Only and Only
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「ツェッド君ですか?あー……真面目、ってゆうか、育ちがいいですよね」
雑談の延長のような問いに、結理は少し考えてから返事をした。夜中に突入しかけた書類仕事にも終わりが見え始めて余裕の出てきたらしい副官の方は見ず、話題の人物のことを思い返す。
初対面の時から真面目そうであるという印象はあった。騒動の後に改めて話してそれは確信に変わり、混沌が日々闊歩しているこの街でやっていけるだろうかと少し気になったが、元々荒事に身を置いている環境にいたからかそれはすぐに杞憂に終わった。
「お師匠さんがザップさんと同じとは思えない程落ち着いてるし、思考も柔軟で好奇心もそこそこあるみたいだから話してて楽しいですし、それに何より」
そこで一度言葉を切った結理は、丁度チェックの終わった書類を手に取って掲げて見せる。
「書類がとっても綺麗で助かります!!」
「そこは同意する!」
高らかにしめくくった少女にスティーブンも力強く頷いた。連日報告書や始末書や調査書の添削や推敲やその他諸々の精査に忙殺されていてる二人で一緒にため息をついてから、結理が「でも、」と続ける。
「何で急にツェッド君をどう思うかなんて聞いたんですか?」
「処理の目処が立ってきたからただの雑談というのが大きいけど、この先君とツェッドが組むこともあるだろうからね。お嬢さんから見た人となりも知っておきたかったってところかな?」
「成程」
「彼なら君のいいストッパーになってくれそうだしね」
「そっちですか!?」
「そっちだな」
思わず顔を上げて心外だという抗議も込めて返すと、スティーブンはしれっと即答してペンを置き、椅子の背もたれに体重を預けた。どうやらノルマは終わったらしい。
「まあそれはさておき、構成員の人間関係が円滑に進むかどうかも、組織運営には重要な課題だ」
「説得力半端ないですねえ……」
苦笑をこぼした少女はまとめた書類をストッカーに入れた。つい先日も色々あって構成員が退職したばかりで、その"手続き"には色々あって結理も関わっている。人事にも気を回しているスティーブンが色々と懸念する気持ちも、多少ではあるが理解できた。
「でもまあ……ツェッド君なら問題ないと思いますよ?斗流からってゆうこれ以上にない保証を差し引いても、礼儀正しいし人柄はいいですし。ザップさんみたいなタイプからは気に食わねえみたいに思われるかもしれないけど、そうゆうのもスルーできるっぽいですし。期待の新人!って感じですね」
「べた褒めだなあ……」
「駄目ですか?」
「いいや?」
即答したスティーブンは何故か、微笑ましげに結理を見つめて続ける。
「君がそこまで手放しに他人を褒めるのは珍しいと思ってね」
「そう……ですかね…?ツェッド君がそれだけ優秀ってだけじゃないですか?」
思ったままを口にした直後、執務室の扉が開いた。入ってきたのは、話題の中心にいた期待の新人だ。
「二人とも、まだ残ってたんですか…?」
「お、期待の新人だ」
「ですね」
「はあ…?」
にこやかに言われたツェッドは、戸惑い気味に返事をした。
「おはよーございまーす……」
「おはようございます、結理さん」
「おはよーツェッド君」
出入口ではなく仮眠室のある扉から入ってきて、どこか眠たげな顔で挨拶をする結理に声をかけると、少女はいつものはっきりとしたそれとは違うふやけた笑顔で挨拶を返してきた。
「結局泊まりになったんですか?」
「うんー……あの後緊急案件と処理できてない書類が出てきちゃってねー……ギリ徹夜にはなんなかったけど帰るのもめんどくさくて泊まっちゃったー」
「それはお疲れ様です」
「なんだお嬢さん、まだ寝ててよかったんだぞ?」
「今日午後から営業があるんです。一回帰んないとなんで」
「営業?」
「副業で大道芸やってるの。ツェッド君も見に来る?」
「それは興味深いですね」
「てゆうか、スティーブンさんこそちゃんと休んで」
始まりかけた少女の小言は外からの爆発音に遮られた。揃って小さく肩を跳ねさせて、結理が窓に駆け寄って外を見る。
事務所の窓からは約50メートル先を始めとしていくつかの通りから煙が上がっているのが確認できた。結理が窓に向かうと同時にスティーブンがつけたテレビから速報が流れ、HL内の複数箇所の交差点で突如爆発が起こったと告げている。
「うーん……テロですかねえ…?」
「まだ何とも言えないな。念の為警戒態勢で二人とも待機だ。大事に発展しそうなら一次情報がじきに来るだろう」
「了解です」
「了解しました」
副官の指示に二人が頷いた直後、爆発現場に立ち込めていた煙が急に不規則に動き出したかと思うと、まるで綿菓子をちぎったように次々と四方に飛び散りながら何とも形容しがたい丸い生物に変貌して住人達に襲いかかり始めた。
「ええー…!?」
「これはまた……」
予想外の事態に呆気に取られていると現場の阿鼻叫喚を映していたテレビに突如ノイズが走り、画面が切り替わる。
『おはようヘルサレムズ・ロットの諸君!堕落王フェムトだよ!!』
「……………………………………あ゛?」
軽快な挨拶をする仮面の怪人の姿を認めた瞬間、結理が盛大に顔をしかめて画面を睨みつけた。出会ってから今まで笑顔などの陽の表情を見せることが多かった少女の初めて見る顔に驚いたツェッドは思わず一歩下がる。その間に堕落王はたった今起こった爆発の解説とこれから起こる"ゲーム"の説明を嬉々として発信していた。
そして、稀代の怪人が語る分だけ結理の表情が般若のように変貌していき、全身から殺気が漏れ出していく。
『と、いうわけで!頑張り給えよ住人諸君!!』
「あいつ今日こそコロス。スティーブンさん先行してついでにザップさんに連絡つけます」
「あ、ああ、気を付けて……」
ひきつり気味の返事を待たずに窓から飛び出した少女を呆然と見送ったツェッドは、その表情のままスティーブンを見やる。言い分を理解したらしい副官は端末を取り出しながら苦笑を深めた。
「まあ……お嬢さんと奴とは色々あってね。見ての通りあの子にとっては最優先で排除したい対象なんだ」
「はあ……」
「とはいえこのまま放ってはおけないのも事実だ。ツェッドはひとまずセントラルパークを目指してくれ。レオナルドにも伝えるから合流して煙の核とやらの捜索を」
「はい」
堕落王が街に放った煙から生まれる魔獣は、仕掛けた当人曰く当たりと外れに分類されるらしい。外れは棒で軽く叩いた程度の攻撃で霧散して消え、当たりは核のコピーでもあるので仕留めればその分核は弱体化して最終的には角砂糖程度の強度の塊になる。その核を潰せばゲームは終了で、街に平穏が戻ると宣言していた。
文面だけならば簡単そうに聞こえるが、外れの煙も一度襲いかかる相手を決めればコンクリートを凹ませる程の威力で突撃してくる厄介さを持ち、当たりの煙は外れよりも頑丈かつ俊敏で凶暴性も高い。
そんな魔獣達を次々と駆除していく姿があった。
「『氷術』!!」
放たれた凍結の魔術は襲いかかろうとした煙魔獣を一度に凍らせた。跳び上がった結理は、氷山と化した魔獣達の奥から飛び出してきた複数の魔獣をまとめて蹴り飛ばして壁に叩きつける。
結果を見ずに着地すると同時に、血で形成した赤い棘鞭を振るって死角から飛びかかってきた煙を一瞥もせずに薙ぎ払い、鞭の範囲外から突っ込んできたものには振り向き様にカウンターで拳を叩き込んだ。攻撃をまともにくらった煙が霧散した直後、少女の真上に影が落ちた。
複数の煙が合体した大型の魔獣は、小柄な姿を潰すように降ってくる。結理は表情一つ変えずに側にあった雑居ビルの壁を駆け上がって魔獣の上を取り、空中で体を回転させながら勢いをつけて蹴り足を振り下ろした。落下の勢いも上乗せされて地面に叩きつけられた煙が、水飛沫のように霧散する。
それら一連の動作が流れる水のようであり、風に舞う花にも見えたツェッドは戦う少女の姿に思わず目を奪われた。可憐と苛烈が不思議と両立している。戦いに慣れていると言うよりは、戦場こそが本来の居場所であるかのように、敵と相対する結理が自然に見えた。
「っ!いました!!あの奥にいるのが煙の核です!」
あんな戦士もいるのかと感心のような気持ちを抱いていると、騒動の核を捜索していたレオが声を張り上げた。彼が指差した先には雲のような白い塊が蠢いていて、看破されたことを察したらしいそれは周囲の煙魔獣を取り込み始める。
「『血術─ブラッド・クラフト─』……」
それを見た結理は、即座に駆け出しながら指抜きのグローブをはめた両掌を打ち付けて術を紡いだ。敵に気付いた魔獣が小柄な姿に狙いを定めるが、少女が地面に手をついて攻撃の動作をとる方が早い。
「『血の乱舞─レッド・エクセキュート─』!!」
地面から生えるように放たれた複数の赤い棘は、周囲にいた子魔獣を串刺しにしながら核の魔獣を高くかち上げた。無防備に空中に投げ出された魔獣に、ビルから跳んだクラウスが拳を叩き込む。まともに攻撃をくらった魔獣は断末魔の悲鳴を上げながら爆発するように霧散して、周囲に残っていた子魔獣達もかき消えた。
「……よしっ!……ぁ……」
「!?結理さん!」
騒動の終結を見届けた結理は、短い歓声を上げた直後にその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「貧血……ですか……」
「いやあ、ご心配をおかけして……」
騒動の後、事務所に戻って事情を聞いたツェッドは空の牛乳瓶を片手に苦笑する結理をなんとも言えない表情で見つめていた。
火や風を起こす魔術と自身の血を武器にして戦う少女だが、大きな技を使うと貧血に陥りやすいらしい。
「毎度毎度バタバタ倒れやがってよおこの貧弱ちんちくりんは。てめーのペース配分くらいてめーで管理しろっての!」
「違いますー。今回はもう終わりが見えてたから一気に畳み掛けただけで配分はしてましたー。ちょっとよろけただけですー。すぐに補給して自分の足で事務所戻ったからチャラですー」
悪態をつくザップに微妙に言い訳になっていない言葉を返してから、結理はツェッドに向き直る。
「驚かせてごめんねツェッド君?いつものことだし、怪我したとかじゃないから」
「……いつもあんな戦い方をしてるんですか?」
「おうそうだ。なんせ旦那やスターフェイズさんも手を焼く猪突猛進バーサーカーだからなこいつは」
「ザップさんうるさいです。毎回毎回突っ込んでくわけじゃないよ?でもまあ……そうせざるを得ない状況も多いけど」
(それで切り抜けちゃうのがユーリの駄目なとこだよなあ)
「レオ君何か言った?」
「っ!!?いや?何も!?」
「結理さんは……」
言いかけたツェッドだったが、うまく当てはまる言葉が浮かばなかった。少女に対して否定なのか肯定なのか判断がつかない感情が浮かんだのだが、それが何にあたるのかまでは言い表せない。
「何?」
怪訝そうに問われるが結局当てはまる言葉は出ず、代わりに一番近い気がする表現を口にする。
「……結理さんは、不思議な人だなと」
「えー?何それー?」
ただ、返答を聞いておかしそうに笑った少女に心が動かされたのは確かだと思えた。
