一歩先へ
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棚の一角が崩れたものの、それ以外の被害も特になかった雑貨屋は何事もなく営業していた。自分がぶつかって落としてしまった商品をいくつかカゴに入れてから、少女は本来の目的だった商品を手に取る。
「真面目よねーユーリっち」
「私が落としちゃったし、一応買おうかなって思ってたものだったんで……」
苦笑交じりに返しながら少女はレジに向かう。会計を済ませて商品の入った袋を受け取ろうとしていた所で、先程の救出劇を見ていたらしい店員に「さっきは凄かったですね」と声をかけられ、びくりと身じろいで袋を落としてしまった。
「す、すいません!あと……ありがとう、ございます。えへへ……」
顔を赤らめながら袋を両手で抱え、少女は足早に店を出た。きっとまた自分の希望を聞かれるだろうと次の行き先を思案しながら待ち人の姿を探すが…
「…あれ?」
周辺にK・Kの姿はなかった。緊急連絡でも入ったのだろうかと思って再度辺りを見回してから、少女は道の端に寄る。緊急の類なら自分にも何かしらの形で連絡が入るだろうし、そうでなくてもその内戻ってくるだろう。それならば、次の行き先でも考えながら待っている方がいい。
そう思って座れる場所を探そうとした少女に向かってくる気配がした。K・Kかと思って顔を上げるが、近付いてきたのは予想していた美麗の先輩ではなかった。
「ねえねえお姉さんひとりー?」
声をかけてきたのは軽いやチャラいという言葉をそのまま人の形にしたような若い男だった。男は戸惑いの表情を表に出す少女を気にした風もなく馴れ馴れしく肩を抱く。
「暇なら俺と遊ばない?」
「あの……困ります。人を待ってるので……」
「えー?いいじゃんいいじゃん!待たしてる奴なんかほっとこうよ!」
「は、離してください…!」
戸惑いながらも断りの言葉を返して肩を抱く腕を外そうとするが、男はへらへらと笑ったまま少女から離れようとしない。
「もーつれないなあ!ちょっとくらいいーじゃん。ね?」
「……いい加減に……っ…!」
こちらの話を聞く様子もなく、強く肩を抱き続ける男を振り払おうと足を踏ん張った少女だったが、その際に走った痛みに顔をしかめる。それに目ざとく気付いた男は更に強く少女の肩を抱いた。
「あれあれー?どっか痛いの?だったらなおさら落ち着けるとこ行こうよー」
「そうね。あの世とかいいんじゃない?」
「!?」
楽しげな言葉に答える声と一緒に、ごつりという固い音が男にぶつかった。自身の後頭部に触れたそれが銃口だと気付いた男が凍りついたように固まった隙を縫って、声が続ける。
「馴れ馴れしく触ってくれてるけど、うちの子に何か用かしら?」
「K・Kさん…!」
「は……あ、あ、の……道を……聞いて、まして……もう、分かった、ノデ……失礼シマス!!!」
言うが早いが男は少女を突き飛ばすように解放すると、足をもつれさせながらも脱兎の勢いで逃げ去っていった。バランスを崩した少女はそのまま尻餅をつきそうになったが、寸前で支えられる。
「いっ…!!!」
支えられてバランスをとろうと足をついたその際にまた痛みが走り、盛大に顔を引きつらせた。それに気付いたK・Kは男が逃げ去った方向と少女とを見ながら顔をしかめる。
「大丈夫……じゃなさそうね。何処やられたの?追っ払わなけりゃよかった…!」
「あ、ち、違うんです!今の人じゃなくて……」
「?」
「その……」
気まずげに目を逸らしながら、少女はおずおずと答えた。
ベンチに座らせて靴と靴下を脱いだ下は、赤黒い痣が広がっていた。清掃車両が通り過ぎた後の風が吹く中、少女は肩を落としてぽつりと呟く。
「さっき降ってきたお鍋で打ったみたいで……最初は何ともなかったんですけど……」
「折れてはなさそうね。冷やして安静にしとけば大丈夫よ」
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「折角K・Kさんが誘ってくれたのに、ご迷惑をかけてしまって……」
「……」
うつむいたまま心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする少女に、K・Kはすぐに返答することが出来なかった。どうすれば、どう言えば伝わるかを思案して、数秒ほど沈黙してからおもむろに手を伸ばし、
「……ユーリ」
「はい……っ?うみゅ…!?」
少女の両頬をつまんだ。突然のことに頬をつままれている本人は目を白黒させて顔中に困惑の色を出す。
「け、K・Kひゃん…!?」
「あのねユーリ、」
そんな少女を真っ直ぐに見つめて、K・Kは静かに口を開いた。
「一人で何でも抱え込んじゃうってのも十分わがままなのよ?」
「へ…?」
「それもよくないわがまま。だってそれって、誰もあなたのこと助けられないんだもの」
「……っ……」
少女はよく言えば謙虚だった。自身の能力を鼻にかけず、驕ることもなく日々鍛錬に励み、常に向上心を忘れない。
だがそれは、逆の意味では誰かを頼ることが非常に下手とも言えた。強く在ろうとするあまりに大きくなり過ぎた自立心を持つ少女は、他者から差し伸べられた手をどうしていいのか分からずに一歩以上退いてしまう。
「人に迷惑かけないようにって思うのは悪いことじゃない。でも誰だって一人で出来ることに限界はある。アタシだって誰かに助けて貰わなきゃ出来ないことたくさんあるわ!」
言いながら、K・Kはつまんでいた指で少女の頬を優しく撫で、戸惑いの表情で見つめている少女に笑みを返す。
「もっと誰かに頼っていいし、甘えていいのよ?ていうか、頼って欲しい」
「…………」
「……ま、いきなりは無理でしょうから、少しずつでね。さて、その足じゃ歩き回るって訳にはいかないから送ってくわ?」
小さく息をついてから、K・Kは踵を返そうとした。確か今の時間ならば生存率の高いルートを通るバスがあったはずだと思い、その方向に足を向けようとした所で不意に袖を引かれる。
振り向くと袖を引いたのは少女で、うつむき気味だがどこか必死さの見える表情をしていた。
ユーリ?」
「い……嫌です」
「え…?」
「だ、だって……せっかくK・Kさんが誘ってくれたのに……このままお開きなんて嫌です」
目線は合わない。だが言葉を紡ぐ少女の顔には必死で強い意志が見えていた。
「で、でも……その……やっぱり、足は痛いんで……歩き回れない、から……」
袖の端を握りしめている手に自然と力がこもる。まるで一世一代の告白をするかのように、少女は目を泳がせながらもK・Kに向かって真っ直ぐに顔を上げた。
「せ、せめて……この先のカフェで、ごはん……食べていきませんか?」
「……」
「だ、駄目ですよね……ごめんなさい。帰りま」
「よーし聞いたげる!」
「え…?わ、わわ…!」
数瞬の沈黙で言葉を翻そうとする少女を遮って、K・Kは少女の頭をわしわしと撫でた。肯定されると思っていなかったといった風に戸惑いの表情を浮かべる少女に笑みを返して、きっぱりと宣言する。
「だって今日はユーリのわがまま聞いてあげる日だもの!」
「……!」
返ってきた言葉に少女は驚いたように目を丸くした。それからすぐに、少しだけ恥ずかしげな様子を混ぜながらも表情を綻ばせる。
「……あ……ありがとうございます…!」
「でも、今より痛くなったらすぐ言うこと。無理しちゃダメよ?」
「はい…!」
「まずはドラッグストアかな?それをそのままはマズいし」
「あ……そうですね。確か向こうの通りにあったと思います」
「それじゃ行きましょ!」
「あ、あの……K・Kさん……」
「んー?」
「……手を……繋いでも、いいですか?」
「……もっちろん!!」
end.
2024年8月31日 再掲