ある幸せの形
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温室の見学に一区切りをつけた結希は、結理の両親が来ると聞いて事務所にやって来たK.Kと顔を合わせていた。母親という共通点を持つ二人はすぐ様意気投合し、執務室で小さなお茶会を開いて互いに家族の話で花を咲かせている。
「へえ……ユーリっちでも反抗期とかあったのねぇ……」
「そりゃすごかったわよ?干渉しないでよ!とか、仕事だけしてればいいでしょ!とか、一時は毎日バトルよ。ショウちゃん……旦那は女の子相手だしちょっと困ってたけど、私はお互い遠慮なし。旦那が仲裁してその場は収めるのが定番になりかけたくらいだし、家を壊すな!って両方の両親から叱られたりもしたわね」
「やだわあ……ウチもいつかそうなるのかしら…?」
「それも成長の証よ」
困ったように頬杖をつくK.Kに、結希は嬉しげに笑みを返した。
「可愛い我が子が親元から巣立つ準備。台風だと思って構えてれば、雨風も楽しめるようになるわ。それに……家みたく術の応酬にはなんないでしょうから大丈夫よ」
「経験者はやっぱ違うわねえ……ちなみにバトルってどんな感じだったの?」
「まずはステゴロからスタートして、そこから魔術の撃ち合いと血創術の斬り合いに発展してステゴロに戻る。途中がヒートアップし過ぎたら旦那かいたら父親達が物理的に止めに入るけど、基本はそのローテーションで力尽きるまで殴り合い」
「……家は全く心配なさそうだわ」
「ていうかね……途中からお互いただ楽しくて殴り合いになっちゃってたのよ。そんな事が続く内に、ただの組み手にシフトしていって反抗期終了。組み手は続けたけどね」
「……そんな反抗期過ごしてたらユーリも武闘派一直線になるわ……」
「否定し辛いわねぇ……」
呆れた様子で顔をしかめたK.Kに苦笑を返しつつ、結希は湯気の立つティーカップに手を伸ばした。ストレートの紅茶の香りと味を堪能して、小さく息をつく。
「本当の所言うとね、結理は二十歳まで生きられないんじゃないかって、心配してたの」
「どういう意味?」
どこか陰のある笑みをこぼした結希に、K.Kは思わず目を瞠った。今していた話を聞く限りと普段の結理を見ている限りではとてもそんな話が出てくるとは思えず、隣のソファに座る結希に問いかける。
「一族の血統が血統だし、色々と不透明な部分もあるじゃない?私もある程度大きくなるまでは色々不安定だったから、結理にもそういう所が少なからず受け継がれちゃってるのよ。貧血で動けなくなるのが一番いい例ね」
「そうよねぇ……本人も気をつけてるって言ってるけど、よく倒れてるわ」
「その辺は結構指導したはずなんだけどねえ……それにあの子バーサーカーでしょ?誰に似ちゃったのかすーぐ激戦地に飛び込んで行っちゃうのよ…!中学上がった頃には、日本限定だけどもう『牙狩り』として活動してたんだけど……『戦原事件』って聞いたことあるかしら?あの時はほんと心臓止まるかと思ったんだから…!!」
「ええ!?あれユーリっちのことだったの!!?」
「そうよー!たまたまお義父さんが日本に帰ってて近くにいたから命拾いしたけど……もう一族総出でお説教よ!反抗期中だったから結局バトったんだけど、その時ばっかりは全員でねじ伏せたわ。まあ……今となってはいい思い出だけどね」
「何かいいわあそういうの……って言いたいけど、こんな業種じゃそうも言い切れないか……」
「そうね。共通の話題があるのはいいけど、やっぱ心配は尽きないわね。特に結理がライブラ入ってからなんてこっちの目が届かなかったから、怪我したって話聞く度に気が気じゃなかったもの。いつだったかしら…?ゴーレムか何かにわざと食べられてはらわたブチ破って飛び出してきた時!その話聞いた時なんて全部ぶっ飛ばしてHL(こっち)来ようかと思ったんだから!スカイポでがっつりお説教したけどね」
「あーあれは酷かったわ!シアターGの件は聞いた?」
「あー聞いた聞いた!全治一カ月のでしょ?原因が最後の最後で貧血になって逃げ切れなかったなんて……情けなさ過ぎて涙が出たわ…!家の父親は大爆笑してたけど」
話題は尽きず、女性二人の会話は更に盛り上がりを見せていた。
そして今更ではあるが、執務室内にいるのは彼女達だけではない。
「…………そうゆう話を何で本人の前でするかなあ…!?」
「可愛い思い出話じゃないか」
「わたしにとってはどれも黒歴史ですよ…!!」
ソファから離れたデスク付近でされた会話は二人の耳に届くことはなく、母親達の話題は互いの伴侶のいい所へとシフトしていっていた。
「えええ!?ユーリのパパだったの!?全然見えないよ!すっげー若いじゃん!」
「いやいや、若作りしてるのと童顔だからそう見えるだけで、結構なおじさんですよ……っ…?」
レオ達が連れてきた見慣れない青年が、常連の少女の父親だと聞いて遠慮なく驚くビビアンに、苦笑交じりに返していた翔真の表情が不意に変わった。この数時間で一番よく見せていた穏やかな笑顔でも、先程凄んでみせた時とも違う真剣な表情で、何かを探すように窓の外に視線を向けている。
「?どうしました?」
「……近いな」
呟きながらサマーコートのポケットを探った直後、数ブロック先の通りから突然土煙の様なものが立ち上った。レオ達やダイナー内にいた他の客達が多かれ少なかれ反応を見せる中、翔真は席を立ってビビアンとカウンターにいる店主へ顔を向けた。
「あー……お姉さん。店長さんも。多分これからこの街基準でも結構危ないことが起こるかもしれないから、店から出ないでください。でももしヤバそうだったら迷わず逃げて……って、新参者が言うまでもないですね。レオ君ザップ君ツェッド君、行くぞ」
「え?ちょ、ショーマさん!?」
言うなり翔真は足早にダイナーを出た。数秒取り残された三人も慌てて続く。
「待って下さいって!」
「行くってどこ行くんだよ!?」
「……あ、ごめん、肝心なこと言ってなかった」
状況が分からず慌てて呼び止めるレオとザップの問いに振り向いて、翔真は黒の指抜きのグローブをはめてばつが悪そうな様子で簡潔に返した。
「あの騒ぎの元は血界の眷属だ」
「「……はあ!!?」」
「分かるんですか…!?」
「家の一族のちょっとした特技でね。奴らの存在は見抜けるんだ。ザップ君ツェッド君、先行って足止めしてくれるかい?僕は事務所に連絡入れるから」
「って!ちょっと待てやオッサン!」
指示を出しながら携帯を取り出した翔真に、ザップが心底不満げに詰め寄る。
「新入りの分際で先輩アゴで使おうとはいい度胸してんじゃねえか!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
「あー無理ならいいよ。斗流の子だから大層できる奴だと思ってたけど、できないんじゃしょうがない。ごめんごめん」
「っ!!?誰ができねえっつったよ!!オラ行くぞ魚類!モタモタすんな!!」
あっさり言い放たれた言葉に、ザップは盛大に顔をしかめて怒声を返しながら即座に駆け出した。言葉の裏が読み取れたツェッドは感心の中に複雑そうな色を混ぜた表情で翔真を一瞥したが、事態の収拾を優先してザップの後を追う。
「……ショーマさん……」
「いいねえ。やっぱ若者はアグレッシブでないと」
出会って間もないザップの性格を把握して逆手に取った翔真に、レオも色々と言いたげな視線を投げた。その視線を受け流した翔真が笑いながら電話をかけると、相手は数コールの後に出る。
「……あ、スティーブン?血界の眷属が出た。長老級かもしれない。今斗流の二人が足止めしてくれてる。そっか……え?ちょっと待って。レオナルド君、ここの住所どこ?」
「へ?あ、ここは……」
現在地を聞いた翔真は、隠すことなく苦い顔をして再び通話に戻る。
「……スティーブンヤバい、血界の眷属二体出てる。僕等がいる場所そこじゃない」
「二体…!?」
翔真の口から出てきた言葉に、レオは顔を青ざめさせた。一体でも総がかりで当たらなければならない敵が別々の場所で二体も出現しているという事態は、相当悪い状況だ。
だが翔真は、表情こそ真剣だが焦った様子もなく一番近い現場の方を見やりながら会話を続けた。
「こっちにクラウス君寄越してくれるかな?レオナルド君がいるこっちを先に片付け方がいいだろ?そのもう一体の方には結希と結理を向かわせれば大丈夫。えー?平気だって!嫁さん僕の五倍は強いし、結理もいれば足止めならおつりがくる。腐れ縁の言葉、信じてくれないか?それじゃよろしく」
通話を終えた翔真は、携帯をポケットにしまいながら小走りで駆け出した。レオも慌ててそれに続きながらゴーグルをかけ、すぐに諱名を打ち込めるように携帯を取り出す。
「……というわけだレオナルド君。血界の眷属が別の場所で二体出てる。こっちの諱名を読み終わり次第、君を二体目の所まで連れていく」
「はい!」
流れるような説明は人を率いることに慣れている風だった。ザップを上手く誘導した時といい、『牙狩り』として前線で活動していた経験値がいかんなく発揮されているのだろう姿に、レオは今更ながら先程感じた覚えのある感覚の正体に思い当たった。
「あ……そっか……」
「ん?何?」
「いや……ユーリがスティーブンさんに懐いてる理由が、何となく分かった気がして……」
「……その話後でじっっっくり聞かせてもらえるかな…?」
(あ、ヤベエ、地雷踏んだ…!?)
一瞬にして氷点下になった声音に顔を引きつらせるが、多分翔真にとっては悪い話ではないはずだと、すぐに思い直す。
「とっとと終わらして、もっと色々話しましょう?」
「――さて結理ちゃん、私達は一体何と戦っていたのかしら?」
「……エ、エルダーのブラッドブリードです……」
「そうね。それも普通の連中と違って屍喰らいの増殖スピードが半端ない奴だったわね。そんなのを相手取ってて血晶石の残り個数読み間違えるなんて、お母さんもお父さんもお祖父ちゃん達もそんな粗忽者に育てた覚えはないはずなんだけど?」
「う…!」
「倒し切れそうだったからごり押ししようとしたんでしょ」
「ぐ…!」
「それが許されるのは父さんだけよ?血晶石切らしたら貧血でぶっ倒れちゃう子がやっていい戦法じゃないって、お母さん何十回も言ったと思ったんだけどなあ…?」
「ぅぐ…!!」
「この三年間この街で一体何を学んだのかしら?まさか騒動の度に貧血でぶっ倒れてたりしてないでしょうね?」
「……分かってて言ってるでしょ…!」
「分かってて言ってるわ」
「くぅぅ…っ!!」
「いやしかし……エルダーが一度に二体現れるなんて、ほんとに凄い街だねえ……」
腕組みをして仁王立ちしている結希に言葉を重ねられる分だけ項垂れていく結理を横目に、翔真は朗らかに笑いながら息をついた。まるで珍しい自然現象にでも出くわしたような表情で感想を述べているが、数十分前まで繰り広げられていた戦闘によってヘルサレムズ・ロットの二か所で雑居ビル群が瓦礫の山へと変貌している。
「ああ。君とミズ・結希がいなかったら被害は更に広がっていたよ。特に『移動』がスムーズにいかなかったら、下手をしたら連中が合流していた危険性だってあった。なあ少年?」
翔真に言葉を返していたスティーブンがレオに視線を向けるが、当の本人はソファの一つを陣取って、ぐったりと寝そべった状態でぶつぶつと何かをぼやいていた。
「空が……空が……ぐるぐる……ぐるぐる……」
「……そんなに怖かった?」
「あったりめえじゃねえですか!!リアルス●イダーマン&フリーフォールの連続っすよ!!?心臓止まるかと思いましたよ!!!」
「えー?変なとこ普通だなあレオナルド君って。いやでも、そんなに怖かったのによく即行で諱名読んで送ってくれたよ。偉いぞー少年よくやった!」
「…………ウス」
満足げに笑う翔真にわしわしと頭を撫でられたレオは、疲労に加えて何だか色々とどうでもよくなり、短く返事をして再び顔を伏せた。これが言いくるめるつもりの言葉ならばもう二、三言返すが、翔真が本心で称賛しているのが分かってしまったので、反論する気力も失せてしまった。
「……まあこんな具合で、予想外に早く血界の眷属戦ができたんだけど……どうかなスティーブン?」
「うん。これなら問題ないだろう。結理、」
「……はぃ……」
「君、今日から事務専任になってくれ」
「…………は?」
唐突に放り込まれた要請に、崩れ落ちそうな程項垂れたまま返事をした結理は訳が分からないと言いたげに顔を上げた。少女の表情を気にせず、スティーブンは続ける。
「前から言ってただろう?事務要員が欲しいって。それは僕も同意見でね。翔真とミズ・結希は今日の件で大きな戦力になるってことがよく分かったし、君を事務専任に回しても問題ないと判断したんだ。もちろん、どうしても人手が足りない時や血界の眷属戦の際は現場に出てもらうことになるが」
「ちょ、ちょっと待ってください!何でお母さんとお父さんが加わったぐらいでわたしが事務専任になるんですか!」
「前から思ってたんだけど、結理は現場に出るにはちょっと前のめり過ぎる所がある。能力的には元々サポート向きだし、これを期にと思ってHL(ここ)に来る前にスティーブンに相談してたんだ」
「今日の戦いを見て、やっぱり前線に出すには不安が多いっていうのが分かったしね」
「……そ、そんな……!」
自分の知らない水面下で進んでいた話に、結理は愕然と表情を歪め……