リトル・レディ・ラプソディー
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こうして幼女の姿となってしまった結理だったが、それ以外は割と平穏に時間が流れていた。初日は小さくなった小女を誰が自分の家に連れて帰るかで大揉めに揉めるという事態もあったが、それは誰かしらが出入りすることに加えてセキュリティも高度なライブラの事務所で預かるという鶴の一声で納まっている。
「ほら、ユーリ笑ってー」
「もー……レオくんいつまでしゃしんとるのー?」
「だってK.Kさんとチェインさんからも頼まれてんだからしょうがないだろ?二人とも来られない日のユーリも見たいって言ってたし」
「むー……」
不満げに口をとがらせる結理に即答しながらもカメラを構えたままのレオは、しまりなく笑っている。女性陣から頼まれたのも事実だろうが、絶対に趣味と実益を兼ねているのが見てとれた。常日頃から子供扱いされることには慣れているし諦めの境地もあるが、幼女の姿になってからの拍車のかかり方には、結理も流石に思う所がある。
……あるが、それを解決する方法は元の姿に戻るしかないので、やっぱり諦めの方が勝った。
「……あ、そうだレオくん、ちょっとまって」
「?」
何かを思いついた様子でK.Kコーディネートの猫耳としっぽのついたパーカを脱いでソファから下りた結理は、側にかけておいた普段着ている黒のコートを羽織った。羽織ると言っても、元の姿でもそれなりに裾の長さがあったコートなので、ほとんど毛布か何かをかぶっているに近い状態だ。
「これでとって?」
「え?何で?」
「ちっちゃい時のをとって、おっきくなったらもう一回とるの。こんなにおっきくなったんだよーって」
「あー、そりゃいいね」
「えへへ……」
「うわー……もういっそどっちも家の子にしたい」
そんな少年と幼女を遠目に眺めていたスティーブンが、耐えきれなくなったように手で顔を覆ってうつむいた。
「何なんだ君達は……そんな可愛いオーラ振りまいて俺をどうしたいんだ。ただでさえ少年とお嬢さんが戯れてるだけで癒しの光景だっていうのに結理が余計に可愛い見た目になってるとか殺しにかかられてるとしか思えないだろ…!くそ…!こんな光景があるのにどうして世界は平和にならないんだ…!!」
「オイ番頭がとうとう壊れたぞ」
「日頃表に出さないようにしていただろう本音が駄々漏れになってますね」
「何か飛んじゃいけないネジが飛んでますよ」
「スティーブンさんはたらきすぎです。しょるいしごとかわるんですこし休んでください」
誰が聞いても危ないと判断するだろうスティーブンの発言に年少組が好き勝手言う中、結理が呆れと心配の混ざった面持ちで進言する。普段ならば半ば強制執行する為に側まで行くが、嫌な予感しかしないので近付こうとはしない。
幼女の言葉に数秒黙ったスティーブンは、やや疲れたようなため息をついてから返事をする。
「……いいや、やらせてくれ。何かしていないと本気で君達をさらっていきかねない」
「重症通り越して末期じゃないっすか。」
「じかくしてるだけマシって、かんがえたほうがいいかな…?」
「……あの人やっぱロリk」
「ああそうだザップ、昨日出した報告書だが全部書き直しだ。よくもまああんな古文書を出そうと思ったな」
「っ!?何で今日に限って」
「何か、文句でも、あるのか?」
「……書き直します……」
ぞっとする程にこやかに、春風でも吹きそうな笑顔で問うてくるスティーブンに見据えられたザップは、盛大に顔を引きつらせて言いかけた文句を引っ込めた。逆らった先に待っているものへの恐怖は、嫌という程叩き込まれている。
(いつもあれやってくれたらまともな報告書出るのになあ……)
突っ返された報告書を半泣きで修正しにかかるザップと、色々な感情から凶悪に顔をしかめているスティーブンとを見て、結理は胸中でこっそり呟きながら別の言葉を口にした。
「うーん……わたしたちいない方がいいかなぁ…?これいじょうスティーブンさんへんになってもあれだし」
「しょーがない。お出かけしようかユーリ」
「わーい!こうえん行こうこうえん!!」
レオの提案に歓声を上げた結理だったが、すぐに何かに気付いたように表情を曇らせた。
「ユーリ?」
「……これは……きていけないよね…?」
着たままだったぶかぶかのサマーコートの裾を持って、結理は若干以上残念そうにため息をついた。その表情に若干ぐらついたレオだったが、すぐに立て直して苦笑交じりに幼女の頭を撫でる。
「うーんそうだなあ……引きずって擦り切れちゃうし、踏んずけちゃったら危ないから、我慢しような?」
「うん……」
「結理さん」
「?」
残念そうな面持ちのまま頷いたすぐ後に声をかけられ、結理は顔を上げた。つられるように他の面々も同じ方向を向くと、手に黒い布らしきものをかけたギルベルトが歩み寄って来た所だった。怪訝そうに首を傾げる幼女の前で持っていた布を広げてみせると、それは普段の結理が着ているのと同じデザインの、フードの付いた黒のサマーコートだった。
「雰囲気だけでもと思って作ってみたのですが、如何でしょうか?」
「うわーすごい!ありがとうございますギルベルトさん!きます!きたいです!!」
(おじいちゃん……)
(おじいちゃんだ)
(お爺ちゃんと孫だ)
(コート手作りってもうお婆ちゃんの領域だろ……)
「えへへ……ぴったりだー…!」
作ってもらった子供サイズのサマーコートを羽織ってご満悦そうに笑っている結理だったが、フードにしっかりと三角の耳がついていることに気付くことはなかった。
「……というかちょっと待て!君達だけで行く気か!?色々な意味で危険すぎるだろ!」
「……ある意味ここにいるよか安全ぐふっ!」
何かを言いかけたザップの側頭部に書類を止める為の重しが投げつけられたが、それは目撃していた全員がスルーした。
「だいじょうぶです。ツェッドくんがいっしょに行ってくれますから」
「え!?」
「だめ?」
「……駄目では……ありませんが……」
小首を傾げて見上げながら手を握ってくる結理に戸惑い気味に返したツェッドは、びしびしと刺さるような視線を感じていた。その視線はレオも感じていて、結理の手をとってツェッドの腕を掴むとさっさと出入り口に向かって歩き出す。こういった時のレオナルド・ウォッチはやる男である。
「いいんなら行きましょ。今日は天気いいしセカンドセントラルパークでも行くかー」
「行こう行こう!」
「……少年、」
声をかけられたレオは、ツェッドと結理を先に行かせながら何でもないように振り向いた。
「何すかスティーブンさん?」
「カメラは持ったかい?」
「……」
問いかけに、レオは無言でびしりとサムズアップを掲げた。
年中霧に覆われているヘルサレムズ・ロットでも、天気の良し悪しはある。今日は気候も穏やかで、霧の隙間からは僅かではあるが陽光も差していた。
そんな穏やかな気候とは裏腹に、HLは今日も賑やかに物騒だった。
「……わたしたち……さんぽにでたんだよね…?」
「まさかあんな騒動に巻き込まれるとは……」
「何か……ごめん……」
「いやいや、レオくんのせいじゃないよ……」
公園へ向かう道中で巻き込まれた、いつも通りのちょっとした大騒動をどうにかこうにか抜けて公園に辿り着いた三人は、並んでベンチに座り込んでがっくりと項垂れていた。
「むしろわたしがすげえせんりょくがいだったせいで、めんどくさいことになってたし……ごめんツェッドくん……」
「それこそ結理さんが謝ることじゃありませんよ」
「いやーでも、○○が××で△△になって、あれでただの小競り合いでしたとかとんでもなかったっすねー……」
それぞれぼやくように会話をして、一緒にため息をつく。公園内は本当の意味で平穏で、楽しげな会話や子供達が遊んでいる声の合間を縫うように、穏やかな風が吹いていた。
しばらくぼんやりとその光景を眺めていると、レオとツェッドの間に座っている結理の頭が揺れ始めた。
「ユーリ、眠い?」
「ん……だいじょうぶ……」
レオの問いに首を横に振る結理だが、瞼は今にも落ちてしまいそうで、頭もゆらゆらと揺れている。必死に寝まいと目を擦る結理に苦笑しつつ、レオは幼女の頭にポンと手を乗せた。
「寝ていいよ。駆けずり回って疲れただろ?」
「……うん……」
頷いた時には、幼女はほとんど夢の中だった。そっと抱き寄せると、結理は抵抗せずにレオに寄りかかって目を閉じた。数分もしない内に寝息を立て始め、それを眺めていたレオとツェッドはこっそり顔を見合わせて笑い合う。
「中身そのままでも、やっぱ子供っすよね」
「皆さんがいつも以上に結理さんを構う気持ちは、分からなくはありません」
それから数十分後、ツェッドに抱き上げられて眠る結理を連れて事務所に戻った際、その姿を見たスティーブンが何度目になるか分からない撃沈をするのだが、それはまた別の話である。