霧の向こうで
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「……霧…?」
密封を終えた頃には、夕暮れの空を覆うように霧が立ち込めていた。特にこれといった兆候もなくかかり始めた霧に、一同は不可解に顔をしかめる。
「……妙な霧だ……」
「……まさか…!」
「ミスター・ラインヘルツ!!」
一つの可能性が見えた時には、霧は煙のように周囲の景色を隠していた。隣にいる者の姿も見えなくなり、『最初』と同じ現象が再び起こっている中、霧の向こうから声と一緒に何かが飛んできた。呼ばれたクラウスが咄嗟に手を伸ばして飛んできた何かを掴むと、それは少しだけ厚みのある封筒だった。
「間に合った……」
「Ms.燈…!?」
「それを貴方の側にいる『あの子』に渡して!それと…………」
その先の言葉は途切れ、聞こえることはなかった。
そして、一メートル先も見えない程だった霧が周囲の建物が見える程度に晴れた時には、そこは先程までいた戦闘で無残な姿になったアーケードではなく、見慣れた霧に覆われた街並みだった。
「……ヘルサレムズ・ロット……?」
「戻って来たのか…?」
「クラウスさーーーん!!」
呆然と周囲を見回していると、声と一緒に黒い尾を引く影が降って来た。降ってきた少女は綺麗に着地を決めると不可解そうにぱちぱちと瞬きをしながら、順番に四人を見る。
「……え……え、あれ?今みんな一分ぐらい消えてませんでした?」
「一分…?」
「こっちではそれぐらいしか経ってないってことか」
「あんだけのことがこっちじゃ一分かよ……」
「あれだけのことって何ですか?」
「何でもねえよつるぺたちんちくりん。それよかこっちはどうなった?」
「いや、だから倒したって言ったじゃないですか。つかいちいちつるぺたやらちんちくりんやらつけんのいい加減止めてくださいよ丁寧か!」
「……結理、」
「はい?」
「これを」
「?手紙…?」
「とあるご婦人から君に渡して欲しいと預かってきた。それと、約束を違えてしまってすまなかった」
「……クラウスさんと何か約束してましたっけ?」
怪訝そうに首を傾げながらも、結理はクラウスから差し出された封筒を受け取ろうと手を伸ばした。
「―――!!!」
そして封筒に触れた瞬間、驚愕に目を見開いて息を飲んだ。その表情のままクラウスを見て、思わずといった風に掠れた声を漏らす。
「……これ……何で……!」
慌てて封筒を受け取り、中に入っていた便せんを取り出す。滑らせるように二枚の手紙に目を通した結理は、読み終わると力なく腕を下げた。
手紙を見ていた目から涙がこぼれ落ちたのは、それから数秒もしない内だった。
しわが寄るほど手紙を強く握り、歪めた表情を隠すように片手で顔を覆った結理は、視線が集まるのにも構わずに咽び泣く。
途方に暮れた迷子のように泣き続ける少女に、誰も声をかけることはできなかった。
次の日から丸一日、結理は誰の前にも姿を見せることはなかった。
レオは何となく、そのまま結理がいなくなってしまうのではないかと予感したが、更に次の日には少女は何事もなく出勤して、いつものように騒動が起きれば真っ先に飛び出して行き、いつものように書類仕事をしては古文書を提出するザップにくってかかっていた。
「……結局何だったんでしょうね、あれ……」
上司二人と自分しかいない執務室の中で、レオはぽつりと呟いた。まるで白昼夢のような出来事は、渡された手紙の存在がなければ本当にそれで片付けられてしまいそうなひと時だった。
あの日、四人が過去の時間の異世界へ飛ばされたことは、結理には明言はしなかった。少女も何かを尋ねることはなく、ヘルサレムズ・ロットの、ライブラの日常はいつもと変わらずに流れ続けている。
「僕等が何であの世界に飛ばされたのか、全然訳分かんないまんまですよね」
「答えの分からない現象なんて、HL(この街)に限らず世界ではいくらでもある。あれもその一つだったに過ぎないんだろう」
「偶然僕等がそれに巻き込まれて、偶然滅ぶ前のユーリの故郷に飛ばされた、ってことすか……」
「……まあ、釈然とはしないよな」
眉を寄せてうつむくレオに、スティーブンが苦笑交じりに言葉を返す。
釈然としない。というのは、あの現象に巻き込まれた四人ともが多少以上は感じていることだ。少女の過去の一端をただ見せられただけで、訳も分からない内に戻された。
ただの偶然で片付けてしまうには、余りにも関わり過ぎてしまった。
「……だが、我々があの場所へ迷い込んだことで、変わったことはあるのだろう。少なくとも、結理にとっては」
「お嬢さんにとっては……か。そういや、あの手紙には何が書いてあったんだろうなあ…?」
何ともなしにこぼれ出た疑問は、不明瞭なまま空中に浮いて消えた。
それからも、日々は変わりなく流れていた。日替わりで騒動が起こり、週替わりで世界崩壊の危機が訪れ、その合間に穏やかな時間が流れる、変わらない日々。
「……ぃよし。クラウスさーん!こっちの鉢増し終わりましたー!」
「ありがとう。では休憩にしよう」
「はーい!」
そんな束の間の平穏を、クラウスと結理は事務所の温室で過ごしていた。鉢を置いた結理は脱いでいたサマーコートを羽織ると、クラウスに駆け寄る。
「……クラウスさん、少しお話しましょう」
それからクラウスに笑いかける。温室の手入れの合間にはいつでも雑談をしているのに、今日に限ってわざわざ進言する少女を怪訝に思っている間に、結理は言葉を続ける。
「ちょっと遅くなっちゃったけど『約束』、これで違えなかったことになりますよ?」
「…………!」
「マムも人が悪いですよねぇ。未来の情報なんて知らない方がいいって、人の記憶にロックかけるんですもん」
そう語る少女の笑顔は少し照れくさそうで、どこか悪戯っぽい表情があった。
「……聞きたい事、いっぱいあったんです」
end.
2024年8月31日 再掲