霧の向こうで
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「……タチの悪い幻覚か夢じゃねえのかよ…!!」
「俺も同じこと思いましたよ…!」
起き上がって周囲を見回すなりがっくりと肩を落として呻くザップに、レオは同情のような視線を送った。
夢か何かならばと淡い期待を抱いていたが、寝て起きても残念なことに全ては現実で、異次元の吸血鬼の屋敷に世話になっているという現状に変わりはない。カーテン越しに差し込む日差しは、霧に覆われた異界都市ではあり得ない強さだ。
最後の確認のようにカーテンの隙間から外を見るが、やはり知らない景色が広がっていた。「青空とか久しぶりに見たぜ……」とぼやきながら項垂れるようにため息をついてから、ザップはレオに問いを投げる。
「旦那と番頭は?」
「さっき執事さんぽい人に呼ばれてどっか行きましたよ。何か、ユーリのお祖母さんにあたる人が空間とか次元とかの研究してる魔術師らしくて、その人が来たそうです」
「……何気にあいつの家族って能力者揃いだよな。それで何であんなバーサーカーなんだよ…?」
「いやー、あれはさっぱりっすよねー……」
そんな会話をしていると、部屋の中にノック音が響いた。レオが返事をすると、扉が開いて聡二が顔を覗かせた。
「レオっちーザップっちーおっはよー!」
「あ、ソウジさんおはようございます。って、もう昼過ぎてますけど……どうしたんすか?」
「散歩のお誘いに来たよー」
「「散歩?」」
「次元移動の云々は君等専門外でしょ?まあ、話聞く限りクラウスさんとスティーブンさんもそんなに明るくなさそうだけど……どうせ暇になるだろうしボクらん家の近所でも見て回んない?」
「え……いいんすか?」
「だって、客人なんだから外出たっていいっしょ。」
そう言って、聡二はにかっと笑ってみせた。
どこかうきうきとした様子の聡二に連れられて、屋敷から十数分程歩いた場所にある商店街にやって来たレオは、呆然とその場に立ち尽くしていた。
昼下がりの商店街は活気があり、楽しげに雑談を交わしながら買い物をしている住人達で賑わっている。レオが見ている『光景』に気付いていないらしいザップが、物珍しげに周囲を見回した。
「ほー……これがジャパニーズ商店街かー」
「この辺は地域じゃ一番賑わってるとこだよ。昔ながらの商店街って、そこそこ有名なんだ」
「……?どーしたレオ?ビビる程の人ごみじゃねえだろ。普通の人間しかいねえし」
「……そう見えますか」
「?」
「僕には全然違うもんが見えてます……」
「は?」
呆然としたまま呟くレオの『眼』に映っている商店街の住人達は、半分近くが人間ではなかった。
首から上が獣や爬虫類の顔をしている者。肌が通常の人間ではあり得ない色をしている者。そもそも人間の形状をしていない者など、多少毛色が違うものの異界都市で普段から見ているような光景が商店街のあちらこちらに見られた。
「へーすげえ…!レオっちの目には見えるんだ…!」
レオの言葉と態度で彼が見ているものに気付いた聡二が、感嘆の声を上げてから苦笑交じりに耳打ちした。
「けど気付いてないふりしてくれる?人間の中にはここの連中が人外だって知らない人もいるからさ。悪さしたりしない、普通に暮らしたい奴らばかりなんだ」
聡二の言葉に、レオは無言でしっかりと頷いた。その反応に笑みをこぼした聡二は、促すようにレオの背中を軽く押す。
「さーさー行こう!この先にボクの行きつけの店があるんだ!」
楽しげにそう言った聡二が細い路地をいくつか曲がって抜けた先には、外にいくつもの鉢植えが置かれていて、看板には『Green&Cafe』と書かれている店があった。その看板の通り、店内の一角に様々な種類の鉢植えが置かれていて、喫茶店と園芸店を兼業しているようだ。
「こんちわーっす!」
「お?聡二じゃねえか!」
「引きこもりが昼間から来るなんて珍しいな!」
「夜はちゃんと出かけてますー!昼夜逆転してるだけですー!」
「はは!そこだけ聞くとニートだな!」
「失敬な……兄貴程じゃないけど仕事してるっての!」
「おぉう……ここは魑魅魍魎の溜まり場かよ…!」
「そういう店みたいっすね…!」
顔を引きつらせながら呻いたザップに、レオも同意のような頷きを返した。
聡二の顔を見て言葉を投げた客達は、大半が人類の姿をしていなかった。主に人外が客層の店のようで、姿は人類でも『神々の義眼』を通して見るとオーラが異なっている者もちらほら見受けられた。
「所で、その二人は?」
「昨夜から家に来てるお客さん。ちょっと時間空いたから散歩に付き合ってもらってんの。ああ、ちなみに人間だけどハンター並みに強いから喧嘩売っちゃダメだよ?」
「ははっ!そりゃこええや!」
「あ!ハンターで思い出したけど聞いてくれよ聡二!!」
「えー何ー?正式な依頼なら『組織』かせめて和沙っち通してよねー?」
「あいつまだ現役張ってんのかよ!もうジジイだろ!?」
「おーい客人の兄ちゃん達!うちの特製ハーブティー飲むかい?」
「って!二人とも人間だって言ってんだろ!普通のコーヒーでいいから!あーレオっち、ザップっち、あっちの席座ってて。ボクちょっとこいつらと話すことあるからさ」
窓際の席を指さしてから、聡二は泣きついてきた人外の一人に向き直った。ザップとレオが言われた席に着いて、何ともなしに店内を見回していると首から上が茶碗のような形をしている人外が、湯気の立つカップを三つ置いて「ごゆっくり」と笑いかけた。
それに曖昧に返してから、人外達の中心にいる聡二を見やる。自分達が知る少女の大伯父にあたる吸血鬼は、明るい表情を見せながらも熱心な様子で相談に耳を傾けていた。
「……人気モンなこった……」
「僕等のとこじゃ考えらんないっすよね……血界の眷属が色んな人に慕われてるって」
「次元が違うだけでこうも違うもんか……世界は何でも起こるが目の前に実現してんな」
「でも何か…ちょっとだけヘルサレムズ・ロットに似てますよね。人がいて人じゃないのもいて、一緒に普通に暮らしてる感じが。だからユーリもHLにいるのが楽しいんですかね…?」
目の前にある光景を微笑ましげに見ていたレオの表情が、不意に曇った。その表情の変化を視界の端で捉えていたザップだが、少年の方は向かずに頬杖をついて談笑の光景を眺め続けている。
「ここが……あと何年かしたら全部なくなるなんて、信じらんないっすね……」
「…………」
「……何とか、できないんすかね?」
「いきなり飛ばされて右往左往してるだけの俺らがか?」
「…………」
「間違えんなレオ。俺らは本来ならここにはいねえし、ひと次元レベルの事象を変えるなんざカミサマだってお手上げな案件だ。人一人の過去変えんのだって大袈裟な騒ぎになったのを忘れちゃいねえだろ?」
「……っ……」
「できることは……ねえよ」
視線を合わせず切り捨てるように、どこか自分に言い聞かせるように告げられたザップの言葉に、レオは何も返せずに黙っていることしかできなかった。
次元が一つ滅ぶという力が、想像もできない程途方もないものであることは分かっている。人の形をした『現象』を止める事すら死力を尽くさなければならない自分達が、ましてや過去の時間という場所に飛ばされている自分達がおいそれと手を出せることではないことも。
「……ならせめて、知りたいですよね」
少しだけ長く流れた沈黙を、レオが破った。横目で一瞥するザップに笑いかけてから、レオは再び談笑の輪を見やった。
「ユーリがどんな風に、どんな人達に囲まれて暮らしてたのか。ちょっとぐらいは見たいと思いませんか?」
「……そーだな」
息をついたザップはレオと同じ方向を見る。
その表情は少しだけ綻んでいた。
「どうやってあのちんちくりんがバーサーカーになったかは気になんな」
「原因が分かったら少しは治せるかもしれませんし」
「そりゃ無理だ。あれは死んでも治んねえよ」
「ザップさんの女癖の悪さと一緒っすね」
「おーし突発的に生意気ぶっ込んで来た口に特製ハーブティーとやらをぶっ込んでみっかー」
「!!?ちょ…!!やめ……ああっつーーーっ!!!」