デートのススメ
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ヘルサレムズ・ロットの空は今日も霧に覆われていた。待ち合わせ場所の何かよく分からないオブジェの足元らしき側に立っている結理は、ぼんやりとした面持ちで空を眺めている。人々が行き交い、時折遠くの方でサイレンや爆発音が聞こえてくる中、その一角だけは切り取られたように静かだ。
一日かけて真面目にデートコースを考えたものの、正直な所まともに進むとは思っていなかった。それはこの街の日常故であり、それ以外の理由でもあった。
(そもそも、本当に来るの…?)
言われた当初から考えていたが、探求心は強いが妙に飽きっぽい所のあるのが堕落王だ。簡単に方針を変えかねない。確かに堕落王一人に絞れば今日まで騒動一つ起きることなく平穏だったが、そもそも彼は気が向いた時に気が向いたように街を実験場にするので、平時から1ヶ月以上騒動を起こさないこともザラにあった。
(まあ来なきゃ来ないで、今日は休みを満喫するだけだけど……)
「待たせたね」
「!」
考えていると至近距離で声をかけられ、結理は思わず肩を跳ねさせた。相も変わらず、悪意や害意がなければ彼等は気配なくあっさりとこちらの間合いに入ってくる。
少女の背後から顔を出したフェムトは、燕尾のように裾の長い臙脂色の詰襟に黒のスラックスと同色のブーツという装いだった。
「……その服、初めて見るやつですね」
「君はいつも通りだ」
「失敬な。コート以外はちゃんとデート仕様ですよ」
むっと眉を寄せた結理は黒のコートの裾を軽く広げてその下の服を見せる。クリーム色のチュニックに暖色のキュロットと、ブラウンのローファに下ろしたてのボーダーのニーハイソックス。それらはいつもの動きやすい暗色でまとめた服とは大分変えたつもりだったのだが、堕落王の目にはいつもと大差なく見えるらしい。
「では服装を誉めておくかい?」
「思ってないんならそうゆうのはいいです。心ないこと言う必要はないですよ」
小首を傾げて尋ねてくるフェムトに即答した結理は、内心珍しいなと思いつつも続ける。
「まあ、お世辞言うのもデートって見方はありますけど、そうゆうのを求めないデートも普通ですから。わたしの行きたい所に付き合ってくれればそれでいいです」
そう言って、数秒悩んでからフェムトに手を差し出す。色々と警戒心が働くので出来ればしたくないのだが、デートと銘打っている以上避けて通るのも不自然だ。
「……成程」
普通を研究していると言っていただけあって大まかには分かっているらしい堕落王は、結理の意図を察して伸ばされた手を取った。自分から差し出しておきながら戸惑ったように顔をしかめる少女に、フェムトは楽しげな笑みを返す。
「さて、君はどんな楽しい所へ連れて行ってくれるのかな?」
「楽しいかどうかはあんた自身の主観で決めてください。何言おうが引っ張り回すことには変わりないですから」
デートの定番は映画館である。
と、力説したのは祖母だったか母だったかは曖昧だが、そのどちらか(あるいは両方)曰く趣味が合うのなら確実に上映後に盛り上がれるし、合わなければ相手の反応を観察できるのでうってつけらしい。
実際の所堕落王に教えられるほど普通のデート経験があるわけではないが、その助言は少ない経験の中でかなり役立っていた。
堕落王フェムトは案外芸術を好む。正確にはその芸術に作者が込めた情熱や矜持を主に好んでいるのだが、それを踏まえて作品を選んだのは成功したようだ。こっそり横目で見ると、フェムトは買ったポップコーンに手もつけずじっと銀幕に注視している。仮面で隠れているので断言はできないが注視していると思いたい。
(ていうか……大人しくしてる……途中で普通に喋りだしたらどうしようと思ったけど……)
かなりの頻度で接しているが、堕落王フェムトの基準というものは未だに分からない。そう簡単に理解できたらHLを代表する厄介者だの稀代の怪人だのと呼ばれることもないのだろうが、それにしてもパターンが読めない。
彼なりの矜持はある。美的感覚やこだわりや他者への敬意も(時々とんでもなく厄介な形ではあるが)持っている。けれどやはり、理解し難いことが多くついていけないのが常だ。先読みした端から予想外の行動を取られる。
それを理解したいと思っている理由が堕落王を御したい為なのか違う理由なのか、分からないままでいたいと思う自分がいることには気付いていないふりをした。
いつの間にか、映画は終わっていた。