風邪を引いた話
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寒さで目を覚ました結理は、寝る前に被っていたはずの布団類が行方不明になっていることと、喉の奥に嫌な違和感があることに気付いて顔をしかめた。できれば気のせいであって欲しいと思いながら唾を飲み込むが、それが確定的であることを証明してしまっただけに終わる。
「……風邪…?」
認識してしまうと、違和感は痛みに変換された。空咳をしながらベッドから這い出て、床に落ちていたタオルケットを拾ってかぶりながらキッチンに向かう。コップに汲んだ水を一気に飲み干して一息つくと、冷水が通った後の喉は再び痛みを訴え出した。
(まあ……これぐらいなら暖かくして大人しくしてればすぐ治るか……今日は書類整理ぐらいしかなかったはずだし)
考えていた途中で着信音が響いた。ディスプレイに表示されている名前を見て、嫌な予感しかしない電話に盛大に顔をしかめながら出る。
「もしもし」
『早朝からすまないが緊急出動だ。街でゴーレムタイプの異界存在が多数暴れている』
「了解です……けほっ……」
『ん?どうした?』
「いえ、起き抜けで喉乾いてるだけです。場所はどこですか?」
電話の向こうの怪訝そうな声に即答しながら、結理はクローゼットに足を向けた。
「『炎術』!!けほっ……」
放たれた炎はこちらを叩き潰そうとした巨大な腕を本体ごと消し炭にした。軽い咳をしながら蹴りを叩き込んで止めを刺し、結理は探知感度を広げて残りの数を探る。
召喚された数十体のゴーレムは、街のあちこちにある公園の木々をなぎ倒そうと暴れ回っていた。公園は景観破壊だから更地にするのだと謎の主張を掲げているらしい召喚者は既に拘束済みだが、ゴーレムは目的を果たすか外部から破壊されるまでは止まらない仕組みになっているらしく、ライブラのメンバー(ただし前日に修羅場の末に刺されて入院したザップは除く)は早朝からその駆除に駆り出されていた。
(やばい……しんどくなってきた……)
胸中でぼやきつつも、結理は血晶石を取り出して口に放り込みながら次のターゲットに向かって駆け出した。喉の痛みは起きた時よりも酷くなっていて、心なしか熱も上がってきている気がする。本格的に悪化する前に片付けなければと思いながら、血晶石を噛み砕いて鋭く息をついた。
視界に入ったゴーレムは、早朝の散歩に出ていたらしいHLの住人に襲いかかろうとしている。結理は両手の掌底同士を合わせるように打ちつけて、術を紡いだ。
「『血術―ブラッド・クラフト―』……『鉄槌―フレイル―』!」
放たれた赤い鉄球はゴーレムを粉々に砕いた。一息ついて次を探そうとした瞬間、真横から巨大な気配を感じた直後に衝撃に襲われる。
「っ!」
ギリギリで直撃は避けたが、ゴーレムの一撃を受けた小柄な体が吹っ飛んだ。探知がうまく機能しない程体調が崩れてきていることを苦々しく思いながらも受け身を取ろうと身構えた先では、水面が待ち構えていた。
「うそ…!」
慌てて落下地点をずらそうとするが間に合わず、結理は頭から池に落ちた。小さな水柱が上がり、水面に波紋が広がる。奇妙な沈黙が流れる中、ゴーレムだけが術者に与えられた命令通りに公演破壊に勤しんでいた。
「……ぶはっ!!」
やがて、勢いよく音を立てて少女が水から上がった。黒髪が顔に張り付いている様は幽霊の様で、落ちた少女を目撃して恐る恐る池に近づいた住人達が「ジャパニーズホラー…!」「サダコ…!」と思わず呟く。
それを無視して池から出た結理は、髪をかき上げてから無言で駆け出した。自然破壊を試みるゴーレムに狙いを定めて、無表情で術を放つ。
「『血術』……『血の乱舞―レッド・エクセキュート―』」
赤い棘に滅多刺しにされたゴーレムは、粉砕されて砂と化した。苛立ちが前面に浮かんでいる表情でずぶ濡れの服を絞っていた結理だったが、不意にその顔をしかめる。
「ふぁ……はーっくしゅん!!あ゛ーもー…!!」
盛大にくしゃみをして、色々な感情を霧散させるようにため息をついてから探索を再開した。濡れた体が冷たい風を受けて、体調が急激に悪化していくのを嫌になるほど感じているが、終息していない状態で離脱する訳にはいかない。
何より、この騒動の元凶をもう二、三体粉砕させなければ気分が収まらない。その決意の元一番気配の密集している方向へ足を向けた。
途中何度か咳込みつつも現場に到着した頃には、数は大分減っていた。念の為探知を広げてみると、残りはここにいるゴーレムで全てのようだ。立ち止まってもう一度咳込み、呼吸を整える。長距離を走った訳でもないのに酷く息が切れていて、中々呼吸が落ち着かない。喉の痛みや熱っぽさに加えて膝が震え始めている。
(あと少し……ならやれる……)
「っ!?」
完全に限界を迎える前に一掃しようと駆け出そうとした結理の背後に、突然影が落ちた。それは少女が気付くよりもずっと前に接近していたのだが、体調の悪化が更に探知を鈍らせて、気付くことができなかった。
慌てて振り向いた時には、既にゴーレムが腕を振り下している所だった。術を放とうと魔力を練り上げるが、ギリギリで間に合いそうにない。
(やば…!)
せめて相討ちを狙って構わずに術を放とうとした所で、ゴーレムの真後ろから強烈な冷気が放たれた。冷気は結理を薙ぎ払おうとしたゴーレムをあっという間に凍てつかせて、全身を氷漬けにされた巨体はガラガラと音を立てて崩れ去る。余波で吹き荒れた冷たい風は、容赦なく少女にも吹きつけた。
それを為した主は、振り抜いた足を戻しながら結理に笑いかけた。
「お嬢さんが背後を取られるなんて珍しいじゃないか」
「……はあ……」
からかい混じりの言葉は結理には聞こえていなかった。
助けられたという安堵が辛うじて保っていた緊張の糸をぶっつりと切って、身体から一気に力が抜ける。限界を見誤ったのだと気付いた時には、もうどうしようもなかった。
景色が傾いていく中で、相手の笑みが驚愕の表情に変わっていく様子が見えたのを最後に、結理の視界は暗転していた。