霧の向こうで
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
青年が推察した通りに、建物の中には隙を窺っていた吸血鬼が三体潜んでいた。
彼等はクラウス達に狙いを定めて襲いかかって来たが、呆気なく返り討ちにあい戦闘はさほど長引かずに終わった。アーケードには再び静寂が戻り、冷たい風が地面に山を作っていた灰を吹き散らす。
それぞれが戦闘態勢を解いて息をついていると、場に残っていた双子の吸血鬼が駆け寄って来た。
「なんだよ!お兄さん達吸血鬼ハンターだったんじゃん!」
歓声を上げたのは先程聡と呼ばれていた青年で、好奇心旺盛な子供のようにきらきらと目を輝かせている。
「すっげーかっこよかった!特にミスター強面!あんな力強い技なのにすげえ構成が繊細でびっくりしたよ!ああでもそっちのミスタースカーフェイスの氷の技も綺麗だったし、ミスター銀髪の火の技も超カッコよかったんだけど!!あんた達みたいな吸血鬼ハンター初めて見たよ!どんな原理の技なの?ボクらの血創術とちょっと似てるよね?」
「聡、色々失礼だろ」
「あいた!」
遠慮なく感想と質問を飛ばす青年の頭をはたいてから首根っこを捕まえて下がらせて、もう一人の青年はクラウス達に向き直ると深々と頭を下げた。
「協力頂いてありがとうございました。僕は『同族殺し』の血統の一之瀬清一と言います」
「同じく、弟の一之瀬聡二っす!」
「皆さんかなりの実力の吸血鬼ハンターのようですが、どちらの所属なんでしょうか?」
清一と名乗った方の青年に問いかけられ、沈黙が流れた。流れをぶつ切りにするような沈黙に、二人の青年は怪訝そうに眉を寄せる。
「……信じ難い話だとは思いますが……」
そう言って最初に沈黙を破ったのはクラウスだった。
「我々は別の次元から何らかの現象に巻き込まれて、この世界へと迷い込んでしまったようなのです」
「「………………」」
クラウスがはっきりと告げた言葉を聞いて、スティーブンは「ど直球過ぎるだろ……」と頭を抱え、ザップは「一切誤魔化しなしかよ…!」と息をつき、レオは何も言えずにあんぐりと口を開け、二人の青年は驚いたように目を丸くした。
痛い程の沈黙が数秒程流れ、恐らく真っ向から否定されるだろうと思ったが、清一と聡二の反応はその予想を裏切った。柘榴石の様な赤い瞳に、ゆっくりとではあるが理解の色が浮かぶ。
「……あー……成程」
「ハンターにしちゃ強過ぎんなあって思ったけど……そっか、異世界の人……」
「……随分と簡単に受け入れてくれているようですね?」
「この世界だと度々あるんです。異次元と繋がってしまう現象のようなものが。僕も何度か観測したことがありますけど……初見で会話の通じる人に遭遇したのは初めてですね」
「つか、世界単位の迷子って大変じゃん!」
大袈裟なぐらい驚いた表情を見せてから、聡二は清一の方に振り向いた。
「なあ兄貴、この人達元いた場所に帰してあげられねえの?」
「いや、いきなりは無理だよ。次元移動なんてまだまだ研究と観測の段階から進んでないし、だいいち原因も何も全然はっきりしてないし」
「じゃあさ!帰れるようになるまでボクらんちにいてもらうってのは?」
「ちょっと落ち着けって聡二。お前何で異世界関連になると無駄にやる気出すんだよ?」
「!…それは……その……あれだよ!困ってる人はほっとけないだけ!」
「……前から気になってたんだけど、本当にそれだけなのか?」
「俺は兄ちゃんに隠しごとはしないよ!」
「お前よくそんなさらっと嘘つくな…!この間俺がとっといた限定牛乳勝手に飲んどいて五郎に濡れ衣着せたばっかじゃないかよ…!」
「……どうする?クラウス」
若干方向の違うことで揉めだした一之瀬兄弟を見つつ、スティーブンはクラウスにこっそり尋ねた。色々な理由から彼等が敵になる可能性は極めて低いことは分かっているが、まだ不明瞭な点が多過ぎる為に躊躇いもある。
だが、選択肢がほとんどないことも同時に分かっていた。同じことを考えていただろうクラウスも、慎重な面持ちで頷く。
「ここは彼等に協力を仰ぐべきだ」
「だよな…あー、Mr.一之瀬?」
「「?」」
「お見受けした所、お二人は吸血鬼ですよね?我々は貴方方の世界で言う吸血鬼ハンターという立場になりますが、そんな輩でも元の世界に戻る為の協力をしてくれるので?」
「そりゃ勿論だよ!」
問いかけに即答したのは聡二だった。何か言いたげな清一を遮るように一歩前に出て、問い返す。
「逆にあんた達は嫌じゃない?」
「仔細ありません」
「そんじゃ決まりだね!」
「おい聡二!」
「んだよ兄貴?」
「お前勝手に決めんのはいいけど……いやよくないけど!家に招くんならまずマムに聞いてからにしろよ」
「話は聞いてたわー!」
『!?』
清一が顔をしかめて聡二を諌めていると、軽快な高い声が乱入した。全員が声のした方を見上げると、アーケードの屋根から誰かが飛び下りてきた。
夜でも映える赤をなびかせて危なげなく着地を決めたのは、黒髪の女性だった。
「「マム!」」
「……ぃ……!?」
赤いサマーコートを羽織った女性の姿を見たレオは、思わず息を飲んだ。
意識しなくても見えてしまう、血界の眷属特有の緋く輝く羽のようなオーラ。それは次元が違っても共通していることは身近にいる少女と、先程遭遇した吸血鬼達で証明されている。
清一と聡二がマムと呼んだ女性は、いつか『永遠の虚』の底を見通した時に見たものに近い、途方もない大きさのオーラを持っていた。
「え……何で来たの?」
「次元の歪みを観測したから来てみたの。そうしたら何だか面白いことになってるみたいじゃない」
言葉の通り楽しげに笑う女性は、視線をクラウス達へと向けた。
「異世界の吸血鬼ハンターさん、だそうね?私は一之瀬燈(ともしび)。この子達の血統の始祖吸血鬼よ」
「始祖吸血鬼……」
「この世界の吸血鬼は7種類の血統に別れているの。その血統の始祖……最初に誕生した吸血鬼の一人が私ってわけ。とりあえず立ち話もなんだから、まずは家に来なさいな。まあ……吸血鬼(敵)だらけで居心地悪いかもしれないけど、貴方達を害するような真似は始祖の矜持を以て絶対にしないと誓うわ」
「……クラウス・V・ラインヘルツです。Ms.一之瀬」
名乗りながら、クラウスは何の気負いもなく自然な動作で手を差し出した。燈と名乗った女性の吸血鬼は驚いたように数瞬目を丸くしたが、すぐに力を抜くような笑みをこぼすと握手に応じる。
「よろしく、ミスター・ラインヘルツ。できる限りの協力はさせてもらうわ?」