Only and Only
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日が差す気配に引っ張られるように目を開けると、見慣れた仮眠室の天井が視界に入った。
「……うぁ……あたま……いたい……」
状況を判断するよりも早く頭痛に苛まれ、結理は盛大に顔をしかめて頭を押さえた。起きたばかりだというのに眠気のようなめまいがする中、記憶を掘り起こそうと試みる。
(確か……新年会出て……ザップさんに絡まれて……それから……それから…?)
「うぁー……思い出せない……」
呻きながらもとにかく起きようと思い立ち、布団の中でもぞもぞと身じろいでから慎重に起き上がる。サイドテーブルに置いてあった誰かが準備してくれたらしい水を飲んで一息ついてから、ベッドを降りてコートを羽織り、執務室へ向かった。
「おはよーございまーす………………って、何してるんですか?」
扉を開けると見慣れたような見慣れないような光景に出迎えられた。床に伸びているザップをスティーブンとチェインが踏みつけている。それを見ているクラウスは止めるべきか悩んでいる様子でいて、レオは冷ややかな目で制裁を傍観していた。
「やあお嬢さんおはよう。具合はどうだい?」
「あー……頭痛いしだるいです……」
成人男性を踏みつけている真っ最中とは思えない笑顔のスティーブンに問いかけられた結理は、その笑顔に薄ら寒さを覚えながら素直に申告した。それを聞いたスティーブンは足を乗せている背中をごりっ!と踏みにじり、ザップが「うぎゃあ!!」と悲鳴を上げる。
「そうか。原因はこの度し難いクズだ。強い酒を君に渡した上に自分はとっとと酔い潰れてやがったから今冷やしてやってるところさ」
「……成程」
「結理さん、これをどうぞ」
「ありがとうございますギルベルトさん…………うわあマズイ!!何ですかこれ!!?」
「特製の酔い覚ましです。二日酔いによく効くと評判でして」
「ううぅ……じゃあ頑張ります…!」
渡されたひどく苦甘い酔い覚ましをどうにか飲みながら、結理は言われたことを頭の中で整理した。
ザップがジュースだと言って渡してきたあのグラスの中身が酒で、自分は何の警戒なしに飲んでしまった。そこから記憶が途切れているので、そのまま酔い潰れてしまったのだろう。スティーブンとチェインの制裁がいつもより苛烈でレオの視線が冷たいのは、多分酔ったザップが他にも余罪を積み上げた結果なのだろうと推察する。
何が酔っ払いのくせに気遣いはできるだ、あのSSに限ってそんなわけがあるかと自分の浅慮さを反省しつつ、後で制裁に加わらせてもらえるだろうかと思案した。
外からの扉が開いたのはどうにか酔い覚ましを飲み切った少し後だった。
見ると丁度ツェッドが顔を覗かせていて、
「あ、ツェッド君おはよ」
結理が挨拶をしている最中に扉を閉めた。
「…………え?」
予想外の行動に、結理は思わず目を丸くして固まった。
今、ツェッドは明らかにこちらに気付いていた。いたと思う。だというのに、まるで見なかったことにしたように扉を閉められた。何かこちらに対して気まずいことでもあるのかと思ったが、特にこれといって思いつかない。
まさか本当に気付かなかったのだろうかと首を傾げて、ひとまずはそういうこともあるだろうという結論で終わらせた。
だが、結論が間違いだったと気付くのにそう時間はかからなかった。
それから結理はことあるごとにさりげなく、時にはあからさまにツェッドに避けられた。何故かとんでもなく気まずそうな副官からの指令で組む時は断ることなく頷くが、会話はどこかぎこちなく事務的だし案件が片付けばすぐにいなくなってしまう。
可能性としてはツェッドが結理の知らない所で何かをやらかして気まずく思っているか、結理がツェッドに何かをやらかしたせいで避けられているかのどちらかだ。後者の可能性が高いが、困ったことに結理自身に思い当たる節がない。ほんの数日前までごく普通に会話をしていたのだ、何が起こっているのか全く分からない。
「…………あ」
一体何故と考えた結理は、一つの可能性に思い当たった。自分がザップのせいで記憶を飛ばした新年会の日だ。酔った自分が何かしでかしたのかもしれない。いや間違いなくツェッドに何かしたのだろう。
だとしたらまずいぞと顔をしかめる。記憶もないのに謝罪だけしても意味がないし誠実ではない。自分が何をしたのかが分からないことにはどうしようもない。
ならばまずは情報収集だと思い立ってあの日新年会にいた面々に聞いて回ったが、分かったのは酔った結理が何かアクションを起こしたらしいということだけで、誰も決定的な瞬間は目撃していなかったらしく具体的な回答は得られなかった。唯一間近で見ていたらしいアーシャ達は現在調査で潜ってしまっていて、最低でも一ヶ月先まで連絡不可能だ。
(となると……)
仕方がないと、結理は最終手段に出た。
つまり、ツェッド本人に直接聞く。
すぐさま実行に移した結理は扉の死角で気配を消して、相手を待ち伏せる。いつもより探知感度を広げているので彼が事務所に近付いているのは捕捉済みだ。エレベーターを上がって最初の扉を潜り、二枚目の扉を開けて事務所に入っても、彼は死角に潜む少女に気付かなかった。
音もなく距離を詰めて、そんな彼の腕を掴む。
「捕まえた」
「っ!!!?」
捕まえられたツェッドは飛び上がりそうなほど驚いて身じろいだが、結理は腕を離さずに真っ直ぐに彼を見上げて単刀直入に問いを投げつけた。
「どうして避けるの?」
「……っ……その……」
「新年会の時にわたしが何かしたんだよね?」
「…………それ、は……」
即答で否定しないのは肯定と同じだ。やっぱりそうかと顔をしかめると、ツェッドも困ったように目線を泳がせた。
「……正直、何やったのか覚えてないから、謝っても意味はないと思う。けど、それでも、わたしがツェッド君にひどいことしちゃったんなら、ごめんなさい」
「違うんです!結理さんが悪いわけではなくて……」
言いかけたツェッドだったが、目が合うと言葉を濁して少女から視線を外してしまう。こちらが悪くないと言うのなら何故言葉を濁すのだと詰め寄りたかったが、困らせたいわけではないのでじっと見つめて返答を待つ。
答えるまで逃げられないと悟ったらしいツェッドは、葛藤するような渋面で数瞬黙ってからおもむろに口を開いた。
「……これは、僕の問題なんです」
「ツェッド君の問題なのに何も言わないでわたしを避けるの?」
「それは……」
「ごめん、意地悪な聞き方したね。でも、理由も分かんないでツェッド君に避けられるのは嫌だし、わたしが何かしたんなら知りたい」
「…………言えません」
沈黙の後、ツェッドは結理の方は見ずにそう答えた。
「言いたく、ないんです」
「……それは」
「すみません、本当に結理さんが悪いわけではないんです」
申し訳なさそうに言いながら、ツェッドは乱暴にならない力加減で掴まれていた腕を外し、結理に背を向ける。
「ツェ……」
「けれど……少し、距離を考えさせてください」
それは明確な拒絶の言葉だった。
呼び止める声は出ず、捕まえる手も追いかける足も動かず、結理は去っていく背中をただ見つめることしかできなかった。
あの日に何があったのか、自分が何をしてしまったのかは分からない。
分かることは、これからもよき友人でいられればこれ以上の幸いはないだろうと思っていた関係を、他ならぬ自分の手で壊してしまったことだけだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
事務所の一角は雨が降ってしまいそうなどんよりとした空気に満ちていた。その重苦しさを感じている面々は、業務や雑事をこなしつつ気の毒そうな顔で発生源を気にしている。
「…………また何かやらかしたんですか?」
「……そうではないのだが、先程からずっとあの様子で……」
こっそり尋ねるレオに、クラウスも気まずそうに答えた。それから二人で曇天の中心にいる少女を見やる。
一見すると少女はいつも通りに事務仕事をしているようだが、その顔は明らかに落ち込んでいて今にも泣き出してしまいそうだった。
新年会の日にツェッドと結理に何かあったらしいというのは、レオも噂程度には聞いていた。その原因らしいザップが各方面から制裁をくらっていたのも目撃している。恐らく少女が気落ちしているのもツェッド関連なのだろう。だがここまで深刻な状況になるとは思っていなかった。
(ユーリがあんな落ち込んでんの初めて見た……)
普段から感情豊かで、やらかす度にクラウスやスティーブンから叱られて落ち込む姿は見ているが、ここまで沈んでいる姿は見たことがない。それはクラウスも同じようで、何と声をかけていいか迷っているようにちらちらと少女を見ている。
「……うぅ……」
どうしたものかとそれぞれが思っている最中、唐突に渦中の少女が小さく呻いた。直後に書類にぱたりと水滴が落ちる。これはいよいよだとクラウスと顔を見合わせてから、レオは少女の元に向かおうと一歩踏み出す。
だがそれよりも先に、大仰なため息がこぼれ落ちた。
「……レオナルド」
「っ!?はい!」
ため息の主であるスティーブンに呼ばれたレオは、思わず勢いよく返事をした。レオの態度は気にせず、スティーブンは少女を一瞥してから指令を投げる。
「小遣いやるから、お嬢さんをランチにでも連れ出してやってくれ。このままじゃ事務所にカビが生える」
「え?あ、はい……」
「っ!?だ、大丈夫ですよスティーブンさん!まだお昼前だし、仕事も残ってますし!」
スティーブンの指示を聞いて予想外だと言いたげに顔を上げた結理が、はたと我に返った様子でコートの袖で乱暴に目元を拭ってから反論した。スティーブンはそんな少女にぴしゃりと返す。
「書類は切羽詰まってないし急ぎの案件もない。こもってばっかりだと気も滅入るだろう?少し気分転換してきたらどうだ」
「いやでも」
「いいから、少し出てきなさい」
「……はい……行ってきます……」
なおも渋ろうと出しかけた反論を遮って畳み掛けると、結理はようやく観念したように頷いた。
「……はーーーー……」
レオが肩を落とした少女を伴って事務所を出たのを見送ってから、スティーブンは頭を抱えて天井を仰いだ。
「まさかこうも拗れるとはなあ…!」
思わず声に出してしまう程、現状は想定外であり由々しき事態でもあった。ツェッドと結理なら結末が何であれそう時間もかからず無難に着地するだろうとどこか楽観視していたが、無難な着地どころか挫きに挫きまくって大転倒してしまっている状態になるなんて思ってもみなかった。
新年会で何があったかは大まかにではあるがアーシャから聞いている。酔った結理に告白したツェッドが、再びこっぴどくフラレてしまったらしい。
それ以来ツェッドは結理を避けていた。業務上どうしても組ませなければならない時は拒否することはなかったが、普段は極力少女と接触しないように立ち回っていたことはスティーブンも察している。
そしてそれに業を煮やした結理がツェッドを捕まえて詰問し、逆に決定的な拒絶を投げつけられたのがついさっきだ。その瞬間に立ち会ってしまったスティーブンは、思わず気配を消して空気に徹してしまった。
「……我々で取り持つことはできないだろうか…?」
「うーんどうかなあ……」
どうしたものかと顔をしかめていると、難しげな顔のクラウスが提案と独り言の中間のような声で切り出した。提示された案に賛同したい気持ちもあるが、スティーブンは踏み切れずに明確な肯定を避ける返答をしてしまう。
「変に介入して余計に拗れるかもしれないし」
「だが、このままでは双方の溝が深まるばかりだ」
「……それはそうだけど……」
恐らく何かしらのきっかけがなければ、あの二人はしばらく、もしかしたらこの先ずっと気まずい思いを抱えたまま過ごすことになるかもしれない。それは組織としても困るが、それよりもっと個人的な心情として放置していたくはない。そう考える者はきっと少なくないだろう。
「まあ……ツェッドから話を聞くくらいはした方がいいか。放っとくにしろ取り持つにしろ、僕らがどうするかは話を聞いてからってことで」
「ああ……それにしても」
「?」
「何故、ツェッドは突然結理を避け始めたのだろうか…?」
「………………えーっと……」
不思議そうに首を傾げるクラウスに、スティーブンはどう説明したものかと苦笑するしかなかった。
温かいものを食べて涙腺が緩んでしまったのか、結理は運ばれてきた料理を泣きながら次々と平らげていった。少女の前には既にバーガーとパスタの皿が二つずつ重ねられていて、今は三皿目の大盛りミートボールスパに手を付けている。
そんな少女を顔馴染みの常連達は何事かと遠巻きに眺めていて、ボックス席で対面に座るレオは何とも言えない表情で見ていた。
「何?ユーリどした?また仕事でやらかした?」
「あー、いや、そうじゃないんですけど……」
普段と違う少女を心配そうに見やりながら尋ねるビビアンに、レオは困り顔で言葉を濁す。副官に連れ出せと命じられてとりあえず馴染みのダイナーに来たはいいものの、どう対応するかはまだ定まっていない。
「まあ、泣きながら飯食える奴はどうとでもなるって言うし、大丈夫だろ。ユーリ、追加する?」
「…………特大カルボナーラチーズ多めと、大ミルクおかわり」
「はいよ」
涙声とは裏腹にしっかりとした注文を受けたビビアンは軽い返事をしてカウンターに引っ込んだ。残されたレオはやはり何も言えずに、涙を拭いながら料理を消化していく結理を眺める。
ツェッドと何かあったのか聞くべきだろうが、どう切り出していいか分からない。既に深く傷ついている様子の少女に踏み込んでしまっていいのか、レオは迷っていた。
「…………聞かないんだね」
「え?」
どうするか考えていると、不意に結理の方から切り出してきた。少女はレオの方は見ずに、ぐすと鼻を鳴らして続ける。
「何があったとか」
「聞いていいんなら聞くけど」
「…………正直わたしも分かんない。でも、ツェッド君に嫌われちゃったのは、事実」
自分で言ってダメージを受けてしまったのか、少女の目にまた涙が浮かぶ。それを誤魔化すようにパスタを掻っ込んで、咀嚼しながら目元を拭う。
「嫌われた?何で?」
「わたしが何かしちゃったみたい」
「何かって……思い当たんないの?」
「新年会で酔っ払ってる間に何かしたっぽいから覚えてないの」
「あー……」
やはりザップが全ての元凶かと、レオは納得げに頷いた。ザップが渡した酒を結理が気付かずに飲んでしまったせいで最終的にツェッドと拗れてしまったのが、今回の顛末のようだ。制裁がいつもより過激だったのもその辺りからきているのだろう。
「覚えてないんじゃ謝っても誠実じゃないとは思ったんだけど、ツェッド君に何かしちゃったのは多分確かだし、いつまでぎくしゃくしてるのも嫌だったから、思い切って捕まえたんだけど、わたしが何したのかは教えてくれなかったし、距離を……考えさせてくれって……」
「え!?ユーリの奴ツェッド怒らせたのか!?」
沈みきった表情で結理が供述していると、周囲の証言を聞いたらしい常連の青年がそう声を張り上げた。その言葉で場にいたほぼ全員に緊張が走る。
「アイツ怒らすって相当じゃね!?」
「バカ、馬鹿!!声がでかい!!」
「あ……」
当人は内緒話のつもりだったのだろうが、通る声は店中に響いていた。一斉に睨まれて自身の声量に気付いた本人も、顔を引きつらせながら少女を見る。
「あ、いや、その……」
「……そうだよ。怒らせたわたしが悪いのに、悲しくなる資格なんて、本当はないんだよ。でも……ううぅぅ……!!」
「あーあー泣くなって!悪かったってほら!ピクルスやるから元気出せよ!」
慌てた青年が皿にピクルスを置いたのを皮切りに、他の常連達もポテトフライ等の付け合わせをカンパのように置いていく。それらを涙目で食べ始めた少女を見つつ、常連達は困ったように顔を見合わせる。
「いやーでもさー、ツェッドだろ?ザップ相手ならまだしもあいつ普段あんまり怒ったりしねえじゃん?なんかの行き違いとかじゃないの?」
「だって、何されたか言いたくないって言われて、距離を考えさせてくれって言われたし、わたしは悪くないって言ってたけど、そんな顔してなかったし……」
「距離を考えさせてくれって……なんか微妙な言い回しじゃね?」
「本人が悪くないっつってんだからやっぱ行き違ってるんじゃねえの?」
「ツェッド君優しいから、直球じゃ言いづらかったんだと思う」
「そうくるかー」
結理の返答に常連達もレオも渋い表情で唸った。ツェッドの性格を考えると本当に拒絶するのならもっとはっきり言うはずだと思っているが、渦中の少女はそうは捉えなかったらしい。とはいえ明確な状況は分からないので、気休めの言葉しかかけられる気がしないと誰もが考えていた。
そして多分、今の結理には気休めも届かない。
「はーいカルボナーラとミルクおまたせー!」
そんな手詰まりな空気を破るように、自分の仕事を全うしているビビアンが注文の品を持ってきた。湯気の立つパスタがこんもり盛られた大皿と、ミルクをなみなみと注がれた大ジョッキをドンとテーブルに置く。
「とりあえず食いな。どうするかとかどうしたいとかはそれから考えたらいいさ」
「…………うん」
ビビアンの言葉に小さく頷いた結理は目の前に置かれた料理に手をつけた。集まっていた常連達もどこか据わりが悪いといった表情のままではあるが、それぞれ自分の席に戻っていく。
残されたレオは、涙を拭いながら料理を消化していく結理を眺めながら考えを巡らせる。
「……ユーリってさ」
「?」
それからふと気になることがあって、少女に尋ねていた。
「ツェッドさんのことどう思ってんの?」
「どうって……後輩で友達だよ?いや、友達だった、だけどね……はは……」
「ネガティブになんなよ……」
顔に乾いた暗い笑みを貼り付ける少女の返答にレオは一瞬くじけそうになったが、ここで終わらせては色々な意味で進まないので、立て直して問いを続ける。
「後輩で友達って、本当にそれだけ?」
「何で?」
「いや……ユーリって、誰かに嫌われてもあんまり気にしないじゃん?」
「気にするよ!バリッバリに気にするよ!!だから事務所にカビが生えるとか言われたんじゃん!!」
「(そっちも気にしてたのか…!)あ、いや、えっと……気にしないっつーかそんなに引きずんないっつーか……さっきの今だからってのもあるけど、いつもと比べたら尋常じゃないくらい落ち込んでるからさ」
「……だって……」
レオの指摘に、結理は言葉の意味を考えるように一度瞬きをしてから、肩を落とすようにうつむいた。
「同じ職場の仲間だし、いい人だし、優しいし、なのに覚えてなくてもわたしが傷つけちゃって……全部わたしが悪いのに…………いやザップさんにも罪状あるけど……」
ぽそぽそと懺悔する少女は大分涸れたのか泣いてはいなかったが、表情は曇りきっていた。
「……嫌われたく……なかった」
「……珍しいな、ユーリがそこまで言うのって」
「そうかな?」
「うん」
不思議そうに尋ねる少女に頷いてから、レオは自分が見て思ったことを口にする。
「なんかユーリって、ツェッドさんのことよく気にかけてるっていうか、特別に思ってるよな?」
言ってから踏み込み過ぎたかと内心焦ったが、結理はレオの指摘にあまりピンときていないようだった。少女にとってはツェッドは友人の一人と思っているのだろうが、レオから見れば結理は彼のことを特別な一人としているように感じられた。
(……あれ?)
そこまで考えてはたと気付いたが、これは自分が言ってしまうとおかしな方向にいきかねないと判断して胸中で黙殺し、別の言葉を口にする。
「まあ何にしろさ、もう一回ツェッドさんと話し合ってみたらいいんじゃないかな?僕も協力するからさ」
「…………うん」
笑いかけると少女も考えるように数秒黙り、それから色々と整理がついたらしい力が抜けたような笑みを見せた。
「ありがとう、レオ君」
お礼を言った少女は「よし!」と一声あげるとフォークとスプーンを手に持った。
「そうと決まればちゃんと食べないとね!」
そう言って勢いよく食事を再開した結理を、レオを始めとした顔馴染み達はどこか安心したように見つめていた。
「…………って、意気込んだのはいいけど」
だが、食事を終えてダイナーを出た途端、結理はまた沈んだ表情を見せた。
「そもそも避けられてるんじゃ話し合いのしようもないよね……」
「そこは……ほら、僕らでお膳立てはするから」
「う、うん……あーでも、待って!心の準備はさせて!」
言うなり少女は事務所と反対方向へ歩き出した。レオは素直にそれについていく。
「だって、やっぱ、話し合ってきっぱり貴方が嫌いなんで近付かないでくださいとか言われたら、立ち直れない……いや本当にそうならもう諦めるしかないけど……」
不安げに歩きながら、結理は胸中でもぐるぐると先のことを考えていた。
もう一度話し合いにこぎつけたとして今度こそ明確に嫌いを表明されてしまったらどうしよう。そうなると業務もぎくしゃくしてしまうだろうし副官にどんな小言を並べられるか分からない。そこはひとまず置いておくとして日常でも事あるごとにお互い気まずい思いをしてしまうことは必至だ。いやこちらが一方的に気まずいだけで向こうは案外平気かもしれない。そうだとしても嫌いな相手を日常的に見なければならないのは心労になってしまうだろう。だいいちレオが協力してくれるとはいえ本当に話し合いに持ち込めるのだろうか。そもそもこちらに非があるのにもう一度話し合いたいなどおこがましいのではなかろうか。
等々、主にマイナスな方向につらつらと考えていてふと、先程のレオの指摘がよぎった。
自分はツェッドのことを特別に思っている。
本当にそうだろうか?と自問し、今までの自分の言動を省みる。確かに他の面々より強く思い入れている気がしなくもない。では何故と考えて……
「…………」
「ユーリ?」
思わず足を止めた少女にレオが怪訝そうに呼びかけるが、結理には聞こえていなかった。頭の中で一度取っ払ったはずの楽しげな偏執王の声がリフレインしていてそれどころではない。
そんなはずはないとまさか本当にそうなのか?がせめぎ合っていて、天秤はどちらにも傾かない。正確には傾いてしまいそうなのをどうにか平行に保とうとしている。まだ答えは出せない、出したくないと心が主張していて結論を押し止める。
「いや、それは……だって……」
「どうした?」
「とりあえず!景気づけにパーラーシキミに行く!!」
「ええっ!?まだ食うの!!?」
「デザート食べなかったし、42番街の近くだから歩いてく内に消化するよ!」
「そういう問題かなあ…!?」
ぼやきながらもついてきてくれるレオと一緒に目的地へ向かう。一旦落ち着けば結論が出せるはずだと、励ましなのか問題の先延ばしなのか分からないことを考えながら通りをやや早足で歩き、道路を渡る。
「…………」
「わ!ユーリ?どうした?」
そうして大通りに向かう角を曲がって数歩歩いたところで、結理は再び足を止めた。ぶつかりかけたレオが尋ねるが、少女は前だけを向いている。
直後に遠くで重いものが落ちる音がして、その振動がこちらまで来た。住人達もざわつきながら震源地に目をやる。十数メートル先の道路が土埃で隠れている。その中に人に似た影が佇んでいて、何かを探すように周囲を見回していた。
やがて土埃が晴れていき、影が姿を見せる。
その姿に対して一番近い表現をするなら二足歩行のトカゲだろう。頑強そうな身体を覆う赤黒い鱗に、しなやかでありつつも重そうな尻尾。口元からのぞく牙もすらりとした両手から伸びる爪も刃物のように鋭い。
困惑と興味の視線を一身に浴びている人型のトカゲは、何ら気にすることなくゆっくりと腕を上げ、無造作に横に振るった。
次の瞬間、周囲の野次馬や停車していた車と、警戒に銃を構えていたポリスーツが一度に吹っ飛んだ。
「な、何だあれ…!?」
「……レオ君、スティーブンさんに緊急連絡」
「え!?ユーリ!!?」
これは確実にまずいと判断した結理は、呆然と呟いたレオに即座に告げるなり自分は前に向かって駆け出した。
