Only and Only
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よぎったのは、まだ待ってほしいだった。
まだ何も言えていない。
まだすれ違ったままだ。
だからまだ待ってほしい。
けれど同時に、身体がとっくに限界を超えていたことにも気付いていた。多分もう、自分はここで終わりだ。
(……ああ……ツェッド君と仲直りしたかったな……)
その願いは声に出ることなく、意識と一緒に消えた。
「…………………………」
目を開けると見覚えのある天井と、吊り下げられたいくつもの点滴と輸血の袋が視界に入った。
自分は死んだはずでは?と思ったが、まるでそれを否定するように身体中が痛みを訴えだす。
トカゲ型の異界人と戦い、逃げ遅れた母娘を守った一瞬の隙をつかれて致命打を受けて、そこからの記憶は曖昧だが多分あの異界人は倒したと思う。なんとなく、手応えは残っている。そういえばレオがあの母娘を避難させていたような気もする。
それと、
(……そうだ……ツェッド君が……)
朧気な記憶の中に彼もいた気がする。戦いは終わったのだと言ってくれて、その後の記憶は完全に途切れているがこの流れだと病院に担ぎ込まれたのだろう。
つまりここは地獄の類ではない。
「ぅゎ……生きてる……」
「っ!結理さん…!!」
今回ばかりは流石に死を直感したが、我ながらなんと頑丈だろうと呆れ混じりに苦笑すると、ベッドの側にいたらしい誰かが慌てた様子で身を乗り出して結理の顔を覗き込んだ。
「……ツェッド君…?」
「よかった……本当に……」
名前を呼ぶと、ツェッドは力が抜けたようにベッドの端に突っ伏した。
「エステヴェス先生が、「これで生きてるのがすごい」と仰っていて、それから丸二日も目を覚まさないで……死んでしまったらどうしようかと……」
「それは……ご心配をおかけして……」
とりあえず当たり障りのなさそうな言葉を選んでから、結理はツェッドは自分を避けていたはずでは…?と思い出す。だが当のツェッドはそんなことは吹っ飛んでしまっているようで、縋るように少女の手を握った。
「心配したどころじゃないです」
「……申し訳ない」
「どうしてすぐ死に急ごうとするんですか」
「返す言葉もなく……」
「あの母娘が助かっても、貴方が死んでしまったら意味がないじゃないですか」
「え……泣いてる?」
「…………怖かったです」
手を握ってうつむいたまま言葉をこぼすツェッドが、結理には迷子のように見えた。安心させる為に頭でも撫でた方がいいかと思ったが、生憎手は塞がっている。
「貴方は、すぐに自分を投げ出そうとする。まるで自分に価値がないかのように。そんなはずないのに……いや、価値のあるなしなんてどうでもいいんです。貴方が傷付いたり死んだら悲しむ人が沢山いることに、もっと目を向けてください」
「…………」
「貴方が死んでしまったら、僕はもう……どうやって息をしていいか分からない……」
「…………え……」
「好きなんです、貴方のことが。友人でも、同僚でもなく、一人の女性として」
「………………………………」
「………………………………」
時間が止まったような感覚がした。
ツェッドが言い切った言葉を、結理は何秒か理解できずに絶句してしまっていた。その間にツェッドが一瞬身じろいでから固まる。そのままだらだらと冷や汗をかき始めたツェッドを見て、結理の思考は回り始めた。
マジかや何故という感想は後回しにするとして、どうやらツェッドは今の告白をこの場で言うつもりはなかったらしい。確かに、ついさっきまで意識のなかった重傷人に愛の告白は、いくらなんでも思い切りがよすぎる。
そういえば前にも似たようなことがあったなと思いながら、結理は固まったまま顔を上げようとしないツェッドに声をかける。
「…………ツェッド君」
「……………………はぃ」
「ツェッド君って、たまに勢いで物言っちゃうことあるよね」
「………………はい。今正に」
「てゆうかツェッド君、わたしのこと嫌いになったんじゃなかったの?」
「そんなわけありません!」
少女の指摘に思い切り顔を上げたツェッドは、きっぱりと言い切った。
「僕は結理さんを嫌ってなんていません」
「だって、距離を考えさせてくれって言ったじゃん」
「それは僕が結理さんとどう接していいか分からなくなってしまっただけで……断じて嫌いになったわけじゃありません!説明が足りなかったのは申し訳なく思ってます。そこについては謝罪を」
「……あー成程……そうゆうことか…………ふふ……」
色々と合点がいった結理は思わず笑みをこぼした。震えるように笑うせいで傷に響いて痛んだが、気にせず笑い続ける。ツェッドが怪訝そうに見ていても、笑みを引っ込めることができなかった。
何が不正解でなかっただ、思い切り不正解じゃないかと自分に対して呆れる。おまけに偏執王の指摘が大正解だったなんて笑うしかない。とんだ回り道だ。
けれどこの回り道のおかげで決定的な間違いを犯さずに済みそうなので、結果オーライかもしれない。
そんなことを考えながら、慎重に起き上がる。支えてくれたツェッドの腕に寄りかかりながら上半身を起こし、今度は結理の方から彼の手を握った。
「……ツェッド君」
「……はい」
「わたしはね、多分死に急ぐことを止められない」
「……っ……」
「そうでなくても、わたしはわたしの命の使い所を決めてる。わたしはクラウスさんに救われたその時から、世界の均衡の為に自分に出来ることをなんでもしようと思ったし、戦いの中でないと生きられないから、戦場で命を使い切るんだと思ってる。血界の眷属にだってどんなに勝てなくても立ち向かうし、誰かを守る為ならどうあっても勝手に体が動いちゃう。それ以外にも、色々……」
少女の言葉を遮ることなく、ツェッドは黙って聞いていてくれた。死の話を即答で否定しないことに内心感謝しつつ、結理は続ける。
「わたしには、死ぬ理由が沢山ある」
「……それは僕の……いえ、誰かの想いには応えられないということですか?」
「そうじゃないよ」
首を横に振って、結理はもう片方の手も添えて両手でツェッドの手に触れた。
「ちょっと回りくどかったね。でも聞いてほしかったから……」
そこで言葉を切って一度うつむき、深く息をつく。まだ起きたばかりで少し体に無理を強いているが、今を逃せばまた先延ばしになってしまうと自分に喝を入れて顔を上げ、真っ直ぐにツェッドを見た。
「ツェッド・オブライエン君」
「はい」
「わたしも貴方が好きです。友達でも、後輩でもなく、一人の男性として」
「え…………………………」
少女の告白に、ツェッドは先程とは違う意味で固まった。内容が理解できていない様子のツェッドを見て結理は思わず笑ってしまったが、構わずに言葉を紡ぐ。
「気付いたのは本当についさっき……じゃないか、もう二日経ってるらしいし。あのトカゲの騒動の直前だった。言われて気付いたの。いつの間にか、わたしの中でツェッド君は特別になってた。そんなわけない、わたしが恋なんてって、自分で否定しようとしたけど、だめだった」
愛するものを全て失くした自分の前に特別な誰かが現れるなど思ってもいなかったし、特別な誰かを作るつもりもなかった。誰にも踏み込ませないように溝を作って、己で決めたことに命を使い切って、最期にはひっそりと去る。そのつもりだった。
けれど目の前の彼はそんな溝を越えて、去ろうとする自分を引っ張り戻した。
「今言った通りわたしには死ぬ理由が沢山ある。だから、」
一度ははぐらかしておいて身勝手だろうかと、心の片隅で少しよぎった。
「わたしの生きる理由になってください」
けれどこんなに溢れる想いを捨てることや、差し出された手を見て見ぬふりをすることは、もうできなかった。
「貴方と一緒に生きていきたいです」
死ぬ理由は捨てられないが、踏みとどまる理由となってほしい。そんな思いを込めて、けれど少しだけこぼれた不安が苦笑と一緒に言葉を付け加えさせる。
「……だめかな?」
「駄目なわけがありません」
返事は即答だった。真っ直ぐに、真剣に、ツェッドは結理を見つめながら手を握り返して想いを伝える。
「一之瀬結理さん、どうか僕と一緒に生きてください」
「……はい…!」
しっかりと頷いて、照れと嬉しさで笑みがこぼれてしまった。ツェッドもつられたように表情を緩めて、二人で少しの間笑い合う。
笑みが収まると、急に瞼が重くなった。どうやら身体の限界が来てしまったらしい。瞼が落ちていくのと一緒に頭も傾き始める。
「結理さん…?」
「なんか……気が抜けちゃった……みたいで……」
「まだ回復してないんですから、無理をしないで休んでください」
「うん……ありがとう……」
次に起きた時に、もっといっぱい話そう。
大好きな貴方のことをもっと知りたい。
その言葉が声に出せたかは分からない。けれど伝わっていてほしいと願いながら、少女は眠りに落ちた。
それから少し時は流れて、
「結理さんとお付き合いをする運びになりました」
「!そうか…!」
「おーおーようやく手込めどぅふっ!!?」
「こういう時くらい真っ当に祝いましょうよ……」
「やったじゃないツェッドっちー!!」
報告を聞いたクラウスが驚きながらも表情を綻ばせ、下世話な表現をしようとしたザップはチェインが蹴り倒して呆れ顔でぼやくレオが引きずっていった。連行されるザップを早々に視界から外したK·Kは満面の笑顔で歓声を上げて、ツェッドの背中をバシバシと叩く。
「式にはちゃんと呼びなさいよー!ご祝儀たんまり包むんだから!!」
「本当によかった。どうか末永く幸せに…!」
「こらこら二人とも、気が早いぞ。ツェッドが困ってるじゃないか」
色々とすっ飛ばした祝辞を送るK·Kとクラウスをスティーブンが苦笑しながら宥めるが、彼の表情もどこか緩んでいる。
ツェッドと結理の行く末を誰もがやきもきしながら見守っていた所に、結理が大怪我をしてライゼスに担ぎ込まれたと報告が入った時は最悪の可能性もよぎった。
だがどうにか最悪は回避されてその上落ち着く所に落ち着いてくれて、事務所内は万事解決といった空気に満ちている。
「けどまあ……確かによかったよ。君に嫌われたかもと落ち込むお嬢さんはそれはもう目も当てられない姿だったし」
「う……その件は、本当に僕の不徳の致すところでしかなく……」
「これからも大変だと思うが、君達なら大丈夫だと信じてるよ」
「はい、ありがとうございます」
ちなみにこの時のスティーブンの顔を見たK·Kは、こいつが一番ヤキモキしてたんじゃないかと呆れ混じりに思ったそうな……
一方、
「ユーリ〜~~!!おめでと〜~~!!!!」
「ぅわ!!アリギュラさん!!?」
絶対安静を言い渡されて病室のベッドで暇を持て余していた結理は、予想外かつ突然の訪問者に驚いて転げ落ちそうになった。そんな少女に構わず、偏執王は仮面越しでも分かるほどの笑顔で結理の手を握ってブンブンと振る。
「いだだだだ!!痛い痛い痛い痛い!!」
「ほら〜!や〜~っぱり恋〜~してたじゃ〜~~ん!!!!」
「分かった分かった分かりましたって!!傷開いちゃうから!!」
それ以前にどこでどう知ったんだと思ったが、藪はつつくべきでないので追求はしなかった。どうにか手を離してもらった結理は若干以上警戒した眼差しを偏執王に向けるが、当の本人は全く気にした様子もなくどこからともなく取り出したトランクケースをベッドの上に置く。
「……何ですか?これ」
「プレゼント〜」
言いながら偏執王はケースを開けた。あんまりいい予感はしないながらも一緒に中を見た結理は、数秒程絶句する。
「…………これは……」
中に入っていたのはレース仕立ての真っ白なドレスだった。用途など誰が見ても即答できるほど分かる。
偏執王が持参したのはウェディングドレスだ。
「クロスローズに注文してね〜あいつ〜ユーリのこと気に入ってるから〜即答で受けてくれたの〜!」
「気が早すぎる!!あぃたたた…!」
思わず全力で叫んでしまってそれが傷に響いた。ついでに彼女と堕落王経由で馴染みになった仕立て屋に気に入られていた衝撃も受けてうずくまるように上半身を曲げるが、原因はやはり一切気にせずドレスをしまい直した。
「決まったら届けるから〜それまで預かっとくね〜」
「だから気が早すぎますって…!」
「よかったね〜ユーリ〜」
にこにこと笑う偏執王は、たった今まであったハイテンションを引っ込めていた。
友人の一人として心の底から祝福してくれているのが感じ取れてしまった結理は、出そうとしていた文句や抗議を引っ込めざるを得なくなってしまい、尻すぼみに頷く。
「…………それは……まあ、はい……」
「恋バナいっぱいしようね〜」
「それは控えめでお願いします」
間違いなく聞いてくれないのは分かっているが、そこだけはと一応否定を即答しておいた。
更に時は流れて、退院の許可が降りた結理は軽い足取りでブラッドベリ総合病院の敷地から外へ出ていた。街の霧も今日はいつもより薄く感じられて、絶好の退院日和だと空を見上げて目を細める。
「結理さん」
「あ、ツェッド君!」
とりあえず事務所へ向かうか、腹ごしらえをしてから事務所へ向かうかを考えていると声をかけられた。見るとそこには会いたかった姿が待っていた。
「迎えに来てくれたの?」
「はい。皆さんも事務所で待ってますよ。結理さんの快気祝いがしたいそうで」
「そんな大げさな……でもまあ、それなら事務所に直行だね」
にこりと笑いかけてから、結理は少し悩む間をおいてツェッドから視線を逸らした。
「結理さん?」
「えーっと……」
それから躊躇いがちに手を差し出す。怪訝そうなツェッドにきちんと理由を話したかったが、気恥ずかしさが勝って視線を合わせられずに目が泳いだ。
「手を、繋ぎたいなあ……なんて……」
「?ああ、まだ全快はしてないんでしたね。体が辛いんならタクシーで」
「そうじゃなくて…!」
まさかのずれた返答をされた結理は思わず唸った。気恥ずかしさが上乗せされたが、勘違いされたままでは困るのでどうにか訂正する。
「ほら、その……お、お付き合いしてる、し?恋人っぽいこととか、しません、か?」
「!?すみません!そういうことですね…!」
それで気付いたツェッドが慌てて謝ってから、若干気後れした様子で恐る恐る手を差し出した。互いの指先が触れて、意を決したようにどちらともなしに手を繋ぐ。
「……えへへ……ちょっと恥ずかしいね」
「……けど、このまま行きましょう」
「うん」
照れくさそうに笑いながら、少女はしっかり頷いた。
霧の街の中、手を取り合った二人は並んで歩き出す。
控えめで、少し恥ずかしげで、けれどもどちらの表情もとても晴れやかだった。
了
