風邪を引いた話
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「……え?」
背後を取られるという珍しいミスを犯した結理が、糸が切れた人形のように倒れていく姿を、スティーブンは数瞬呆然と眺めてしまった。あまりにも予想外で唐突過ぎて反応が遅れた頃には、少女の体はばったりと地面に落ちていた。
「……結理!?」
どさりという音で我に返り、慌てて少女に駆け寄る。負傷している様子はないので、また貧血を起こしたのかと思って抱き起こすと体が酷く熱く、何故か服が濡れている。まさかゴーレムが何か特殊な能力を持っていたのかと疑念がよぎった所で、こちらの様子に気付いたらしいクラウスが破壊音を背に受けながら駆け寄ってきた。
「スティーブン!」
「クラウス!結理が倒れた!それも酷い熱を出している!」
「……ゴーレムは粗方片付いた。君は結理を連れて離脱を。今ならブラッドベリ総合病院が『浮上』している」
「ああ分かった。ここは任せる」
頷いたスティーブンは、苦しげに浅い呼吸を繰り返す少女を抱え上げた。
「ちょっと熱が高いけど、ただの風邪ですね」
「……は?」
そうして下された診断はそれだった。結果を聞いたスティーブンは、呆気にとられたように思わず聞き返す。
「風邪……ですか?」
「はい。呪いやインフルエンザの反応もなかったし、肺炎の心配もないですよ。熱が高いのは過労気味なせいですね。ここ最近、「こっち側」は寒暖差が激しいでしょう?それで体調崩す人が増えてるんです。池に落ちて体冷やしちゃったのがダメ押しだねー。でもまあ、ユーリちゃんなら暖かくしてしっかり休めばすぐ元気になるから大丈夫。一応解熱剤と抗生剤は出しときますから、点滴終わったら連れて帰っていいですよ。あ、毛布と病院着は次来た時に返してくれればいいんで。お大事にー」
明るい調子でそう言って、ルシアナ医師は去り際に結理の頭を撫でてから出て行った。残された結理が力の入っていない声で「ありがとうございます……」と呟いてから、緩慢な動きでスティーブンを見上げてきたが、色々な感情でがっくりと肩を落としたスティーブンに答える余裕はない。
「……何か……色々すいませんでした……スティーブンさん……」
「……体調が悪いのは隠すなって、前に言わなかったか…!?」
「電話来た時点では大丈夫だったんです……」
呆れを隠さずにため息をついたスティーブンに返した結理は、点滴の袋が空になったのを確認すると自分で針を抜いて、側で片付けをしていた看護師に「帰ります」と声をかけてから、立ち上がって毛布をマントのように体に巻きつけるとふらふらとした足取りで出入り口に向かって歩き出した。
どうやら一人で歩いて帰るつもりらしいが、ドレスコードの時ですら一度は着られないかと打診してくる程着ることにこだわっている黒のコートを忘れて出て行こうとする程度には余裕がないらしい。スティーブンはもう一度ため息をついてから、コートを持って少女を追いかける。
「こら」
「わ…!」
急ぐまでもなく距離は縮まり、コートをかけるように肩に手を置いて引くと、結理は呆気なく仰け反ってスティーブンに寄りかかった。驚いた様子で見上げる目は熱のせいかまどろんでいる。
「忘れ物にも気付かない状態でどうやって帰るつもりだ?」
その言葉でようやくサマーコートを忘れていたことに気付いたらしい結理は、若干顔をしかめながらもどうにかといった風に答える。
「……気合で帰れます……大丈夫です」
「いらん意地を張るな。送っていくよ」
「でも事後処理が……」
「幸か不幸か今日は古文書が出ないから余裕があるんだ」
「……でも、やっぱり……」
少女が躊躇いがちに尚も渋ろうとする頃には、スティーブンは小柄な体を片手で確保したまま電話をかけていた。待ちわびていたらしい相手は数コールもしない内に出て、すぐに会話が始まる。
「あークラウス?今診察が終わったよ。ただの風邪と過労だそうだ。そう、呪いや魔術の類による害じゃないし入院の必要もない。しっかり休めば大丈夫らしい。だが歩くのも覚束ない程熱が高いようでね。ははっ、勿論そのつもりさ。けど君ならそう言ってくれると思ってたよ。うん、伝えておく。それじゃ」
通話を終えたスティーブンは再度結理を見下ろした。少女は遠慮なく不服に顔をしかめるが、涼しい顔で流して告げる。
「クラウスからの伝言だ。後の事は気にしなくていいから、治るまでゆっくり休んでくれ。君の体調が第一だ。だそうだ。ついでに送っていくように仰せつかったよ」
「……ぅ……」
結理が倒れた場面は現場にいたほぼ全員が目撃していたし、何よりもクラウスが事態を把握している。当然我らがリーダーは、ただでさえ無茶をしがちな上に現在盛大に体調を崩している少女を、一人で帰らせるような真似は決してさせない。
「……ずるい……」
「こうでもしないと意地を張り続ける君が悪い」
状況を察して呻く少女に、スティーブンはしれっと即答した。その即答に更に嫌そうに顔をしかめるが、感情を持続させる気力も湧かなかったようで、諦めたようにため息をついてから、ぼそりと呟く。
「お手数をおかけします……」
「今度からはこうなる前に離脱するんだな」
「はい……」