デートのススメ
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「映画、食事ときたら……次はショッピングかな?」
「察しがいいですね。でもここだけはわたし式なんでそんなに時間は取らせませんよ。ちょっと見てすぐ終わります」
普通のデートをなぞるならば本当は時間をかけるべきだとは思うのだが、買い物は基本的に即決即断の結理は長く悩むというのが苦手だった。
「だいたい、引き受けといて言うのもなんですけど本来デートなんて千差万別ですし」
「ほう…?」
「さっきも言ったけど、二人で会って何かするなり出かけるなりすればそれでデートは成立すると思ってます。内容は当人達好みでいいんですよ」
「それが普通。ということか」
「そんなとこです。あ、ここ入ります」
言いながら結理は繋いでいた手を引いて雑貨屋へと入っていった。森の奥にでもありそうな小屋を思わせる佇まいの店内は、混み合うというほどでもないがそれなりに客はいる。
「おや?これを見てご覧よ結理」
「?」
呼ばれた結理が振り向くと、フェムトは髪飾りを手にしていた。銀のバレッタに葡萄の実のようにあしらわれている宝飾は、光の当たる角度が変わる度にきらめきながら色を変える。
「うわ、綺麗…!」
「異界産のキンサラアトドイレを使っているね。ここまで透明度を維持したまま加工するのは人界では相当の技術力が必要だ」
「……つまり異界じゃそこそこ普通……」
「これを取り扱っている地域ならね。どれ、これにしようか」
「え…?」
「パートナーに贈り物をするのもデートだろう?」
「えぇ…?」
言われたことを理解できずにいる内に、フェムトはさっさとレジに向かった。堕落王が普通に会計してる……と頭の片隅で感想がこぼれた気がしている中、会計を済ませて戻ってきたフェムトは先程の髪飾りの入った紙袋を少女に手渡す。
「……えっと……ありがとうございます」
「きっと君に似合うよ」
「そう……ですか」
どうにか言葉を返してから、結理は目の前にいるのは本当に堕落王フェムトなのだろうかと今更ながら疑問に思っていた。
それがただの現実逃避であることは分かっているのだが、そう思わないと自分の中にある何かが破綻して崩れ去ってしまうような気がしてしまった。
「……あ!ま、待ってくださいわたしも!」
そんな胸中を押し込めながら、結理は慌てて店内の一角に足を向けた。入った時点で目についたそれを手に取り、一度しっかりと見てから頷いてレジに向かう。
彼女が手に取ったのも髪飾りだった。シンプルなシルバーの装飾が施されているそれはどこか無機質な冷たさをまとわせながらもしっかりと己を主張している。
手早く会計を済ませた結理はすぐ様取って返すとその勢いのまま紙袋をフェムトに突き付けた。
「ちょっと取って付けた感あるかもしれないけど、お店入った時から気になってて……ちゃんと似合うだろうなあって思って選びました。プレゼント交換も普通のデートにカウントされるんで!」
「……そういうことなら、ここは素直に受け取っておこうか」
数瞬思案するような間をおいてから、フェムトは突き付けたられた紙袋を自然な動作で受け取った。
こうして、奇妙な疑似デートは何の滞りもなく終わった。途中に爆弾の雨も降らなければ過激派銀行強盗もスペーシスザグザック教のミサテロも起こらず(どこか遠くで爆発音や発砲音が響いたりギガフトマシフ伯爵が横切ったがそれはそれとして)、今日のHLは平穏そのものだった。
「そういえば、今更なんですけど……」
「ん?」
「……映画どうでした?」
「内容は単調でありきたりだったね。ただ作者が己の価値観と矜持を貫き通して作り上げたというのは伝わってきた。良作ではないが駄作でもない」
「そうですか」
「それと、君が案外僕の好みそうなものを捉えているのは分かったよ」
「……っ……」
「退屈ではあったが中々楽しかった。けれどこれは普通ではないな」
「!?」
言いながらフェムトは不意に手を伸ばして結理の頬に触れた。驚いて目を丸くする少女に、怪人と称されている男はふわりと笑みを見せる。
「君とでは大抵のことは特別になってしまうからね」
「……そ……れも、よくある台詞、ですか…?」
平静を装ったつもりだったのに、動揺で声が引っ繰り返ってしまったのが自分でも分かった。問いには答えず、堕落王は頬に触れていた手で少女の手を取った。
「フィールドワーク(デート)は終了だ。送っていこう」
宣言された時には結理は自宅アパートの前にいた。慌てて周囲を見回すが、つい今まで隣にいた姿はどこにもない。
まるで今日一日が長い長い幻だったかのような感覚に捕らわれたが、少女の手には髪飾りの入った小さな紙袋が確かにあった。
どこかで見ているのではないかともう一度周囲を見回し、気配を探って本当に誰もいないことを確認してから、深くため息をつきながらその場にしゃがみこむ。
「……質問に答えてから帰ってよ……」
零れ出た言葉は誰かに聞かれた様子もなく空気に溶けて消えた。