Imprisoned of 『M』
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指定された倉庫は大分霧の深まった場所にあった。出入り口に見張りの姿はなく、辺りは妙に静まり返っている。
『ちょっとスティーブン先生ー……今なら全員ヘッドショットできるわよ?ちゃっちゃと片付けちゃいましょうよー』
「待て待て待つんだK.K…!まだ結理の安否も確認できてないんだぞ?」
『ユーリっちなんだから無事に決まってんじゃない!むしろあの子が大人しくしてる内に片付けないといつ暴れ出すか分かんないでしょ?』
「……とにかくもう少し待機しててくれ。君の出番は必ず来るから!」
『……チッ……』
「えええ…そこで舌打ちかー……」
「レオナルド君、中の様子は見えるかね?」
「はい、バッチリっす。」
一気に行動に移そうとするK.Kをスティーブンがどうにか宥めている間に、レオは『神々の義眼』を駆使して倉庫内の様子を探る。
「特に罠の類はなさそうですね……人数は30人ちょっとぐらいで全員異界側です。あ、ユーリもいます!さっき見た黒い箱の中に閉じ込められてて……あー……やっぱ大人しくしてないし……何かと戦ってるみたいです」
黒い箱の様なものに閉じ込められている少女が動き回っている姿が見えたレオは、ある意味予想通りの光景に息をついた。元気に動き回っているくらいには無事という好意的解釈もできるが、交戦しているようなのでいつ限界を迎えるか分からない。
「まったくあのお嬢さんは……倒れられる前に」
「旦那もう行っちまってますよ」
「!!」
スティーブンが呆れたようにため息をついた時には、クラウスは既に出入り口に向かっていた。慌ててスティーブンは後を追い、レオ、ザップ、ツェッドも二人に続く。
倉庫内にはレオが『視た』通りに、30人程の異界存在達が待ち構えていた。談笑していた風だった異界人達は、扉の開いた音を聞いて各々武器を持って出迎える。
「……ここで我々の仲間を預かっていると伺ったのだが、合っているかね?」
「ああ合ってるぜ、ライブラの皆さんよお」
問いかけにリーダー格らしい男が前に出て答え、下卑た笑みを浮かべながら値踏みするようにクラウスを見た。
「なんだ……思ったより普通の人類じゃねえか」
「彼女はどこにいる?」
「こちらで丁重に預かってるよ」
「……何かに襲わせている状態を丁重に預かってると言うのか?」
「へえ?見えてんのか。ただ待たしとくのも退屈だろうと思って、もてなして差し上げてる真っ最中だ。まあ生きて帰れるかどうかは、アンタらの返答次第になるがな」
その言葉に集団の中から失笑が漏れる。空気が僅かに重く緊張したことに気付いた異界側の男は、笑みは浮かべたまますぐ様警告を投げつけた。
「おっと、下手なマネはするなよ?この『箱』を外から破壊すんのは不可能だし、あんたらがどうこうするよりお嬢ちゃんが切り刻まれる方が早いぜ?」
「要求は何かね?」
「ライブラに関する情報の全部を寄越しな。そうしたらメイデンは返してやるよ」
「それは了承しかねる」
「オイオイ!立ち場分かってんのか?」
一瞬の逡巡もない回答にリーダー格がげたげた笑うと、仲間達もそれにつられたように声を上げて笑いだす。その笑い声をBGMに男は続けた。
「こっちはお願いしてんじゃねえんだ。大事に囲ってるお嬢ちゃんの命がかかってるってのをよーく考えな」
自分達が優位に立っていると信じて疑っていない集団は、相手達の表情も佇まいも気にしていない。状況を楽しんでいるように、勝ち誇った笑みを崩さずにいる。
「可哀想になあ……か弱い人類のお嬢ちゃんが、出口のない真っ暗な空間に閉じ込められて、こわーい魔獣の幻に追いかけられて嬲られて、今頃助けてーって泣いてるだろうに……」
「……ぶふっ!!」
芝居がかった仕草で言い放たれた言葉の直後に、思い切り噴き出した声が響いた。異界人達は笑うのを止め、若干不機嫌そうにその声の発生源を見る。
「……笑い事じゃないっすよザップさん…!襲われてんのはマジなんですよ…!?」
「いや済まねえ…!けど無理だわ……笑うしかねえだろこれ…!!」
顔を引きつらせて咎めるレオに肩を震わせながら言い返すザップだが、笑いは収まる気配はなく逆に大きくなっていった。
「だってお前想像してみろよ?結理が助けてーって泣くんだぞ?逆に見てみてえわ!!」
「あのなあザップ……お嬢さんにだって怖いものの一つや二つあるだろ」
「あったとしてもあいつなら殴り飛ばすっしょ!」
「……否定し辛いな」
「実際殴り飛ばしてますしね……」
「だが怖い思いをしているのに変わりはない」
「そうですよ。何だかんだ言っても結理さんは普通の女の子なんですよ?」
「オイコラてめえら!!何和やかに話してんだよ!!?」
先程までの緊張が漂っていた空気が壊れ、男が持っていた剣で地面を叩く。まるで既に事態が解決してるかのように振る舞う標的達の姿が予想外で、同時に苛立ちを募らせた。
「お嬢ちゃんがどうなってもいいってのか!?」
「そんなことはあり得ない。彼女は我々の掛け替えのない仲間だ。だが一つ訂正して戴きたい」
「ああ?」
「彼女は決してか弱い人類ではない。如何なる逆境にも屈せずに立ち向かう、強い戦士だ」
「……オイ、食わしていいぞ。こいつら腕の一本でも持ってかねえと分かんねえみたいだ」
「はいよ……っ!」
告げられた言葉に、会話は通じそうにないと呆れたように息をついた男が、仲間の一人に目配せをする。合図をもらった異界側の男は返事をして笑いながら何かをしようとしたが、不意にその顔から笑みが消えた。
「?どうした?」
「……あ、僕からも訂正させて欲しいな」
「は?」
「君達は乙女(メイデン)を捕えたつもりだったろうけど、残念なことにあの子はそんな大人しいもんじゃない」
「……うっ……あ…!!」
「君達が手を出してしまったのは……」
「な……何だ?どうした!?」
「……怪物(モンスター)だ」
仲間の異変に訝しげに問いかけた男にスティーブンがどこか楽しげに言い放った直後、表情を凍てつかせていた異界人の頭上の後ろ辺りの何もないはずの空間に、突然巨大な赤い棘がいくつも生えた。その棘の生えた個所からひび割れが広がった数秒後、ガラスが砕け散るような音と共に空間が割れて、小柄な少女が飛び出してきた。少女は飛び出した勢いのまま手近にあった後頭部に両足で蹴りを叩き込み、そのまま地面を滑る。
「うわー……あれ痛えんだよなあ……」
「……スティーブン、怪物扱いは結理に失礼だ」
「ただの言葉遊びだよクラウス。Meidenに対してMonsterって返しただけで、深い意味はないさ」
その手の経験が豊富なザップが言葉通り痛そうに顔をしかめ、不服そうに苦言を呈するクラウスにスティーブンが苦笑を返している間に、自分を閉じ込めていた異界人の頭でサーフィンを決めた少女は、その頭をジャンプ台にして前へ飛んで着地をすると、勢いよく顔を上げた。
「出 ら れ た ああああああああああああっ!!!!!」
倉庫の外にまで響き渡りそうな声量で全力の叫びを轟かせてから、結理は頬を拭いながらすぐ様クラウスに向き直る。
「すいませんクラウスさん!お手数かけました!すぐ出られたらよかったんですけど中々手強くて……」
「ほんとに助けがいのねえちんちくりんだよなお前」
「いやいや!外でみんなの気配がしたから一気にブチ破れるって思えましたし、実際……」
「!」
呆れたように息をつくザップに慌てて返そうとした結理だったが、力が抜けたように膝から崩れ落ちて言葉が途切れる。地面に倒れる前にクラウスに抱き支えられ、捕らわれていた少女は疲労の濃く見えるため息をついた。
「……結構、ギリギリでした……」
呟いた結理の顔からは血の気が引いていて、コートの背中は何かの爪痕のようにいくつも引き裂かれて赤く染まっていた。
「また無茶をしましたね…!?」
「無茶ってゆうか……何か変なのが延々襲ってきて……さばききれなかった……」
「おまけにこれからって時に貧血かい?」
「中で血晶石使い切っちゃいまして……」
「まあどっちにしろ、その怪我じゃこれ以上無理をさせる訳にはいかないな」
「後は我々に任せて早く手当てを受け給え。レオ、結理を連れて安全圏まで」
「はい」
「すいません……」
「構わないよ。折角こんな所まで来たんだ、何もせずに帰るのも勿体ない」
力の入っていない声で謝る結理に返してから、スティーブンが呆然とした様子で立ち尽くしている集団の方へと視線を向けた。それで我に返ったらしいリーダー格が気を取り直すように身構えて持っていた剣を抜くと、手下達も一斉に武器を構える。
「……ガキ一匹回収したぐらいで終わったみたいな空気出してるが、状況分かってんのか?この人数相手に」
その先の言葉はリーダー格の真横を切り裂くように走った雷の弾丸に遮られた。銃を構えていた数人をまとめて貫いた弾丸の威力と精度に、集団は数秒程何が起こったか分からなかったように硬直していたが、理解すると盛大に表情を引きつらせた。
「……状況が分かってないのはそっちだろう」
静かな口調から発せられた言葉の圧が、言葉のない重く鋭い空気が、一気に室内を支配し、圧倒する。
「我々(ライブラ)を敵に回し、うちのお嬢さんに手を出した愚行を犯しておいて、平穏無事に帰れるとでも思っていたのか?」
少女を連れ去り取引の道具にしようとしていた集団はようやく気付いた。
世界の均衡を保つという名目を謳っている存在を脅し、優位に立とうとしていた愚かさに。そして捕えた少女が、決して触れてはいけない逆鱗であったことに。
「まとめて存分に後悔させてやるから……覚悟しろ」
だが、気付いた所でもう後にも引けない。逃げられない。逃げることなど許されない。数の上では有利なはずなのに、嫌でもそう思わされる殺気がびしびしと突き刺さる。
自分達は喧嘩を売る相手を……踏み込んでいい領域を間違えた。
「……ぶ……ぶっ殺せえぇぇぇっ!!」
やけくそ気味に放たれた言葉が、開戦の合図となった。
「あー……わたしも参加したかったー……」
「中でムチャクチャやったからだろ?」
「いや違うんだよレオ君……すっごい気持ち悪い虫みたいなのがつかず離れず追いかけてきて、たまに攻撃してきたの。で、しょうがないから倒したら、それがトリガーだったみたいで凶暴化して襲ってきて……終わりは見えないし本当にきっしょく悪い見た目だったしで……あんな趣味悪い幻術久しぶりに見たわ…!」
派手な破壊音と怒号と悲鳴が飛び交っている倉庫を出て、レオに背負われている結理はため息をついた。呆れたように言い返すレオに中であった出来事を話して、襲いかかって来た魔獣の姿を思い出したのか身震いする。
「うえ……夢に出てきそう……レオ君見る?『視て』みる?」
「いやーやめとく。ユーリがそんなに言う奴とかトラウマになりそうだし」
「……チッ……」
「え、今舌打ちした?」
「……いやでも…みんなに面倒かけちゃって……ごめん……」
「そりゃ、結理がさらわれたなんて聞いたら一大事だってなるよ」
「うわ!!」
「チェインさん…!」
頭の上に乗られて驚くレオにお構いなしに、現れたチェインはレオと並んで歩くように着地すると結理の頭を撫でる。
「さらわれたって絶対大人しくしてないだろうなあって思ったら、やっぱり無茶して怪我してるし」
「う……すいません……」
「みんな心配してたよ」
「…………」
さらりと告げられたチェインの言葉に、ばつが悪そうに苦笑していた結理は表情を隠すようにレオの肩に顔を埋めた。
「……えっと……ここだけの話に、して欲しいんですけど……」
それから小さく息をついて、躊躇いがちに言葉を漏らす。
「……閉じ込められて、さらわれて、幻術と耐久レースして……正直……ちょっと怖かったです」
少女が珍しくこぼした弱い言葉を、レオもチェインも黙って聞いていた。
「それで……もう限界かもって時に、外でみんなの気配がして……すごい、安心しました……」
「……レオ、」
「え?!はい?」
「私がレオの分までやってあげるから」
言うなりチェインは、両手で遠慮なく結理の髪をかき混ぜるように撫でた。チェインの言葉の意味が分かったレオは思わず噴き出して、顔を伏せたままの少女を背負い直した。
その直後、ひと際大きな破壊音が倉庫と地面を揺らした。