というのは本当だよ。君がいるから、君が新しい世界を見せてくれるから。……僕は、日々を幸せに感じられる」
 だから僕も、君を幸せにしたいんだ。と。
 そんな事を言われても。新一は散らかってしまった思考力をなんとか掻き集めて、こう返すのが精一杯で。その直後に襲い来る奔流にもみくちゃにされた後にはベッドの上から動けない事への愚痴ばかりで自分の言った言葉なんて忘れてしまうのだけど。

「イマサラそんな幸せにするとかなんとか言わなくたって……。俺だって毎日零さんと一緒に生きてるって実感してるから、喧嘩しようがナニしようが、ここにこうしているんだぜ?幸せじゃなきゃ、とっくに見限って出てってるっつの」

 同じ場所、同じ人生を歩む二人ではないからこそ、離れている時間も愛せる気がする。
 毎日が記念日。それはきっと、降谷と新一の成長記念日なのかもしれない。

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