Only and Only
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とても長い一日だった。
師と共に高位の血界の眷属と交戦し、彼の指示で話には聞いていた異界都市に敵を誘導・運搬する役目を担い、長時間の攻防戦の後に初めて対面した兄弟子(とは認めたくない失礼過ぎる男)や彼の仲間達と即席の共同戦線を貼り、長老級の強敵を封じることに成功した。
そんな、文章にしてしまうと短いが、永遠に終わらないのではと思えたほど長かった一日が過ぎて、事前に知らされることもなく師に置いていかれたショックからもある程度回復して少し落ち着いた所で、彼女は改めて声をかけてきた。
「よろしくね?ツェッド君」
ありきたりな表現だが、その笑顔はまるで花が咲いたようだった。
「あの、つかぬことを伺うんですが」
新人の受け入れ体制も大分整い、後は各種書類に目を通してサインをしてもらうという段階まで来たところで、当の新人であるツェッド・オブライエンがふと思い出した様子で声を上げた。問いの形のそれを聞いて、彼が目を通し終わった書類を確認していたスティーブンとその傍らで処理済みの書類をまとめていた少女が同時に顔を向ける。
「結理さんは事務員のようですが、何故先日の血界の眷族との現場に居合わせたんです?」
「………………は?」
「………………え?」
問われたスティーブンは唖然としながら似たような表情をしている少女、一之瀬結理と顔を見合わせて数秒ほど沈黙した。
「……いやいやいや待って?」
それから先に沈黙を破った結理が思わずといった風に乾いた苦笑をこぼす。
「あのねツェッド君?ザップさんとツェッド君であの血界の眷族燃やしたじゃん?その後暴れる触手ひとまとめにした隙にクラウスさんが密封したのは覚えてる?」
「はい」
「あの時触手ひとまとめにしたのはわたし」
「え!?」
「見えてなかったかー……って、スティーブンさん笑わないでくださいよ!」
「いや悪い……」
気配に気付いた結理が拗ねたように咎めると、書類で隠した向こう側から笑みを伴った震え声で謝ったスティーブンはひとしきり声なく笑ってからツェッドの方を見やって疑問に答えた。
「お嬢さんは事務補佐も任せているが、本分は諜報と戦闘だ。まあこんな可愛らしい見た目じゃ想像できないだろうけど、これでもかなりやる方だぞ?」
「……戦闘……ですか……」
「信じてないでしょ?」
「いえ!そんなことは……そうですね、実感は伴いません」
「……正直なのは好感度高いからいいや。馬鹿にしてるわけでもないし」
むっと眉を寄せた結理だったが、すぐに力を抜くように笑みをこぼして息をつく。
「牙狩りやってきてるから経験はあるだろうけど、それまで以上にこの街は見た目で判断すると痛い目に遭うから、そこは気を付けた方がいいよ。そのおかげで住みやすいってとこもあるけど。特にわたし達みたいなのは」
そう言った少女の笑みはとても大人びていた。それでほんの少しだけ、少女は見た目通りのか弱い存在ではないのかもしれないと実感が伴う。
「まあ、この街でならすぐにお目にかかれるだろうね。ここがいかに"外"と違うかもついでに体感できるだろう」
「はあ……」
この異界都市も少女もそんなに非常識なのだろうかと疑問が浮かんだが、手続きの話に戻ってしまったので言葉に出ることはなかった。
副官の言うすぐは、ツェッドが思っていたよりもずっと早く訪れた。
書類作業が全て終わり、あとは確認を待つだけとなったので、ツェッドは結理に誘われて昼食を買いに一緒に事務所を出ていた。少女の行きつけのベーカリーは事務所からそう遠くない大通りに位置していて、ベルのついた扉を開けると音に気付いて顔を上げた店員がにこやかに少女に声をかける。
「ああユーリちゃんいらっしゃい!おや?そちらはお友達?」
「はい!おすすめのパン屋さんの紹介に!」
「あはは!嬉しいこと言ってくれるなあ!」
親しげに会話をしながら目当ての商品を手早く取り、その途中でツェッドにおすすめを教えた結理は、初日だから奢ると言って彼の分も会計を済ませると人懐っこい笑顔で「また来ますねー!」と店員に手を振りながら店を出た。
その姿は"外"ではどこにでもいそうな少女と大差なく、ツェッドは先程僅かに伴いかけていた実感がすっかり薄れながらも店員に軽い会釈をして少女の後に続いた。
この少女は本当に戦闘を得意分野としているのだろうか?足運びから運動神経がよさそうだというのは窺えるが、吹けば飛んでいってしまいそうな小柄な姿からはどうにも戦闘という荒事が結び付かない。
もしかしてかつがれたのだろうかと疑い始めていると、突如として進行方向から爆発音が聞こえてきた。見ると大通りを挟んだ向かいの建物から煙が上がっていて、何やら武装した集団がわらわらと出てきている。恐らく強盗の類だろう。
「わー、朝っぱらから元気だなあ……」
「……いいんですか?」
「制圧?いいよ」
のんきな感想をこぼしながら素通りする結理に尋ねると、少女はあっさりとした様子で即答した。
「ああゆうのはポリスーツの仕事だし。世界の危機でもなさそうな日常茶飯事にいちいち動いてたら疲れちゃう」
「あれが日常茶飯事って……すごいですね」
何と言っていいか分からずに当たり障りないコメントだけをこぼしたツェッドは、さっさと歩みを再開した結理の後を追った。その間にも強盗達は喚いていて、何か主張をしたいらしいが興奮しているのか声の大きさに反して言葉はよく聞き取れない。
「ふんふーん♪ハニトーハニトー♪」
「ハニトーとは何ですか?」
「ざっくり言うと食パンにアイス乗っけてはちみつかけたスイーツだよ。あそこの食パンで作るのが美味しいんだー!」
一応強盗達の様子を窺いつつ尋ねるツェッドに、結理はにこにこ笑いながら答えた。まるですぐ近くの騒動など見えていないかのような軽い足取りで通りを行く姿は確かに大分肝が据わっているようだが、ただ単純に危機感が薄いだけなのではなかろうかとツェッドが思ったところで、少女は不意に足を止めて振り返った。
「結理さん?どうかしましたか?」
どん!
と重い音がしたのはその直後だった。少女が立ち止まったことを怪訝に思って尋ねながら後方を振り向いたツェッドも丁度その光景を見てしまい、絶句する。
たった今通りすぎた強盗らしき連中が出てきた建物の前に"そびえ立った"のは、簡単に言えば巨人だった。形状としては紙粘土を適当にこねて作った人形といった風だが、軽く見積もっても四、五メートルはありそうだ。強盗達が歓声を上げているので彼等が召喚なり何なりをしたのだろう。
「……あー……強盗じゃなくてテロかー……」
面倒そうに息をついた結理が巨人とそれを喚び出した強盗改めテロリスト達を一瞥してから、通りの端から端までをざっと見やる。その間に巨人が成人男性の背丈程はありそうな腕を振り上げる。流石にこれは素通りしていい状況ではないだろうと判断したツェッドだったが、少女が動く方が早かった。
「ツェッド君、パス」
「え…?」
軽い調子で言われた直後にパンの入った紙袋が放られる。一瞬慌てたが難なくキャッチした時には、少女は既に道路を飛び越えていた。
吹けば飛んでいってしまいそうな小柄な姿は、黒いコートを翼のようにはためかせながら確かな軌道を描いて巨体に肉薄し、振りかぶった拳を勢いのままに思い切り振るう。重い打撃音は通りの反対側にいるツェッドの耳にも届き、白い人形は大きく仰け反ると召喚者達も巻き込んで倒れた。巨体が倒れた衝撃で罅の入っていたビルの壁がいくつか剥がれ落ち、漂う霧に土埃が混じる。
「やー……ただのハリボテでよかったー」
やや遅れてポリスーツの一部隊がサイレンを伴って現着する頃には、少女は土煙に紛れて戻ってきていた。恐らく周囲の目撃者は何か黒い影が道路を横切って巨体に激突した程度にしか見えなかっただろう。
「じゃ、帰ろうか」
「……はい」
何でもないようににこりと笑う結理を見て、ツェッドは認識を改めざるを得なかった。
少女も、この街も、今まで経験してきた非常識が可愛く見えるほど出鱈目で、一筋縄ではいかないようだ。
「お嬢さんはどうだった?」
副官にそう尋ねられたのは、事務所に戻ってすぐだった。当のお嬢さんは帰還の報告もそこそこに鼻歌交じりに簡易キッチンも兼ねている給湯室へと引っ込んで、今執務室にいるのは二人だけだ。
「……そうですね……」
問われたツェッドは少し考える間をおいてから答える。
「皆さんが僕をかついでいるわけではないのは、理解しました」
「それは何より」
返答を聞いたスティーブンは失笑をこぼしてからコーヒーマグに口をつけた。まるでツェッドの回答を予測していたような佇まいに、この為に一緒に外出させたのかと納得する。百聞は一見に如かず。言葉であれこれ言うよりも、実際に少女の奇行……もとい行動を見せた方が早いという判断だったのだろう。
「これから組むことも多くなるだろうからね。あの子の炸裂弾ぶりは念頭に置いておくといい」
「そんなにですか…!?」
「そんなにだ。けどまあ、普段は割りと普通の女の子だから、常時怪物を扱うような心持ちではいなくていいよ」
「……はあ……」
「はーにとー♪」
渦中の少女が歌いながら給湯室から出てきたのは話が一区切りついた直後だった。蜂蜜とアイスで彩られた食パンの乗った皿を両手で持った結理は、十代半ば辺りだろう見た目より更に幼く見える満面の笑顔で席に着くとすぐさまハニートーストの消化に取りかかる。
「…………見るもの全てに落差がありすぎて、処理するのに時間がかかりそうです」
「そこは慣れだな」
「……そうですか」
しれっと答えたスティーブンに、ツェッドはなんとも言えない苦い声を返すことしかできなかった。
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