風邪を引いた話
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「……っ…?」
意識が浮上して、最初に視界に入ったのは見慣れた天井だった。
今いる場所が自宅のベッドの上なのは分かったが、何故ここにいるのかがすぐに思い出せない。
(確か……そうだ……風邪引いて……ゴーレムの駆除出て……倒れて………スティーブンさんが送ってくれた…?)
病院を出た辺りからほとんど記憶がないが、多分そうだろうと結論付けて結理は起き上がった。そこでようやく、額に冷却シートが張られていることに気付く。何ともなしに周囲を見ると、ベッド横の小さなチェストの上にスポーツドリンクのラベルが貼られたボトルが置いてあり、その隣には体温計を重し代わりにメモが置いてあった。
「『部屋の鍵は預かった。きちんと食べて休んで熱が下がったら連絡するように』って……何これ……」
文面に思わず眉を寄せながらもベッドから出てキッチンに向かうと、カウンターの上に出した覚えのない鍋が置いてあった。蓋を開けて覗くと中身は卵粥で、そう時間は経っていないらしくふわりと湯気が上がる。
「うー……んと………」
若干霞のかかってる頭で色々考えるが、まだ高い熱が思考を阻害する。全部後回しにしようと結論を出して、まずはボトルのふたを開けた。
結理が連絡を入れたのは次の日の昼過ぎだった。数コールの後に相手が出る。
「……結理です。×番街ハイツ・リリシア422号室に軟禁されています。犯人は恐らく男性です」
『送ってあげた人間に対して随分な言いようじゃないか』
「あ、よかった、やっぱりあの書置きスティーブンさんだったんですね?署名ないし誘拐犯みたいな文章だったから、ストーカーにでも不法侵入されたんじゃないかってちょっと焦りましたよ」
『あー成程……それは悪かった。急用が入って少し慌てたんだ。それより、具合はどうだい?』
「熱は大分下がりました。もう大丈夫です」
『そうか。でも……あ……待っ…!』
「?」
『ユーリ!!!』
「うわっ!?」
受話器の向こうが何故か騒がしくなり、怪訝に思った所でその理由であろう声が飛んできた。鼓膜に突き刺さるような声量に、結理は思わず電話から耳を離す。聞き覚えのあり過ぎる、今はできれば聞きたくなかった声に自然と表情が引きつった。
「け、K.Kさん…!」
『風邪引いてるのに無理して現場出て倒れるなんて何考えてるの!!』
「いや、あの、その……」
『貧血ならしょうがないけど……しょうがなくないわ!とにかく体調悪い時は悪いってちゃんと言いなさい!スカーフェイスだって腹黒で人使い最悪に荒い最低だけど具合の悪い子引っ張り回す程鬼じゃないんだから!』
『酷い言いようだなあ……』
「ご、ごめんなさい……大丈夫だと思ったんです…!」
『言い訳はいらない!今から行くから、ちゃんと大人しく寝てるのよ!いーい!?』
「あ、ちょ、K.Kさ」
大丈夫だと言おうとしたが、それよりも早く通話を切られた。無機質な機械音が流れる電話を持ったまましばらく呆然と眺めていると、また着信が入る。ディスプレイに表示された名前にばつの悪さを感じながら、スルーする訳にもいかないので電話に出た。
「……もしもし」
『そういう訳だ。鍵はK.Kが持っていくから、ついでに存分に叱られるといい』
「……はい。あと最初に言いそびれちゃったんですけど、送ってくれてありがとうございました。お粥おいしかったです。他にも色々してもらっちゃって本当にすいませんでした」
『気にしなくていいよ。ただでさえ君は無茶をしがちなんだから、具合が悪い時ぐらい素直に甘えなさい。』
「……っ……!」
『……お嬢さん?』
―具合が悪い時ぐらいは素直に甘えなさい―
『結理?どうした?』
「!あ、いえ、大丈夫です!」
かけられた言葉が鍵となったように記憶の蓋が開き、結理は思わず絶句してしまった。何も返せずに沈黙していると、電話の向こうのスティーブンに怪訝そうに問いかけられ、それで我に返る。
「本当に、ありがとうございました。それじゃ失礼します」
慌てて会話を打ち切り、通話を終わらせる。電話を握りめるように両手で持ち、結理はうつむきながら長いため息をついた。
「……びっ……くりしたー……」
風邪の熱のせいではなく頬が熱くなるのを感じた。スティーブンからの気遣いの言葉に照れたわけではない。全くないと言えば嘘になるが、それ以上に言葉の内容に驚いてしまった。
―気にしなくていいよ―
その言葉は遠い昔、まだ自分の世界が崩れ去るなど想像もしていなかった頃にかけられたものと、酷く似ていた。
―結理はいつも頑張ってるんだから、具合が悪い時ぐらいは素直に甘えなさい。ていうか、こういう時ぐらいお父さんさせてくれ―
「~~~~~っ!」
(いやもう……お父さんみたいとか……確かに何回かちらっと思ったことあるけど……色々失礼が過ぎるわ!ああでも…どうしよう……!)
「しばらくスティーブンさんの顔見らんない……」
消えてしまいそうな声で呟いて、少女はベッドに伏せった。
(……そういえば、スティーブンさん何で卵粥のこと知ってたんだろう……偶然?)
end.
2024年8月17日 再掲