霧の向こうで
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その邂逅には何の前触れもなかった。
何か手掛かりを見つけられるかもしれないと、最初にレオ達が現れたアーケードを観察してみようという話になり、ザップ、レオ、聡二の三人は商店街からの帰り道に訪れた。最初に見た時には夜だったのと即座に戦闘になってしまったのとで気付かなかったが、アーケードは閉鎖されていて廃墟同然となっている。聡二の話によると、再開発の計画が頓挫してそのままになっているらしい。
『神々の義眼』で観察しても特に変わった所はなく、収穫がないことを嘆きながらも帰路に着こうとした所で、突然何匹もの蝙蝠のような形をした『何か』が現れ、人を模したような飾りのついた扉を作り出した。
その扉……血脈門には嫌になる程見覚えのあったザップとレオが身構えた時には『それ』が……
男の姿をした血界の眷属が現れ、暴力的に破壊を撒き散らしていた。
「あり得ないだろ!!」
叫びながら聡二は、恐ろしい勢いで伸びてきた鋭い触手刀を飛び退いてかわした。次々と繰り出される攻撃を避け、時には手に纏った刃爪で払い落し、拗ねたような顔で抗議の声を上げる。
「心臓ぶち抜いても死なないどころか普通に再生する吸血鬼って何!!?最早吸血鬼のカテゴリーじゃないんだけど!!」
「それが血界の眷属なんすよ!!」
触手刀を血刃で払いのけるザップに庇われながら、レオはメモを片手に聡二に言い返した。
この世界に迷い込んでから、彼等が持っていた電子機器の一切は何故か機能しなくなっていて、聡二が携帯電話を持っていなかったら、連絡を取ることすらできなかった。当然、諱名を打ち込むアプリも起動できない為、仕方なしに以前のように諱名を読み取りながら紙に書くという作業を行っている。
「とにかく!クラウスさんが来なきゃあいつは密封できません!」
「それまで時間稼ぎしろってことか…!チョー不服!!」
「ええっ!?」
「世界が違かろうが同族殺せねえ『同族殺し』とかありえねえし!つかあれじゃねえの?とりあえずペースト状になるまですり潰しゃ流石に死ぬんじゃないの?」
「だから!それやっても結局再生すんだよ!俺等が帰ってから復活したらめんどくせえことこの上ねえぞ!」
「あー……そりゃ兄貴にしこたま怒られる案件だ」
言葉に出した時とは別の意味で不服そうに顔をしかめた聡二は、伸びてきた触手刀を赤い刃爪で斬り裂いた。
だが相手は斬り裂かれた端から目に見える速度で再生し、何でもないように攻撃を続ける。
「よりによって長老級かよ…!」
「エルダーってことは……上から数えた方が早い?」
「一番上っす…!」
「わーお……君等こんなんと日常的に戦ってんの?」
「雑談しながらなんて余裕じゃないか!!」
軽口を叩く聡二に向かって、血界の眷属がどこか楽しげな様子で攻撃を殺到させた。自身に向かってくる殺気を聡二が睨みつけると、触手刀のいくつかが何かに払われたように軌道を逸らされる。ほんの一瞬緩んだ攻撃に向かって、聡二は腕を振るった。
「『血術』……『壁―ウォール―』」
放たれた赤は触手刀を全て受け止め、巻き込むように本体に向かっていく。相手は驚いた様子で避けようとするが、聡二が放った壁が相手を包む方が早い。あっという間にドーム状の赤い壁に囲まれて、血界の眷属の姿は見えなくなった。
「……ま、これでしばらく持つっしょ……っ!?」
ふうと一息ついた聡二だったが、その予測は文字通りに砕かれた。
赤い壁を難なく砕いたいくつもの異形の棘が聡二を貫く。串刺しにされた状態から倒れる事も出来ず、聡二は驚愕の表情でごふりと血を吐いた。
「う、そ……」
「ソウジさん!!」
「余裕じゃなくて、ただの油断か」
砕いた壁を踏み越えた血界の眷属が、呆れたように笑いながら異形化させた腕を振るうと、その先にいる聡二は放り投げられたように閉じたシャッターに激突した。ザップは焦りを滲ませた表情で焔丸を構え、レオは敵に気取られないように慎重に距離を置く。
「なあ、お前はどうやら『牙狩り』みたいだが、ここは何だ?今の奴は同族みたいだが何かが違う。ここはどこなんだ?教えてくれたら悪いようにはしないぞ?」
「教えたら大人しく尻尾巻いてお帰りいただけるってか?」
「ははは!違う違う」
ザップの悪態に噴き出すように笑いだした血界の眷属は、笑ったまま予備動作なく触手刀を伸ばした。数本は刀身でいなせたが、残りはザップに、そして距離を取ろうとしていたレオに向かって突き進む。
「苦しまずに殺してやるって意味だよ」
切り裂かれるとどちらも確信した瞬間、触手刀が見えない壁に阻まれたかのようにザップとレオの眼前で弾かれた。
「……え?」
「ん?」
それは攻撃を放った血界の眷属も予想外だったようで、怪訝そうに目を瞠る。
その直後、血界の眷属は怪訝そうな表情のまま真横からの衝撃に吹っ飛ばされた。
「……余所見してんじゃねえよ『同族(フリークス)』」
唸るように言い放ったのは、しっかりとその場に立つ聡二だった。貫かれたはずの個所は既に何事もなかったかのように塞がっていて、服とコートに痕跡が残っているくらいだ。吹っ飛ばした相手を獣のように瞳孔が縦に細長くなっている瞳で睨みつけながら、聡二はコートのポケットからビー玉大の鮮血色の石を出すと口に放り込んで噛み砕いた。
「『同族殺し』一之瀬家を敵に回して、いつまでも余裕ぶっこいてられると思うな?」
牙をむいて笑いながら告げた直後には、よろけながらも起き上がった血界の眷属にいくつもの鞭状の赤い刃が殺到していた。血界の眷属も触手刀で応戦するが、さばき切れずに切り落とされて再生する端から更に切り裂かれていく。赤い刃を維持しながら聡二は地を蹴り、相手との距離を詰める。
「『血術』……『爪』!!」
赤い刃爪を纏った両手は相手の首を的確に狙う。接近されて焦りの表情を浮かべていた血界の眷属は、不意ににやりと笑みをこぼした。怪訝に思うよりも早く、男の腹辺りから着き出した棘のような刃が聡二の胸元を貫いた。
「……仕留めた」
「!?」
「って思った?」
だが、手応えを感じたはずの攻撃は何もない空間を貫いていて、楽しげな声は背後から聞こえていた。
「残念。甘えよ」
血界の眷属が慌てて振り向いた時には、聡二は地面に手をついて術を放っていた。
「『血術―ブラッド・クラフト―』……『血の乱舞―レッド・エクセキュート―』!!」
放たれた巨大な赤い棘は、血界の眷属を四方から串刺しにした。驚愕の表情のまま脱力した敵の横を抜けながら、聡二は痛みを堪えるように顔をしかめた。
「……い……ってー……串刺しとか久しぶりにくらったわー……」
表面上は何事もなくなっている腹をさすりながらぼやいていると、赤い棘で拘束した血界の眷属の身体がびくりと動いた。完全に背を向けている聡二に棘を砕きながら接近して攻撃しようとするが、それは彼の真横を通り過ぎた赤い殺気によって阻まれる。
「……ナーイスザップっち」
「詰めの甘えとこがよく似てやがんぜ…!」
「え、誰に?」
怪訝そうな顔をしながらも、聡二は振り向いて手を掲げた。同時に赤い刃を放ったザップもジッポの蓋を開けて火をつける。
「七獄」
「『風術』」
血を導火線に血界の眷属に突き刺さった刃が爆発するように燃え上がり、直後に放たれた風が炎を煽って更に威力を上げる。
表情すら見えず、悲鳴を上げることも許されずに炎上した血界の眷属はやがて、一つの塊に収束した。
「そ~う~じ~~…!!」
「だ、だって自閉形態とか俺そんなの知らねえもん!!つか最終的に燃やしたのザップっちだし!!」
「事態が事態だったとはいえ、面倒なことになったなあ……」
詰め寄る清一とたじたじになりながらも言い返す聡二を横目に、スティーブンが肩を落とした。
血界の眷属が出現したという連絡を受けて駆け付けてみれば、敵は以前見たことのある卵のような形をした最終自閉形態へと変化していて、ついでに周囲はいくつかの瓦礫の山が出来あがっている。人気のない閉鎖されたアーケードで戦闘を繰り広げていたので、無関係の者が巻き込まれなかったのが唯一の幸いだろう。
「まあ、諱名は事前に少年が読み取ってくれたからいいとして……ザップ、この間みたくちゃっちゃと無力化しろ」
「ええぇっ!!?無理っすよ!あんなんそう何度もできてたまるかっつの!」
「この状況を作ったのは誰だ?」
「あいつっす」
「いやザップっち同罪!!」
「油断しくさったこいつに非があるんで遠慮なく償わせて下さい」
「ええええボクだけ!!?」
さらりと罪を押し付けられた聡二は遠慮なく叫ぶが、清一に睨まれると気まずげに視線を逸らした。それから真胎蛋と姿を変えた血界の眷属を一瞥して、面々に視線を戻す。
「つか……無力化って何したらいいわけ?」
「あの目ん玉全部同時に射抜け。奴に感づかれる前にな。そうすりゃ攻撃できなくなって封印できっから」
「…………えー……これ兄貴の分野じゃね?」
「見返りは?」
「……………………ファーマーズの特選ジャージー牛乳」
「ついでに来週の買い出し当番」
「……分かった」
聡二が頷いたのを確認してから、清一は真胎蛋に向き直った。間合いの大幅に外からぐるりと一周して目の位置を確認し、側に落ちていた石ころを何度か放り投げて攻撃の範囲を見てから、具合を確かめるように二、三度両拳を開閉しながら数歩距離を詰める。
次の瞬間には真胎蛋の目の全てに赤い棘のような針が突き刺さっていた。瞬きの間に起こった早業に聡二が口笛を吹く。
「さっすがー」
「あれがユーリのおじいさん……」
「それも戦闘狂じゃねえ方のな」
表情を引きつらせて思わずといった風に呟いたレオに、似たような表情をしているザップがそう返した。