ある幸せの形
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「へえ…!君達が血闘神のお弟子さんだったのか!それで五体満足で生きてるってすごいなあ…!」
「師匠をご存じなんですか?」
「うーん……知ってるっていうか一族単位で嫌われてるっていうか……血創術の創始者と血闘神が昔から仲が悪いらしいんだ。その割に何かと縁があるんだけど……家の親父なんて顔合わせる度に挨拶代わりに滅殺されそうになってるらしいし」
「……ということは……」
「そう。親父は血界の眷属だ。『同族殺し』の一之瀬兄弟の話は聞いたことあるかい?それの片割れなんだ。」
「さらっととんでもねえこと言ったなアンタ!一之瀬兄弟っつったら伝説レベルの存在じゃねえか!それのガキなのかよ!」
「そんな言う程じゃないって!血界の眷属の癖に血が嫌いで、いつも貧血でひーひーいってる姿ばっかり見せるただの変人さ。親父が血の代わりになるって迷信信じて牛乳信者なおかげで、結理にまで変な形で受け継がれちゃったし。まあ……それは結果オーライなんだけど……」
若干以上ついていけない雑談を斗流兄弟弟子としている翔真を眺めるような形で、レオは三人の後をついて行くように歩いていた。
街を案内するように要請されて四人で外に出て、街の解説や色々注意することを聞きながら、時に今現在のように雑談も交えながら物珍しげに異界都市を見ている翔真は、十代半ばの容姿の娘を持つ父親にはとても見えない。見た目だけで言えば、どれだけ多く見積もってもクラウスと同年代といったところだろう。
そしてレオの『眼』には、容姿以外のものも映っている。
よく知る少女と同じ、緑のオーラを覆うように輝く緋いオーラと、もう一つ。
それを何ともなしに見ていると、不意に足を止めて翔真が振り返った。凝視しすぎたかと身じろいだレオに、翔真はにこりと笑いかける。
「君の『義眼』に僕の『名前』は見えてるのかい?レオナルド君」
「へぁっ!!?な!何……の話ですか?」
「そんなびっくりしなくていいよ。君どっからどう見ても戦闘向きじゃないし、事務員って風でもないから推察したんだ。物凄く目がいいからいるのかな?ってね。『あれ』の所有者がいるって話はちょろっと聞いてるし、僕らの界隈でも結構有名な代物なんだ」
「はあ……」
話していないはずのことを当てられて盛大に驚いていると、翔真は所々言葉をぼかしながら見抜いた理由を解説した。先程凄んでみせた時もそうだが、穏やかそうな物腰とは裏腹に相当鋭い面を持っているようだ。
(何か……こういう感じ身近でもあるような、ないような……)
「やはり、見抜かれているのは落ち着きませんか?」
「それも多少あるけど、大きいのはただの好奇心。自分では認識してるけど、他人から見られるなんて経験まずないからね。どんな風に映ってるのか知りたいんだ」
「……こう……周りに文字が浮かんでるみたいな感じです」
ツェッドの問いに即答した翔真に、レオは気後れしつつも正直に頷いた。『神々の義眼』は血界の眷属が隠している諱名も見通す。翔真が持つ『名』も同様に見ることが出来た。
ただし例外が一つだけあり、それは結理の『名』も持っている特徴だった。
「けど、やっぱ一部が旧き文字じゃないんすね」
「あー……そうらしいね。親父達は純粋な血界の眷属だから多分普通なんだろうけど……まあ僕の諱名はスティーブンが知ってるから、悪さは出来ないよ。するつもりもないけど」
「そういやアンタ、スティーブンさんと顔見知りっぽかったよな?」
「ああ。牙狩りの頃に作戦で何度も一緒になったし、HLが出来てからも定期的に連絡は取り合ってたんだ。結理もお世話になってるしね」
「へえ……じゃあスティーブンさんと付き合い長いんすね」
「まあね。昔は一緒になってやんちゃしてたよ。あいつ、今でこそあんなだけど……っと、止めておこう。後で叱られるのは僕だ」
「んだよ!そこまで話したんなら言えっての!」
「いやー……年下の先輩達が氷漬けになる所は見たくないなあ……」
「!!」
冗談めかして笑いながら放られた言葉に、三人が一斉に顔を引きつらせた。それを見た翔真は、堪え切れなくなったように噴き出して笑う。
「あははっ!やっぱあいつはおっかないか!」
「おっかないで済めばいいけど……なあ?」
「止めてください僕に話振らないでください」
「うぉいコラ何責任逃れしようとしてんだ陰毛チビスケ。魚類も顔逸らしてんじゃねえよ」
「君等仲いいなあ…!」
「……そう見えますか?」
「その心底嫌そうな顔で説得力が増したね」
渋い顔で尋ねるツェッドに、翔真はザップと彼にヘッドロックをかけられているレオを見やって楽しげに即答した。これ以上言葉を重ねても全て受け流されてしまう気がしたツェッドは、何とも言えない視線を返すことしかできなかった。
「……あ、そういやさっき聞きそびれちゃったんですけど、ユキさん一緒に来なくてよかったんですか?彼女もHLは初めてでしょ?」
翔真が先に打ち合わせと手続きを終えた為に四人で街へ出たが、HLに来るのが初めてで案内が必要なのは結希も同じはずだ。ふと思い出して尋ねたレオに、翔真は苦笑を返す。
「ああ。ゆーちゃん……結希は街よりも先にどうしても見たいものがあっただろうからいいんだ」
「どうしても見たいもの?」
怪訝そうに再度尋ねると、翔真は苦笑を深めた。
「まあ…!!」
その光景を見て、結希はHLを覆う霧も吹き飛ばせそうな程輝く表情で小さく歓声を上げた。それからぱたぱたと奥まで駆けて行って、興奮と好奇心に充ち溢れた目で温室内を見回す。
諸々の手続きと打ち合わせを終わらせた結希が真っ先に希望したのは、街の案内ではなくライブラ事務所にある温室の見学だった。結理から何度か聞いていたらしく、ずっと見たかったときらきらした目で進言した結希を断る理由もなかった。
「すごい…!やっぱり聞くと見るじゃ大違い…!!うそ!ハガネカスミ…!生で見られるなんて…!くうぅ…!やっぱり種持ってくればよかったわ…っ!!」
「……予想以上に喜んでもらえたようで何よりだ」
「あはは……子供っぽい母でお恥ずかしい限りです」
歓声を上げる結希を微笑ましげな様子で見ているクラウスに、隣に立つ結理が苦笑交じりに返した。自身も子供っぽい面がある自覚はあるが、母は時折それを軽く超える。今も宝物を見つけた子供のように温室内を駆け回っていて、結理がどのタイミングで止めるか計っていると、興奮に輝いた表情のまま結希が振り向いた。
「すごいわあ……本当にすごい!これクラウス君が一人で育てたの?」
「最近は結理も一緒に手入れをしてくれている。その桔梗はいつか君に見せたいと彼女が一人で育てたのだ」
「まあ…!」
「――ってな感じで、『結理ちゃんが私の為に育ててくれたなんて……お母さん感激!!』とか言って母子のスキンシップしながら見てる最中だろうねきっと」
苦笑も混じった笑みを浮かべながら、翔真は結希が事務所に残った理由とそこで起こっているだろうことを簡単に説明した。街の案内が一区切りついた四人は、今は馴染みのダイナーで休憩中だ。
「話には多少聞いていましたが、本当に結理さんのことを大切に思っているんですね」
「そりゃあ可愛い可愛い一人娘だし」
即答した翔真は注文したホットミルクに次々と角砂糖を放り込んでいきながら、苦笑交じりに息をついた。
「正直、血筋が血筋だからさ、僕ら夫婦に子供は望めないと思ってたんだ。特に結希の方はそう思ってただろうね。その反動もあってかな?客観的に見てもうっとおしい位結理のことは愛してるよ。」
「僕の一番は嫁さんだけど。」と付け加えながらも、翔真はまだ砂糖を放り込む。レオ達はいくつ入れる気だと言いたげな視線を向けているが、気付いていないはずのない翔真は慣れているのか特にリアクションはせずに話し続けた。
「もうさ、嫁そっくりな娘とか天使だよ天使。時々吸血鬼狩りだの人外狩りなんてしてても天使二人に囲まれてる最高の暮らしだったよ三年前までは。ヘルサレムズ・ロットなんてトンデモ都市が出来てその構築の時の紐育崩落に結理が巻き込まれたって聞いた時は心臓止まるかと思ったんだ…!だから一人で海外旅行なんて危ないって言ったのに…!いくら色々訳あり一族だからって異界と交わった街に娘が放り出されるとかぶっ飛び過ぎてるだろ…!!本当ならすぐにでも飛んで来たかったのに本部は僕らのHL行きは認めてくれないしスティーブンの奴はちゃっかり家の娘自分とこの戦力に加えてるしこの三年ちょっとの間どれだけ……どれだけ結理に会いたかったか…!!!」
穏やかに話していたはずなのにいつの間にか熱く語り出した翔真を、レオも斗流兄弟弟子も若干以上引き気味に見ていた。ついでに、結理が熱烈に言い寄って来る相手のあしらい方が妙に手慣れている理由も理解した。
視線に気付いた翔真は、はたと我に返った様子で咳払いをしてから大量に砂糖の入ったミルクをごく普通に一口飲んで居住まいを正す。
「まあ……うん、それだけこの街(HL)に対するイメージが良くなかったってことなんだけど……でも実際に来て、自分の目で見て少し……いや大分印象が変わったかな?」
言いながら翔真はふいと窓の外を見た。人類と異界人が当たり前のように行き交い、ごく普通に談笑したり、時にはもめ事も起こり、更にはちょっとした騒ぎも起こる。
そこにあるのは、異界都市のいつもの光景だ。
「この街は良くも悪くも自由なだけなんだ、ってね」
穏やかに、楽しげにそう言った翔真の笑顔は、やはりと言うべきかどこか結理に似ていた。