Only and Only
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一世一代の告白を綺麗に流されてから一夜明け、ツェッドはいつも通りに事務所の扉を開けていた。
昨日はあの兄弟子が真剣に心配してレオと一緒に慰めに来る程落ち込んでいたが、冷静になってみれば同僚からいきなり好意があると言われてそれが恋の告白であるとはすぐには結びつかないだろうと気付いて、どうにか立ち直れている。明確に交際をしたいと伝えなかったのは自分の落ち度であり、幸いでもあった。あの場ではっきりと振られていたら、多分しばらく立ち直れなかっただろう。
これでいいのだと、折り合いをつける。結理はツェッドのことを友達で後輩としか思っていない。将来的に関係性が変われば幸いだとは思うが、無理にその距離感を変える必要はない。性急すぎたと自省して、気持ちを切り替えた。自分と彼女の抱く好意の形が違っていても、表面上はきっと分からない。
「あ!おはようツェッド君!」
「おはようございます、結理さん」
書類の山の中から顔を出していつも通りに挨拶をする少女に、いつも通りに挨拶を返せたことにツェッドは内心安堵した。
「すごい量ですね」
「昨日のあれこれも上乗せされちゃってねえ……ただでさえ忙しいのに古文書まで増えるし」
「家の兄弟子がご迷惑を……」
「いやいやツェッド君のせいじゃないし。その分綺麗な報告書出してくれるから助かるってスティーブンさんも言ってたよ」
「それならいいんですが……コーヒーでも淹れますか?」
「ありがとう。じゃあ牛乳多めでお願いします!」
「分かりました」
いつも通りの空気。いつも通りの会話。何でもない日常の1ページ。
(これでいいんだ……)
自身に言い聞かせるように胸中で呟いて、ツェッドは給湯室へ足を向けた。
「昨日フラレたばっかだってのにスカしやがってよー」
そんなツェッドの態度に異を唱えたのはザップだった。夕方前にやってきて、昨日のことなどなかったかのように結理と接する弟弟子に遠慮なくしかめっ面を向ける。そんな兄弟子にツェッドも遠慮なく嫌そうに顔をしかめて言葉を返した。
「……別に、フラレてはいません。僕が勝手に落ち込んでいただけです」
「ザップさん、それ掘り返すのよしましょうよ」
「けっ!お利口さんに聞き分けてなあなあにしましょうってか?」
嗜めるレオを無視して悪態をついたザップは、ふいに真面目な表情になると静かに問いかけた。
「いいのかよ?」
「いいも何も、僕が一人で舞い上がってしまってたことですし、嫌われてはないので特段困ってもいません。むしろ終わったことをいつまでもつつかれる方が迷惑ですね」
「兄弟子様の心配を迷惑扱いかこのお魚葛餅!!」
「ス!ティーブン!!さん!!!!」
バッサリ切り捨てるツェッドにザップが掴みかかろうとしたが、それは勢いよく扉を開けた渦中の少女によって遮られた。執務室に飛び込んできた結理は持っていた分厚いファイルを両手で持って掲げる。
「記録見つかりましたっ!!やっぱりこの間のに紛れてました!!」
「でかしたお嬢さん!!」
「おいチビッコ!!」
「やー見つかんなかったら本当にヤバかったですねー」
「無視すんじゃねえつるぺた!!」
「ザップさん今忙しいんで後にしてください五番街の調査報告書まだですかさっさと出してください」
「んなことはどうでもいいんだよ!てめえ魚類んぎゃああああああああ!!!!」
迷惑そうに言い放つ結理に詰め寄りかけたザップだったが、唐突に悲鳴を上げると目元を押さえて転げ回りだした。結理とついでにツェッドも少し驚いたが、少女はいつものことと思い直してさっさと業務に戻る。
「てめ……レオてめえうごおおお…!!」
「ザップさん、ここで騒いだら邪魔になるんで出ましょうか」
「てめえが視界シャッフルするからのおおおおお…!!」
「ザップ煩いぞ。騒ぐ元気があるんなら外出るついでに買い出しでも行ってこい」
「いやどう考えてもこいつが」
「ザップ」
「!!」
静かに呼ばれ、理不尽に対する抗議の声を上げようとしたザップは思わず姿勢を正した。書類の山の間から刺さるような氷の視線を飛ばす副官は、絶対零度の声音で告げる。
「外出る、ついでに、買い出しに、行ってこい。リストは後で送る。いいな?」
「はい……」
有無を言わさぬ要請に、ザップは頷くことしかできなかった。
副官が送りつけてきた買い出しリストは一人では到底持ちきれない量だった。元々レオを伴って外出したのでそれを見越してのことではあるのだろうが、明らかに今日のリストに入れなくていいだろうものも混ざっている。
「もー!ザップさんがいらんこと言うから無駄な労働が発生したじゃないすかー!」
「てめえが人の目ん玉引っ掻き回さなきゃこうはなんなかったんだよ!」
「それもあんたがいらんこと言おうとしたからでしょうが!」
ザップとレオはどちらも大きな紙袋を抱えていて、ザップの方が紙袋が大きい為にいつものようにレオに物理的な攻撃をくわえられないので、互いに文句の応酬になっていた。
「つか、何でそんなに気になるんですか?ツェッドさんとユーリのこと」
「そらおめえ……身近で惚れた腫れたが発生したらちょっかいかけたいだろ?」
「なに曇りなき眼で出歯亀宣言してんですか。ツェッドさんただでさえ真面目なんだからイジメないでくださいよ」
「つるぺたの方はいいのかよ?」
「ユーリは自分でぶっ飛ばすかスティーブンさんに言いつけるんで」
「やな信頼だなオイ……」
言葉通り嫌そうに顔をしかめて呻いて、ザップは紙袋を抱え直した。
「けど実際のところ、ありゃ完全脈ナシだろ。結理」
「ですよねー。そもそもユーリって、恋愛に意識向きそうにないですし」
「番頭とタメはれる仕事人間だからなー」
「でもツェッドさんも同僚のままでいいって言ってたんですから、僕らがどうこうする話じゃないですよ」
「魚類も厄介な奴に惚れたもんだぜ!」
嘆くような息をつくザップに、レオはもしかしてと疑念がよぎった。
(案外本当に気にかけてんのかな…?ツェッドさんとユーリのこと)
先程口に出した出歯亀宣言も間違いなく本音だろうが、変な誠実さを見せる時のあるザップなりに弟弟子と後輩の行く末がからかい抜きに気になっているのかもしれない。
「……うまくいくといいですね」
「だからやっぱりアシスト的な」
「ダーメっすよ」
書類処理は佳境に差しかかっていた。
ここ数日、スティーブンと結理はほとんど事務所に詰めていて、月末に向けての事務繁忙の合間に起こる世界の危機によって増えていく事務作業との処理レースに忙殺されていた。今日は奇跡的にライブラの主力全員が出なければならない世界の危機も、堕落王による実験開催のお知らせも、槍の雨が降ることもなく集中ができたおかげで処理速度が上回っている。時計の短針が間もなく頂上に向かおうとしながらも、ようやく作業に目処がつき始めていた。
「お……わっ、たー…………」
自分に割り振られたノルマを終えた結理が呻きながら机に突っ伏した。数秒程沈黙してからすぐに起き上がると、まとめた書類といくつかの箱を持ってスティーブンのデスクに向かう。
「スティーブンさーん……仕分けと修正終わりましたー……こっちは承認印待ちと経理行きと機密分ですー……」
「ありがとうお嬢さん……助かったよ……」
へろへろとした足取りと口調でデスクに書類と箱を置いた少女に、スティーブンも疲労を隠せない声音で返した。
「後は僕が処理するから、君はもうあがっていいぞ」
「ちょっと休んだらそうします……」
か細い声で返答しながら、結理はふらふらとソファまで歩み寄るとそのまま倒れ込んだ。大の男が複数人座れる大型のソファは、小柄な少女を難なく受け止める。もそもそと座りのいい位置を探していたらしい少女はしばらくすると大きなため息をついてから動かなくなった。多分だが、ちょっとは明日の朝までだ。
ツェッドが執務室に入ってきたのは、結理が穏やかな寝息を立て始めた直後だった。
「ツェッド?どうかしたか?」
「いえ、執務室に明かりがついていたので……」
意外な訪問者にスティーブンが尋ねると、ツェッドは戸惑い気味に答えながらソファに沈んでいる結理に視線を移した。
「あー……たった今作業が終わってね。少し休んだら帰ると言っていたが、この様子じゃしばらくぐっすりだろう」
「はあ……」
「すまないが」
仮眠室まで運んでやってくれと言いかけたスティーブンは、はたと我に返った。
彼に少女を運ばせていいのかと。
ツェッドと結理のことは何となく聞き及んでいる。先日告白してこっぴどくフラれたらしいことも。ツェッドは割り切って気持ちの整理をつけたようだが、かといって想いを傾けている少女に不必要に近付けさせるのはいかがなものかと疑問がよぎった。
「なんですか?」
「えーっと……」
正解は何だと、疲労でやや鈍っている頭で考える。仮眠室まで運ばせるか、毛布でも持ってきてもらうか、そのまま放置させるか、はたまたスティーブンが結理を仮眠室まで運ぶか。どれを選んでも「ほんっと駄目な男ねアンタは!」と眉をつり上げるK·Kの姿が浮かんだ。ただの考えすぎである。もう一度言うが、スティーブンは疲労で思考がやや鈍っている。
「…………すまないが毛布でもかけてやってくれ。風邪をひかれても困るからね」
「はい」
結局、一番当たり障りのなさそうな指示を出して、背もたれに体重を預けた。すごく無意味に悩んでしまった気がする。本音がどこにあろうが、ツェッド本人が気にしないと決めたのならこちらもそこまで気を揉む必要はないだろう。今のように当たり障りのない対応だけしていればいい。どこぞの度し難いクズが持ち込んでくる修羅場に比べれば可愛いものだ。
そう考えながら、スティーブンはソファの方を盗み見た。丁度ツェッドが毛布を持ってきたところで、彼は音を立てずに毛布を広げると結理を起こさないように配慮してかゆっくりと慎重にかける。
「あーーーーー…………」
「!?どうしました?」
「いやすまん。何でもない」
思わず呻いてしまったスティーブンは両手で顔を覆い、驚いた様子で尋ねてくるツェッドの方を見ずに簡潔に返した。
そして、眠る少女を見つめるツェッドにうっかり癒しを感じてときめいてしまったことは、墓の下まで持っていこうと固く誓った。鈍感やら女心が分かってないやら恋愛を字面でしか知らないやらと叱られることのあるスティーブンでも分かる。ツェッドが結理に向けていたのは恋と慈愛で彩られた眼差しだ。うっかり萌えない方が無理だった。再三言うが、スティーブンは連日の激務で疲れている。
今の作業を終わらせたらすぐにでも休もうと心に決めて、スティーブンはもう一度眠る少女とそれを見守る青年とを盗み見る。
(……なんとかうまいこと、納まったりしないもんかなあ……)
疲労でやや緩んだ頭が、そんな願望めいたことを考えさせていた。
