想う人は
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「…っ?」
いつものように気配を感じて、結理は顔を上げた。だがいつもと違い、その気配の持ち主は少女の頭の上に降り立った。重さはないに等しいが、何となくバランスをとるようにじっと動かず、結理は目線だけ上に向ける。
「……あの……チェインさん……何かありました?」
「……今夜空いてる?」
「今夜ですか?はい、まあ……」
「じゃあご飯行こう」
「……はい、構いませんけど……」
「こっちが終わったら迎えに行くから、事務所で待ってて」
それだけ言うと、チェインはたった今入ってきたテラスから出て行った。事務所に用があった訳ではなく、結理を夕飯に誘う為だけに来たようだ。まるで急いで伝えに来ただけのような態度に、結理はチェインが出て行ったテラスを眺めながら、怪訝そうに首を傾げることしかできなかった。
数時間後、約束通りに再び事務所にやってきたチェインに連れられて来たのは、大通りにある異界人が経営する日本式の居酒屋だった。
「単刀直入に聞きたいんだけど、」
「はい」
口数の少なかったチェインが真っ直ぐに結理を見据えて口火を切ったのは、二杯目のビールジョッキを空にしてからだった。ファミリーサイズのつまみの盛り合わせを一人で黙々と減らし続けていた結理は、水で流し込んでから箸を置いてチェインを見る。
少女から目を離さず、だが若干迷うような沈黙を置いてから、チェインは問いを投げた。
「……スターフェイズさんの事どう思ってる?」
「どうって……仕事のすごいできる上司だと思ってます。あと氷の技がめちゃくちゃ綺麗でかっこいいです」
「それだけ?」
「はい……あー……えっと………」
重ねて問いかけられた結理は、思わず言葉を詰まらせた。その態度を見たチェインは、自分でも分かる程一気に表情が曇っていくのを感じた。対面に座るチェインの表情の変化に気付いたらしい結理は、慌てて立ち上がりながら言葉を返す。
「ああああああ違います違います!!異性として見てるとかそういったのじゃないんです断じて!そりゃ区別として異性として見てますし確かにかっこいいですし口説くみたいなからかわれ方されるとドキドキしちゃいますけどそれは一般女子の一般的な反応であって!あれです!かっこいい芸能人を間近で見た反応みたいなもんです恋じゃないです誓って!!」
ほぼ一息で言い切ってから、結理は息を切らせながら座り直してウーロン茶を一気飲みしてジョッキを空けた。ため息のように大きく息を吐いて、迷いと戸惑いで目を泳がせながらもチェインの方を見る。
「えっと……その……正直に言います。でも他の人には絶対……絶っっっっ対に!言わないでください…!ライブラの人達にはもちろんだけど人狼局の同僚さんにも!」
「……分かった」
懇願する結理に頷いたが、正直に言うという言葉が少しだけ心に引っかかった。自分で聞いておきながら、聞きたくないとも思ってしまう。
聞きたくない。聞いてしまったら、何かが決定的に変わってしまう。そんな予感がしてしまった。
少女もそれを察したらしく渋い表情で数秒黙ったが、意を決したように口を開いた。
「……あの……ですね……」
一滴も酒を飲んでいないのに顔を真っ赤にしながら、結理はどうにかといった風に言葉を紡いだ。
「わたし……スティーブンさんの事……」
「…………」
自然と、聞く体勢でいたチェインにも力が入る。空のビールジョッキを握って、乗り出すように少女を見ていた。
「……お、お父さんみたいだと……思ってます……!」
「……………………え?」
どうにか絞り出したといった風な言葉を聞いて、チェインは拍子抜けしたようにぽかんとした表情で一文字で聞き返していた。結理は湯気が出そうな程顔を赤くしながら、耐えきれなくなってチェインから視線を外すようにうつむいた。
「仕事の時は、そりゃもちろん厳しいですけど……普段は、優しいし……こんなわたしのこと、よく気にかけてくれるし……その……時々、うちのお父さんそっくりなこと、言う時が……ありまして……で、でも、流石に……あんなスマートな人つかまえてお父さんみたいは……年齢差的にも失礼過ぎるし……自分でも、何言ってんだみたいな…自覚は、あるん、です、けど……!!」
「………………」
言い終わる頃には、結理はうつむくを通り越して完全にテーブルに伏せっていた。
そんな少女を見ているチェインは、しばらく言葉を返せなかった。渦中の相手のことを語る少女の姿は正しく恋する少女のそれではないのかと思うのだが、同時に結理が自分の感情に対して鈍感でないことも知っている。彼女は恋愛事に関しては思いを取り違えることはない。もしも好意の区別がつかないような少女だったら、今頃どこかで文字通りに食い殺されている。そう言い切れるぐらいには、結理はそれなりに『一方的な被害』を被った経験を持っている。
その為チェインの中で出た結論は……
「……結理って……ファザコン?」
「……恥ずかしながら……ファザコンでマザコンで総じてファミコンです。家族自慢だけで一人につき一時間は軽く話せるぐらいこじらせてます……」
「そこまではっきり自覚してるんだ」
「はぃ……だからその……そうゆう、お父さんぽい人とかお母さんぽい人に魅かれやすい傾向は……あります……」
顔を上げないまま、結理は消えそうな声で返事をした。
そう言われてみると、少女はライブラのメンバーには大抵人懐っこく接している(ザップに対しても一応そのカテゴリーの隅の隅には入れてやってもいいだろう)が、その中でも面倒見のいい面々によく懐いているように見える。特に趣味も合い色々と気にかけているクラウスや、実際に二人の子を持ち結理に対しても母親のように構うK.Kはその最たる者だろう。
「あの……だからほんと……わたしがスティーブンさんと近かったら、遠慮なく引き剥がしてくれて構わないんで……ほんと、あれです、野良犬か何かだと思ってもらえれば…!わたしほんとチェインさんの邪魔したくないんでもうどう見ても邪魔だったらぽーいって放り投げちゃってください!」
「いや、それはできないけど……」
そもそも二人の距離が物理的に近いのはほぼ確実に仕事の時なので、その間に入る方が邪魔をするということになる。
それ以前に、どうやら少女は何か勘違いをしているらしい。
結理は自身の想いに対して鈍感であったことはない。好意の種類にはきちんと区別をつけられる。
だが、他人の想いに対してはどうだろう?と問われると、実はそうでもない。鈍感ではないが、読み違えることはたまにある。
「……あのさ結理」
「はい……」
ここいらではっきり伝えるべきか、チェインは少しだけ迷った。呼ばれた結理は何故か泣きそうな顔をしている。
自分は今、どんな表情で目の前の少女を見ているのか、チェインには分からなかった。少なくとも胸中を伝えるには適していない表情をしているであろうことは、追い詰められた小動物の様な顔をしている結理を見て何となく分かった。
「……やっぱいいや」
「え……」
「じゃあ結理は、スターフェイズさんの事何とも思ってないってこと?」
「……えっと、今言った以外のことは特には……」
「……それなら遠慮しなくていいってことだよね?」
「そりゃもちろんですよ」
「そう……」
「?」
思わず笑みをこぼすと、結理は訳が分からないと言いたげにぱちぱちと瞬きをした。チェインは通りがかった店員に追加の注文をしてから、まだ手をつけていなかったグラス酒を一気に半分程呷り、一息ついてから改めて少女を見やった。
「変な事聞いちゃってごめんね?今日は奢るよ」
「え?あ、いや……はあ……ありがとうございます」
まだ戸惑いの表情のままだったが、奢るという言葉にほんの少しだけ表情を綻ばせた少女に手を伸ばし、チェインは満足げに笑いながらその頭を遠慮なく撫でた。
遠慮をしなくていいのならそうさせてもらおうと、密かな思いを抱きながら……
end.
2024年8月28日 再掲