霧の向こうで
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ザップとレオがそんなやり取りをしていた頃、クラウスとスティーブンは燈と清一、そして彼の妻である魔術師、一之瀬要と共に過去でこの世界で観測されたた次元との繋がった現象をまとめた資料を閲覧していた。
「霧に覆われたと思ったらこの世界に来てた、か……」
二人の異次元の存在から証言を聞いた要は、難しげに眉を寄せた。伸びた背筋と好奇心が見え隠れしているはつらつとした表情は、老年に差し掛かっていることを感じさせない力強さがあった。
「そういうのは今までにない証言ね……て言っても、今まで次元を超えてきたのは言葉の通じない人外や話の通じない堅物ばっかりだったし……」
「前例のない事象、ということですか」
「こうして証言を得られてる時点でね。それにしても……まともに会話のできる異世界の人間……すごく、興味深いわ……」
「要さん、この人達立派な客人だからね。あんまりぶっ込もうとしないでね?」
「分かってる」
清一が苦笑交じりに釘をさすと、要はやや不服気に「これでも元調停部よ?」と返してから燈へ視線を向ける。
「燈様は今回の件はどう観測したんですか?」
「いつも通りよ。あのアーケードで次元の歪みを観測したから現場に行ってみたら、せっちゃんとそうちゃんが彼等と話してたの。今までの観測とそう大きな差はなかったわ。せっちゃんは?」
「僕達は『愚王』の血統との交戦中に彼等と鉢合わせただけだから、どうやって来たのはか全然……つか客人の前でせっちゃんはやめてくんないかな…!?」
「もう少し過去の事例と照らし合わせてみる必要があるかもしれないわね……要ちゃん、離れの書斎にもう少し資料があるから、そっちも見て頂戴。あー……ミスター・スターフェイズ?彼女を手伝ってもらいたいんだけど、いいかしら?結構量あって重たいのよ」
「構いませんよ」
「私も手伝います」
「とても頼りがいのある申し出だけど、ミスター・ラインヘルツは残ってくれる?もう少し話を聞かせて欲しいの」
「じゃあ僕が」
「せっちゃんも居残り組」
「……分かった」
「愛する奥さんと離れ離れは寂しい?」
「!?いきなり何言い出すんだよマム!」
「最近忙しくて会えなかったもんねえ……でもいつもより近いから大丈夫!清一君ならひとっ飛びよ!こんなおばあちゃんでよければ、終わったらデートしましょ?」
「いや、おばあちゃんでも要さんは要さんだから……じゃなくてっ!ほ、ほら早く行ってきなって。スティーブンさん待ってるよ!」
顔を紅潮させる清一に少し恥ずかしげに笑みを返してから、要はスティーブンと一緒に書斎の扉を潜った。
扉が閉まってから少しして、燈がにんまりとした笑みを清一に向ける。
「うふふ~相変わらずラブラブね」
「止めてよマム……客人の前だよ…?」
「ミスター・ラインヘルツもそう思うでしょ?」
「ええ。互いを尊敬し、大切にし合っているとても仲の良い夫婦のようだ」
「クラウスさんまで…!」
二人から微笑ましげな視線を向けられた清一は、いたたまれなくなったように頭を抱えてうつむいた。それからすぐに顔を上げ、手近にあったファイルを軽く叩く。
「あーもーほら!検証続けますよ?」
「その前に一ついいかしら?ミスター・ラインヘルツ」
「?はい」
「貴方は……いえ、貴方達は何を隠しているの?」
問いかける燈は、柔らかな笑みを浮かべていた。
けれど室内の空気に先程までの和やかさはない。突然変わった空気にクラウスは僅かに表情を強張らせ、清一は訝しげに眉を寄せる。
「……マム?」
「私達を害するつもりはない。それは分かるわ。けれど話を聞く限り、私達(この世界の吸血鬼)より遥かに凶悪な存在らしいブラッドブリードと対峙している『牙狩り』にしては、少し私達を受け入れ過ぎじゃないかしら?それしか術がないということを差し引いてもね」
「……ちょっと待ってよ。一体何の話を」
「清一、」
「……っ……」
「私は今、ミスター・ラインヘルツと話をしているの」
話を遮ろうとする己の眷属に静かに言い放った始祖吸血鬼の一言は、彼を黙らせるには十分過ぎる程の圧を伴っていた。いつの間にか笑みは消えていて、柘榴石のような赤い瞳は真っ直ぐにクラウスを見据えている。
「……貴方達は私達のことを知っている。少なくとも、『同族殺し』の一之瀬家のことを。そうでしょう?」
「……はい」
断定の形をしている問いかけに、クラウスははっきりと頷いた。
「我々はこの世界に迷い込む以前から、一之瀬家と『同族殺し』の存在を知っていました」
「それはどういった形で?」
「貴女方の一族の者が、我々の仲間にいるからです」
「私の血族が…?」
「でも、どうして?」
「『彼女』は……家族と故郷を失い、異次元を渡り歩いていた所へ、我々の世界へとやってきました」
「……家族と故郷を失った…?それって……」
「この世界は近い将来に滅ぶということね」
「!?」
「……詳細は我々も、何より彼女自身も把握していませんが、そのように聞いています」
「そう……」
燈が息をつくように呟いたきり、室内に沈黙が落ちた。クラウスは硬い表情で燈を見つめ、清一は僅かに顔を青ざめさせて今された話を胸中で噛み砕くように視線を下げる。
「……ミスター・ラインヘルツ、」
やがて、小さく一息ついた燈が沈黙を破った。
「私達の世界での解釈の一つなんだけど、世界というのはいくつもの選択肢から分岐していくとされているわ。例えば、貴方達がこの世界にやってこなかった分岐。私が吸血鬼の始祖とならなかった分岐。清一(この子)達が私の眷属とならなかった分岐。貴方が……その『力』を得なかった分岐。私の言いたいことは分かるかしら?」
「……今いるこの世界は、崩壊を回避できる可能性がある。ということでしょうか?」
「そして、貴方の側にいる『あの子』は家族も故郷も喪ったままということ」
「…!?」
「一度選ばれてしまった分岐は変えることはできない。回避は別の分岐へと移るだけで、分岐を根本的に変えたことにはならないの。根本から分岐を変える行為は、人外の術を以てしても届かない程の莫大な力が必要であり、触れてはならない『理』に触れ、背く行為でもあるから。けれど、失うばかりではないでしょう?」
真っ直ぐに、燈はクラウスを見据えた。柘榴色の瞳に温度はない。だが、淡々と分岐を語っていた時とは違い、問いかけにはほんの僅かな圧があった。
「貴方の側にいる『あの子』は、今不幸なのかしら?」
「……彼女の心情の全てを推し量ることはできません。時に立ち止まり、俯き、暗闇に囚われてしまう事もあります」
答えるクラウスも、視線を逸らすことなく真っ直ぐに燈を見据える。
「しかし、それでも彼女は光に向かって進もうとし、日々を笑顔で過ごしています。その姿に偽りはありません」
「……その言葉が聞けただけで十分よ」
返答を聞いた燈は力を抜くように笑みをこぼした。
「……っ!あ、すみません…!」
張りつめていたような空気は鳴り響いた着信音に破られた。持ち主である清一が慌てて謝りながら電話を取り出し、ディスプレイに目を通してすぐに出る。
「もしもし……あれ?レオナルド君?……待った、クラウスさんに代わる」
怪訝そうに目を丸くした清一の表情が、一気に引き締められた。立ち上がりながらクラウスに電話を差し出し、表情同様に強張った声で告げる。
「レオナルド君です。恐らく緊急事態でしょう」
清一の口から出た言葉に、室内が緊張で凍てついた。
「ブラッドブリードが出たと言っています」