リトル・レディ・ラプソディー
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そして二週間が経った。
ヘルサレムズ・ロットはいつも通りに剣呑に平穏で、ニュースでは季節外れの大空亜蟲が発生し、レッドヘッドクラスも多数出現したと報じている。
そんな中、幼女になってしまった結理がどうなったかというと……
「もどんないじゃん!!!」
「っ!!?」
相変わらず幼女のままの結理が、叫びながらザップの足を蹴飛ばした。特に防御もしなかったザップは、蹴りの予想外の強さと当たり所の悪さで表情を歪めながらその場にしゃがみ込む。
「にしゅうかんたってるのにもどんないじゃん!!どうゆうことですかザップさん!!」
「~~~っ!知らねえよ!ソフィルも二週間以上かかるかもって言ってたじゃねえか!」
「……まさかずっとこのままなんてことは……」
「こわいこと言わないでツェッドくん!!」
「それは……困るような……困らないような……」
「こまってくださいスティーブンさん!!せんりょく大はばげんですよ!わたしきちょうなせんりょくでしょ!?」
「バタバタ貧血で倒れる戦力なら減って丁度いいんじゃねえの?」
「かんじんなときにさされてにゅういんしてるようなクソザルに言われたくないですよ!」
「ああん?五十歩百歩の貧弱ちんちくりんが生意気言ってんじゃねえよ!!」
「ふつうのことしかいってねえよSSせっそうなし!だいたいこんかいのげんいんだってザップさんじゃないですか!!」
そんな言い合いから始まったザップと結理の攻防戦は、口論だけでなく追いかけっこにまで発展した。
テラスに逃げた結理が手摺の上に乗ろうと跳び、ザップはその着地を見越して血の縄で足払いをかける。それを予想していた結理は難なくザップの攻撃をかわしたが、そこで予想外の突風が吹いた。
「あ…!」
普段の少女の体格だったら持ち堪えただろうが、今の結理は五歳前後の幼女の姿だ。あっさりと風に煽られた小さな体が手摺を超える。
「っ!結理!!」
それには流石に顔色を変えたザップが慌てて血の縄を飛ばして幼女を捕まえようとするが、縄をかき消すような勢いで巨大な影がテラスを横切った。
「――っ!!?」
巨大な大空亜蟲、通称レッドヘッドが通り過ぎたことで起こった更なる突風は木の葉のように結理を飛ばし、その元凶の背中に落とした。
「うそおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ……っ!!!!!」
「……マジかよ…!!」
幼女の大絶叫を引きずりながら、レッドヘッドは悠々と空を泳ぎ去っていく。残されたザップは、その光景をただ呆然と立ち尽くして見ていることしかできなかった。どうするかと問われたらどうしようもない。出来ることと言えば結理が地面に叩きつけられて即死しないことを祈るぐらいだろう。
そんな、諦めなのか現実逃避なのか分からないことを考えていたザップの背後から、二種類の靴音が殺気と共に近付いた。
「……ザップ」
「結理さんは、どこですか?」
あ、やべえ、俺死んだ。
そう思いながらも振り返ってしまったことを、後にザップは大いに後悔したとか……
「しん……っっじらんない…!!なにがどうなったらこうなるの…!!?」
どうにかこうにか上昇する直前のレッドヘッドの背中から地面に着地することに成功した結理は、がっくりとため息をついた。普段から色々な出来事に巻き込まれるし、幼女の姿になってからもそれは変わっていないが、風に飛ばされて神がかり的なタイミングで大空亜蟲の背中に落ちるのは予測の範疇を超え過ぎている。できるものならしばらく落ち込んでいたかったが、そうしている訳にもいかないので気を取り直して顔を上げた。
地面に降りることを最優先させた為に現在地は把握できていないものの、大通りに出れば多分何とかなるだろうとすぐに路地を出る。
「……え…?」
だが、目に飛び込んできた景色に思わず絶句して立ち尽くした。何かがあった訳ではない。人類や異界人が普通に行き交い、雑談している者や小競り合いを起こしている者達もいる、いつものヘルサレムズ・ロットの光景だ。
そのはずなのに、押し潰されてしまいそうな威圧感を感じた。まるで自分だけが違う空気の中にいるかのように、その場から動けない。
(何これ…?)
その感覚が何なのか、結理はすぐに思い当たらなかった。目に見えない何かに巻き込まれたのかと思って探知感度を上げると、噛み合わない空気と威圧感が増して息が詰まった。
それでようやく、違和感の正体に辿り着く。
(違う……そっか……感情とか感覚とか……全部体の年齢に引っ張られてるんだ…!)
五歳前後の子供が、一人で知らない道と人ごみの中を行くのは大きな労力だ。周囲からの体格差で発せられる威圧感が体を竦ませ、不安を煽る。
(どうしよう……どうしよう…!)
それらを振り払うように、結理は駆け出した。幼女が一人で駆けている姿に住人達の何人かが純粋な驚きの視線を向けるが、それすらも今の結理には異端者として吊るし上げられているような視線としか感じられない。
(怖い…!!)
言いようのない不安と恐怖がまとわりつき、思考が更に混乱する。とにかくこの場所から離れなければという思いだけで走り続けていた結理は、出会い頭の気配に気づくことが出来なかった。
「うわっ!」
「ああ?何だこのチビ?」
幼女を簡単に踏み潰せてしまえそうな体格を持つ異界存在の足にぶつかり、結理はその場に尻餅をついた。ぶつかられた異界人の男は怪訝そうに、不愉快そうに少女を見下ろしている。
「おいチビ、人にぶつかっといて謝りもなしかよ?」
「……っ……ぁ……」
「……ちょっとこっち来い!」
「っ!や…!」
上手く言葉が出せず何も言えないでいると、その様子で更に神経を逆なでされたらしい男は軽々と幼女を掴むと路地裏まで引っ張っていった。抵抗しようとする結理だが力の差は歴然で、そのまま路地の奥に放り出される。
「こんなガキが一人でウロチョロできるとは、HL(ここ)も随分平和になっちまったもんだなあ?」
男の言葉は結理にはほとんど聞こえていなかった。今この状況をどうするか、どうしなくてはいけないかだけが頭の中を巡っている。
結論は至ってシンプルだった。
(逃げなきゃ……戦わなきゃ……いつもみたいに……)
どうやって?
「っ!」
不意に沸いた疑問が少女の思考を停止させた。今の自分は力を持たない子供で、目の前の脅威に立ち向かうこともできない。そのことに気付かされて、一瞬息が止まった。
「少し痛い目見てもらわねえとなあ!弱っちい人類のチビちゃんよお!」
「!」
悲鳴すら上げることもできず、結理は自分に向かって振り下ろされる拳をただ見つめていることしかできなかった。
男の背後から強烈な冷気が駆け抜けたのは、小さな体に拳が届く寸前だった。
結理も、男も、何が起こったのかすぐには理解できなかった。特に男の方は、自身が一瞬で氷像にされたことなど認識すらできなかっただろう。
「……ぇ……」
「結理!!」
届かなかった拳を呆然と見つめている結理に、焦った声と一緒に駆け寄る姿があった。その姿は声同様表情に焦りの色を見せていたが、結理を見るとほっとした様子で息をつく。
「よかった……無事のようだね?」
「……スティーブンさん……っ!」
見知った姿を見つけて緊張が解けたことと、自分が無事であることへの安堵で、涙腺は一気に緩んで決壊した。
つい今まで竦み切って動けなかったのが嘘のように、結理は駆け寄って来たスティーブンに思い切り飛びついていた。
「っ!?」
「う゛ええぇぇぇぇぇぇぇぇん…!!ずでぃーぶんざああああああん…!!!」
「ど、どうした!?どこか痛いのか?!」
「ごわがっだあああああああ…!!」
「え!?あー……そうかそうか。よく頑張ったな結理。偉いぞ」
「う゛わあああああああああああん……!!」
「ほら、もう大丈夫だからそんなに泣くなって」
しがみついてわんわん泣き喚く結理を抱き上げたスティーブンは、苦笑しつつも安心させるように背中を撫でてやった。