風邪を引いた話
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外堀を埋めてようやく折れた結理は、やはり相当辛かったようで車を走らせ始めた頃には完全に意識を飛ばしていた。寝顔はしかめられていて、時折苦しげに小さく呻く。
この状態でよくもまあ何が起こるか分からないヘルサレムズ・ロットの街中を一人で歩いて帰るなどと言えたもんだと思ったが、それだけ判断力も低下していたのだろうと、スティーブンは好意的に解釈をしてやった。
しかし本当によく限界を見誤る少女だと、ため息が漏れる。
以前それを指摘したら本人も自覚があるらしく、「気をつけてはいるんですけどねぇ……」と心底困ったように肩を落としていた。貧血もそうだが、何の前触れもなく限界がきてしまう時があるらしく、経験と勘でペース配分に気を配っているらしい。今回に限っては明らかに無理がたたった結果でしかないが。
加えて少女は、誰かに頼るという行為が非常に下手だ。本人は大分頼っているつもりらしいが、傍から見ればまだ十分に一人で何かを抱え込み過ぎている。
「……もう少し甘えてくれてもいいんだけどなあ……」
思わずこぼれ出た自身の呟きに苦笑する。
結理をこんなにも気にかけるようになったのはいつからだろう?と自問してみた。
最初は世界の均衡を揺るがすかもしれない異次元の存在であることと、本当はこちらに仇なす血界の眷属の手先なのかもしれないという疑惑から、それとなく距離を取っていた。もしもの事態になったら即座に消そうとすら思っていたぐらいだ。
その疑いが無くなってからもすすんで距離を詰めたつもりはなかったのだが、いつの間にか目の離せない存在として、それこそいつかK.Kに指摘された初めてできた姪っ子のような感覚で接してしまっている自分には、不本意ながら気付いていた。
少女は決して儚げな存在ではい。むしろ殺しても死なないを地で行きそうな勢いで、(今日のような例外はあるが)毎日元気に跳び回っている。
けれどある日突然ふっと消えてしまいそうな、放っておけない『何か』があった。
その何かの為に気にかけているのか、他に理由があるのか、答えは未だに出ていない。
結理が住むアパートは、ヘルサレムズ・ロットの中では比較的トラブルの少ない地域にあった。
「お嬢さん、着いたよ」
「……ぁぃ……」
声をかけるとか細い返事が返ってきた。毛布にくるまったまま芋虫のようにもそもそと動いた後、結理は緩慢な動作で起き上がる。目は開いているが意識はどこかへ飛んで行ってしまっているようで、視線は合わない。
「歩け……そうにないな」
「……大丈夫、頑張る」
「熱があるんだから頑張らなくていい」
「……うん」
予想していた返答に呆れも通り越したため息をつきつつ、これ以上意地を張られる前にさっさと少女を背負った。結理は特に抗議することもなく素直にしがみつく。珍しい態度を内心意外に思ったが、やっぱり歩くと駄々を捏ねられても困るのですぐ様少女の部屋に向かった。
「何か足りないものとか、欲しい物とかはあるかい?」
「……ポケリ……と……いつもの……卵のお粥……お醤油たらす……」
「(いつもの…?)了解。後で買ってくるよ」
「……ごめん……」
扉を開けて部屋の中に入った所で、うわごとのように返答していた結理はぽつりと謝罪の言葉を口にした。
「ん?」
「……せっかくお父さん、休みだったのに……」
「…………」
(お父さんかー……)
その言葉で、口調が砕けている理由とやけに素直だった理由を理解した。熱で意識が朦朧として、家族がいた頃の記憶と混同してしまっているらしい。色々と複雑な気分で苦笑しつつ、この状況を利用させてもらおうと思い直して、ベッドに寝かせてやりながら少女の言葉に返してやる。
「気にしなくていいよ。具合が悪い時ぐらい素直に甘えなさい」
「……ふふ……お父さんいつもそう言う……」
「それは君がいつも意地を張るからだ」
「……だって……頑張んなきゃ……追いつけないし……」
家族といた頃からかよ。
というツッコミを、スティーブンはギリギリで飲み込めた。狂戦士のような姿勢や誰かに頼ることが下手なのは、故郷を失くしたという環境の変化のせいだけではなかったようだ。彼女の家族もさぞ苦労しただろうと思いつつ、少女の言葉にやんわり返す。
「……頑張ることと、無理をし過ぎることは違うよ。休まなきゃいけない時は、ちゃんと休むんだ」
「……うん……」
言い聞かせて軽く頭を撫でてやると、少女は目を閉じたまま頷いて、へらりと力の抜けた笑みをこぼした。
「お父さん……今日手ぇ冷たい……」
「……外が寒かったからね」
「もうちょっと……このまま……」
安心したような表情で息を吐いて呟いたきり、後は規則正しい寝息だけになった。