デートのススメ
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「映画の後は食事が普通かな?」
「そうですね」
「なら君の出した条件に従おうか。昼食の場は僕が案内するよ」
言いながらフェムトは手を差し出した。結理は目を丸くして、若干躊躇うような間を置いてからその手を取る。
人の多い大通りを歩いているのだが、誰も少女と手を繋いで歩く堕落王の存在を気にも留めない。恐らく何かしらのカムフラージュをしているのだろうと予測をしながら、結理は少しだけ気になっていたことを尋ねた。
「……あの、退屈じゃないですか?」
「退屈だね」
「即答ですか……」
「けれど人間はこの退屈もスパイスとして楽しむんだろう?よく飽きないものだよ」
「いや、多分デート中は基本的に退屈してないと思いますよ」
「やっぱり理解し難いなあ」
「じゃあ何でデートしたいなんて言い出したんですか…!」
「君と出かけたかったからさ」
「…………え……」
「とかいう少女漫画的な台詞を吐くのも定番だろう?」
「ああ本当によくお調べになってるようで…!!」
からから笑うフェムトに唸り返した結理は、心臓が跳ねたことへの密かな仕返しとして繋いだ手を少し強めに握った。
フェムトの案内で着いたのは店内の壁全体がアクアリウムになっているレストランだった。水槽沿いの席に通された二人は向かい合って座る。
「一瞬ですけど、モルツォグァッツァ連れてかれたらどうしようかと思いました」
「それも考えたけど流石にあの場が普通でないことは認識しているよ」
「その手の常識を知っててくれてよかったです」
そう返しながらメニューに目を通した結理はひゅっと音を立てて息を呑む。料理の値段は自分が想定していた倍だった。慌てて対面の相手を見るが、それに気づいたフェムトは怪訝そうに問いかけてくるだけだ。
「どうかしたかい?」
「……いえ、何でも……」
(素でこんな高級店選んだのかよ…!!)
やっぱり色々違いすぎる…と胸中で唸りながら、別の言葉を口にする。
「価値観が一緒って大事ですよね……」
「そうかい?価値観が同じだなんて何の面白味もないじゃないか!」
「人間ってのは共感を求めたがるもんですよ。あんただって実験の内容理解してもらえたら多少はテンション上がるでしょ?」
「それは価値観とは違うものさ」
「……そう、なんですか?」
「そうさ。共感と価値観の一致をいっしょくたにしてはいけないよ」
「……はあ……」
少女が曖昧に頷いた直後、巨大な異界魚が真横を通り抜けた。その姿が影を作った一瞬、結理はフェムトが表情を変えてこちらを見た気がしたが、影が消えた時には彼はメニューに視線を落としていた。気のせいだと割り切って、結理も視線を戻す。
「値段は気にしなくていいよ。出すのは僕だからね」
「だから気にしてんですよ…!」
「デートはエスコート役が金銭を出すのが普通なんだろう?」
「個人的には割勘派です。けどまあ……それは普通とは言えない、か……」
息をついてから、思わず苦笑をこぼす。
「『普通』って、案外難しいですね」
「そりゃ君は普通でないからね」
「言う程ではないと思うんだけどなあ……」
断言された結理が顔をしかめると、フェムトは可笑しそうに微笑を浮かべた。
「そもそもデートの定義とは何なんだろうね」
「ふぉう?」
フェムトがポツリとそう言葉をこぼしたのは料理が運ばれてきて少し経ってからだった。丁度パスタを口に入れた所だった結理はきょとんとした面持ちを見せながらもすぐに咀嚼して飲み込み、水を一口飲んでから呟きに答える。
「……一般論だと、男女が二人で会って出かける。じゃないですかね?今のわたし達みたく」
「君個人の見解は?」
「……男女問わず二人で会って楽しくしてればデートなんじゃないかと思ってます」
「普段の僕達みたいな?」
「わたしあんたに拉致られて楽しいと思ったこと一回もねえですからね…!!だいいちたまにアリギュラさんもいるじゃないですか」
「要するに好意を持つ者同士が逢瀬を重ねることがデートの定義ということか」
「まあ……そうですね」
「じゃあ今の僕達は?」
「疑似デートです」
「疑似デートかあ……」
少女の即答にフェムトは楽しげに笑った。
何だか今日の彼はどこかがおかしいなと、結理は思っていた。普通の研究をしているから普通のデートを体験したいという言い分そのものは分かる。出不精と行動力の塊を行ったり来たりしているような怪人なので、今回は行動力の方が強いのだろう。
けれど、今現在興味を持っているからと言って普通を享受する彼は何だか……
「っ!ごほっ!」
「店に入ってからちょっと落ち着きがないね、君」
「す、すいません……変なとこ入っちゃって…!」
(馬鹿。馬鹿!わたしの馬鹿!!今何考えた…!!)
自身の興味の為とはいえ普通を享受するフェムトが物足りない、らしくない、いつもの調子の方が彼らしくていいのに……などと考えてしまった自分を全力で誤魔化すつもりで、結理は目の前の料理の消化に取りかかった。