わんこのいる風景
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ある程度接して分かったことは、子犬の結理はこちらからの言葉は通じ、元の姿の時の記憶もある程度保持しているようだった。その為か温室に向かうクラウスの後をついて行ったり、書類仕事をしているスティーブンの側で大人しく控えていることが多く、次いでレオやツェッドにじゃれついたり、ザップと言い合いらしき吠え合いをしている。
「あーんもーかーわーいーいー!!」
そして愛らしい子犬の容姿に完全に撃ち抜かれたK.Kとチェインは、事務所に顔を出す度に撮影会を始めていた。最初は戸惑った様子でいた結理も、今は慣れたのか諦めたのか素直に撮影に応じていて、それらしい仕草までとる始末だ。
「君達ほんと飽きないなあ……」
「何言ってんの!子犬なのは今の内だけなんだから、成長記録つけんのは当然でしょ!」
「いやそれ元はお嬢さんだからね?」
力説するK.Kに苦笑しつつ、スティーブンは結理の方を見た。視線に気付いた結理は尻尾を振りながら指示を待つような姿勢を取る。
少女が子犬の姿になってから数日経つが、ある程度記憶が残っているせいか結理は何か仕事をやりたがる。当然、姿が姿な為できることはないに等しい。
「今はそんなに忙しくないから、手伝ってもらうことはないよ、お嬢さん」
そして断ると、しゅんとしてうつむいて耳と尻尾を垂れさせる。その健気な姿に再び撃ち抜かれたK.Kが更に激しくシャッターを切り、チェインに至っては動画撮影に切り替えている。
「しゅんとした姿もプリチー…!!けど可哀想…!何か仕事さしてあげなさいよスカーフェイス!」
「て言われてもなあ……この姿じゃ頼めるものもないし……少年の番犬にでも……いや止めておこう……どんな無茶をするか分かったもんじゃない」
「あーもー拗ねないのユーリっち!」
「K.K……シャッター切りながら言っても余計に拗ねるだけだぞ?」
「けど真面目な話、いつ戻るのかしらねえ…?」
「さあねえ…?術者の話じゃ本当にランダムらしいし、あながち三年後ってのもあり得ない話じゃなさそうだ」
「まあ……ユーリっち的にはそれはそれで平和かもしれないわ」
「戦力的にはかなりの痛手だけどね。」
「アンタのそーゆーとこほんとムカツク…!」
ひとしきりそんな会話をしてから、スティーブンとK.Kは何ともなしに同じ方向を見た。
いつの間にかじゃれ合っている一人と一匹、動画撮影を続けながら一心不乱に子犬を撫で回しているチェインと、腹を見せてご満悦そうな様子でチェインの手にじゃれついている結理は、二人分の視線に気づくとはたと我に返ったように居住まいを正した。
「……で、では私は、人狼局に戻ります」
若干紅潮した顔でこほんと一つ咳払いをしてからそう告げて、いつもならばテラスへ出るチェインはその場で姿を消した。
「……アニマルセラピーの構成員かあ……」
「物凄い不本意だけど今同じこと考えたわ。ほーらユーリっちー、お仕事できたわよー」
言いながら軽く背中を撫でると、結理はきょとんとした面持ちでK.Kを一瞥してから、心得たと言わんばかりにスティーブンの足元まで駆け寄った。そこでぴしりとおすわりをして尻尾で床を叩きながら、期待に満ち溢れた目でスティーブンを見上げる。視線の意味を察したスティーブンは、困ったような苦笑を浮かべた。
「……いや、僕はいいよ」
「今忙しくないんでしょ?ちょっとは構ってあげないと、ユーリの事だから何しでかすか分かんないわよ?」
「……しょうがないなあ……」
確かに今は業務は立て込んでいないし、余りにも何もさせないと子犬の姿だろうが結理は飛び出して行きかねない。少しは付き合ってやるかと息をついて、スティーブンは足元で待機している子犬を持ち上げた。感激したように尻尾を振り、何かを訴えるように短い前足を動かすその姿に、思わず感想がこぼれる。
「……可愛い……」
「うわ気持ち悪い」
「君が付き合ってやれって言ったんじゃないかK.K!」
「そんな気持ち悪いだらけた顔しろなんて言った覚えないわよ。今の顔撮ってばら撒いてやればよかったわー」
「君は僕をどうしたいんだ……っ?」
中々理不尽な悪態をつくK.Kに若干げんなりしていると、不意に持ち上げていた結理が重みを増したような気がした。怪訝に思って再度視線を戻すが、当の本人は分かっていないらしくスティーブンを見ながら首を傾げる。
そんな子犬の姿だった結理が、ぽふんという音と共に唐突に元のサイズに戻った。
「うわっ!」
「わわわ…!!」
両手で包めてしまえそうだった子犬がいきなり少女の姿に戻り、咄嗟に支え切れなかったスティーブンは結理ともつれあうように床に落ちて背中を打つ。
「いったた……」
「……ぅ……あ!戻ったー!ってうわごめんなさいスティーブンさん!大丈夫ですか!?」
「ああ大丈夫だ。大丈夫だから早くその姿を何とかしなさい。」
「え?」
「ユーリ服!体隠しなさい!!!」
つい今まで子犬の姿だった為、結理は服を着ていない。顔を背けて手で視線を遮りながらのスティーブンの指摘に怪訝そうにしている少女に、K.Kが慌てて上着を脱いで放ろうとするが、それよりも早く出入り口の扉が開いた。
入って来たのは昼食に出ていたレオとザップとツェッドに、恐らく入口で彼等と鉢合わせたのだろうクラウスの四人で、談笑していたようだったが執務室内の光景を見た瞬間に固まった。
床に仰向けに倒れているスティーブンと、その上に乗っかっている一糸まとわぬ姿の結理と、上着を脱いだK.K。
その光景を何と形容していいか分からなかったが、凍った空気をぶち壊したのはザップの一言だった。
「うわお前その貧相な体で番頭(その人)落とせると思ってんのかよ?」
遠慮も配慮も何もない上に視線を逸らすこともせずに放られた言葉の直後、
「……っぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
ビル中に響き渡る絶叫と一緒に放たれた念動力は的確にザップをぶっ飛ばした。
「血を……血をください!わたしは今すぐこの最低クズシルバーシットの記憶を塵一つ残さず消さないといけないんです!!!」
「遠慮なくやりなさいユーリっち!むしろここにいる野郎共全員の今日一日の記憶を抹消するのよ!!」
「おおおお俺ら何も見てないっす!!そうですよね!?クラウスさんツェッドさん!!」
「何も見ていません」
「……見ていないとは……言い切れない……」
「クラウスさあああああああん!!ユーリの為にも見なかったふりするとこですよここは!!!」
少女の子犬化騒動が幕を閉じると共に勃発した新たな騒動は、完全に収まるまでに約半日を要した。ザップは記憶の全消去は辛うじて免れたものの顔の形が変わる程の制裁を受け、ついでに何故かスティーブンがK.Kに引っぱたかれた。
そしてそれからしばらくの間、「貧相じゃないもん……」と呟く少女の牛乳の消費量が通常の三倍程に増えていたが、それを知っているのは女性陣だけだった。
end.
2024年8月28日 再掲