デートのススメ再び
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「デートがしたい」
「はあ?」
いつものように拉致され、いつものように殺意をいなされた後に放り込まれた言葉は聞き覚えがありすぎた。強烈な既視感を覚えながら、結理は言葉を放った主である堕落王フェムトに何とも言えない視線を向ける。
「デートって……この間したじゃないですか。フィールドワークの一環とか言って」
「この間は君が主体で進めただろう?それじゃあ一方的だから今回は僕の主体で行こうと思い至ってね」
「え……あんた普通のデートとか考えられるんですか?」
「普通……?」
(あ、こいつ普通のデートする気ないな)
未知の言葉を聞いたように首を傾げた堕落王に確信を抱いた結理は遠慮なく顔をしかめた。彼と関わって嫌な予感がしなかった時などないが、今回の予感は一際だ。今すぐ逃げるべきだが例によって空間を繋げて連れ去られたので脱出方法はないに等しい。
それ以前に世間一般、或いは多数派という意味合いである普通の研究がしたいという名目で行ったのが前回のデートだったはずなのに、それがすっぽり抜け落ちているような誘い方をしていることに稀代の怪人は気付いているのだろうか?これでは何の建前も言い訳もない本当のデートになってしまう。その辺りはどう考えているのだろう?
そんな疑問がよぎったが、名目があろうがなかろうが思いついたことを思いついたままに実行するのが堕落王フェムトだ。彼が一度やりたいと決めた以上、どうあっても結理に拒む権利と手段はない。
「で?まさかこれからとか言うんじゃないでしょうね?」
「当然これからさ!でなきゃこちらに呼び出したりしないよ!」
「わたしこれから出勤なんですけど…!?」
「社畜はよくないよ?あれは心身を蝕むというだろう。それで君がつまらない存在になったら目も当てられない」
「社畜はうちの上司だけです……多分。それに今日午後勤だし。いやそれ抜きにしても無断欠勤はちょっと」
「じゃあ行こうか」
「聞けよ」
盛大に顔をしかめるが、やはり堕落王は聞かずに少女の手をとった。振り払おうか一瞬悩んだ隙に目の前が歪み、思わず目を閉じる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
聞き慣れない声が耳に入ってきて恐る恐る目を開けると、景色が変わっていた。壁一面に備え付けられた棚には色とりどりの布や小物類が納められていて、棚のすぐ側にあるテーブルの上には制作途中らしいドレスと裁縫道具が乗せられている。
そして細かな装飾彫りの施された木製のカウンターの前には一見すると人類らしき青年が立っていた。
「…………仕立て屋さん……ですか?」
「これからデートなんだ。装いから始めないとね。彼女を頼むよ」
「へ?」
「かしこまりました」
「え?あ、いや、あの……」
「どうぞこちらへ」
「……はい……」
さらりと促された結理は盛大に戸惑いの声をあげるが、ここで拒否しても流れは変わらなそうだと察して仕方なしについていく。堕落王はどうでもいいが、初対面な上に見た目からして真面目そうな仕立て屋を困らせるのは気が引けた。
ついていった先にあった小部屋の中は採寸室で、大きな鏡が壁に取り付けられていた。
「採寸させていただきますので、コートをお預かり致します」
「あ、はい」
言われて素直に黒のコートを脱いで、青年に渡す。受け取ったコートを佇まい同様丁寧にハンガーにかけた青年はすぐに振り返るとメジャーを伸ばして、「失礼します」と断りを入れてからてきぱきと採寸を始めた。
素直に採寸を受けながら、さてどうしようと思案する。どうするも何も逃走はまず不可能なのだが、これからどこへ連れていかれるのかは把握しておきたい。わざわざこんな高級そうな仕立て屋に連れてきたのだから、恐らくドレスコードが必須な場所なのだろう。モルツォグァッツァ辺りだろうか?もしくは異界の夜会的な何かに連れていかれるのだろうか?どちらにしろ上司に連絡をしたいのだが、端末はコートのポケットだ。脱ぐ前に回収すればよかったと後悔がよぎるが、同時にここは電波が入るのだろうかという疑問もある。
「お疲れ様でした。採寸は終了になります」
「え、早っ…!」
思案している内に声をかけられて結理は目を丸くした。ほとんど触れられた気もしなかったのにあっという間に終わってしまったらしい。
「お色のご希望は伺うようにと仰せつかっておりますが、いかがなさいますか?」
「それなら黒とか暗色系でお願いします。アクセント的になら赤とか明るい色があってもいいですかね?」
「かしこまりました。ではそのように」
「ってそうじゃなくて!あの、ちょっとお願いが……」
「申し訳ありません。お召し物に関すること以外の要望は受けるなと仰せつかっております」
「……そうですか」
(あんのクソ堕落王…!!!)
既に先回りされている指示に結理は盛大に表情を歪めた。どうやらコートを預かったのもただ採寸する為だけではなかったらしい。堕落王に拉致されたので遅刻するという連絡くらいさせろと胸中で悪態をつきつつ、気になったことを青年に尋ねてみる。
「ところで……彼とはどういった関係で?」
「先々代の頃よりのお得意様でございます」
「へえ……」
先々代が具体的に何十年、あるいは何百年前なのかは考えないことにした。無表情を一切崩さないが不思議と無愛想とは感じない青年は、気のない返事を特に気にした様子もなく入ってきたのとは別の扉へ少女を案内する。
「こちらで少々お待ちくださいませ。出来上がりましたらご試着をお願い致します」
扉の先は応接間といった雰囲気の少し広めの部屋だった。毛足の長いカーペットが敷かれた部屋は高級感の漂うソファやテーブルセットが備え付けられていて、一人がけのソファに座る堕落王がのんびりと紅茶を淹れていた。
「…………どこに連れてくつもりですか?」
「僕が連れていきたい所さ」
この落ち着いた空間で殴りかかることも罵倒することも憚られて、ついでに上司に連絡させろと要求するのも面倒になった結理はそれだけ尋ねながら稀代の怪人の向かい側に腰かけた。簡素に答えた堕落王は湯気の立つティーカップを少女に差し出す。「……いただきます」と一声かけてから受け取って香りのいい紅茶に口をつけた結理は、味に気付いて軽く目を瞪った。
「いつもの紅茶ですね」
「彼に分けてもらってるからね」
「そうなんですか…!」
上質な品を取り扱う者は他にも気を配るのかと感心しながらスコーンに手を伸ばした。一つ目は何もつけずに食べて、二つ目はクロテッドクリームを塗り、三つ目は真っ赤なジャムを乗せる。ベリーのジャムは程よい甘酸っぱさでスコーンとよく合った。思わず頬を弛ませていると、堕落王がじっと見つめていることに気付く。
「……何ですか?」
「いいや?君はやっぱり面白いなと思っただけさ」
「普通にスコーン食べてるだけですけど……」
相変わらず目の前の怪人の価値観や着眼点はよく分からないと顔をしかめてから、少女は四つ目のスコーンには何をつけるかと考え始めた。