家族になりたい?
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その日は特に何があった訳ではなかった。
ただ偶然街中で声をかけられ、道端で他愛のない世間話をして、奢るからと言われたので遠慮なくたかろうと一緒に某サンドウィッチショップに行き、食事をしながら何気ない雑談をしていた所に、その言葉は放り込まれた。
「僕の娘になる気はないかい?」
「……………………」
対面に座った男を見つめ、結理は食べかけのサンドウィッチを持ったまま咀嚼することも忘れて固まった。少女を凍てつかせた相手は、促すことも急かすこともせずに穏やかな表情でそれを眺めている。周囲の喧騒も聞こえなくなるような静寂がしばらく流れ、思考を再開した結理は口に含んだものをアイスティーで流し込んでから、口を開いた。
「……それは……次の任務ですか?何か潜入調査的な……」
「そうじゃない。偽造ではなく真面目に、結理に僕の養子になってくれないかと思ってる」
「……つまり、結理・スターフェイズになれと?」
「命令じゃないよ。提案…いや、お願いになるのかな?」
「じゃあお断りします。つか、命令だとしても嫌です」
「君にとっても悪い話じゃないと思うんだけど……正式な戸籍も手に入るし、色々保証もつくぞ?」
「そ、れは、ちょっと、魅力的ですけど……」
異次元から来た存在である結理は現在、ライブラのネットワークで作った偽造戸籍で暮らしている。色々と根回しがされているので、一応はHLの『外』でも使える正式に近い代物ではあるが、偽造されたものであることに変わりはない。この世界で身分を証明する物のない結理にとって、正式な戸籍というのは中々魅力的だ。
だが、そんな実用的というだけの理由で受けていい話ではない。決して。
「でも駄目です」
「どうして?」
「まず、わたしは一之瀬の名を捨てるつもりはありません。何があっても。絶対に。それ以前に戸籍上とはいえスティーブンさんと親子関係になるのはちょっと……てゆうか、何でわたしを娘にしたいとか言い出してるんですか?」
「前々から思ってたんだ。君と家族になりたいってね」
「……プロポーズの言葉間違ってますよ?」
「プロポーズじゃないんだよ……恋人関係とか夫婦関係になりたい訳じゃないんだ。その可能性も勿論考えてみたさ。けど僕は幼女趣味は持っていないし、考えれば考える程そういった関係じゃなくて、恋愛感情を抜きにした家族関係でありたいって結論になるんだ」
「誰が幼女ですか……いや、まあ、確かにわたしとスティーブンさんじゃ恋人関係は色んな意味で無理ありますけど……」
「だろう?だから」
「そもそも順序が違うでしょ」
「?」
「結婚もしてないのに娘欲しいはないですよ。そうゆう話は伴侶を見つけてからにしてください。」
「……そうか……まあそれは追々考えるとして」
(え、追々考えるの…?)
「冗談でもからかってるわけでもないことは、分かって欲しい。この話、真面目に考えてくれないか?」
「だから」
「頼む」
相手の目は真剣だった。言葉の通り、決してからかっている訳でもなければ、こちらを試したり騙そうとしている訳でもない。
「…………」
だからこそ、結理も真剣に答える。
「ないです。お断りします。わたしはスティーブンさんの娘にはなりません」
一切の躊躇いなく言葉を放つと、相手はごんと音がしそうな勢いでテーブルに突っ伏した。その様子を冷めた目で見ていると、のろのろと顔を上げて若干恨みがましげな目で見られたが、結理は涼しい顔で流した。幸か不幸か、上司の絶対零度の殺気には慣れている。それに比べればそよ風にもならない。
「僕は諦めないぞ」
「いや諦めてください」
「まあとにかく、返事はすぐじゃなくていいからよく考えてくれ」
「だから」
一切引き下がろうとする気配がなく、彼は席を立ってそのまま立ち去ってしまった。残された結理はその背中を思わず見送ってしまい、姿が見えなくなってから呆れたような疲れたような表情でため息をついた。
「……えー……何なのあれ…?」
呟いてから、ひとまず食べかけのサンドウィッチの消化を再開した。
レオから電話が来たのは、そんなやり取りがあった次の日だった。午後からの出勤だった結理がのんびりと身支度をしていると着信音が鳴り、いつも通りに出た電話口の向こうのレオは酷く焦った様子でライブラに向かう前にどうしても会って欲しいと懇願してきた。
何故ライブラに行く前なのか、そもそもレオは今の時間はまだバイトだったはずだと思いつつ了解の返事をして、行きつけのダイナーで待ち合わせをした。
「スティーブンさんにプロポーズされた」
「……はあ?あ、ビビアン!コーヒーとミルクで」
「あいよー」
そうして会ったレオは、店の隅のボックス席に座るなりテーブルに突っ伏しながら爆弾を投下してきた。いきなりの発言内容に、結理は遠慮なく顔をしかめた。突っ込みどころが多過ぎてすぐに言葉を返せない。ひとまず注文を済ませて、店主の娘がカウンターに引っ込んだ所を見計らってレオに問う。
「……あのさレオ君……聞きたいことは山ほどあるんだけど、まず何でわたしにそれ言うの?」
「ユーリの為でもあるって言われたんだ。」
「わたし?」
「俺と結婚したらユーリとも家族になれるって……」
「いや意味分かんない」
「俺だって分かんないよ!!バイトの休憩中んとこに来て、いきなり言われたんだよ!つか何で俺なんだよ!!?」
「どーしたどーしたレオ?何かトラブルか?うちに持ち込まないどくれよ?」
「あー大丈夫ビビアン。そうゆうんじゃないから」
「痴話喧嘩も程々にな?」
「違うし」
注文したものを置きながらからかいの言葉を投げて、ビビアンが立ち去った。それを苦笑交じりに見送ってから、結理は突っ伏したままもしかしたら泣いているのかもしれないレオに視線を戻した。
「とりあえず、順番に話してくれる?」
「順番も何も、今言った通りだよ。バイト中に外で休憩してたら、たまたま通りがかったみたいで話しかけてきて、最初はバイト大変そうだねとかこの間はよくやったとか世間話してたんだけど、突然真剣な顔したと思ったら、俺と結婚して欲しいって言い出してさ」
「……え、待って、一応確認するけどレオ君とスティーブンさんってそうゆう関係だったの?」
「そんなわけないだろ!?向こうは知らないけどこっちは欠片も思った事ねえよ!!」
叫ぶように即答して顔を上げたレオは、結理が予想した通りに泣いていた。あまりにも情けない顔をしているので思わず笑いかけたのを堪えていると、レオはのろのろとうつむいて先を続ける。
「だから即答で断ったんだけど、俺と結婚すんのはユーリの為でもあるって言うから理由聞いたら、ユーリに娘にならないかって言ったら結婚もしてないのに何言ってんだって断られたって言うんだよ。」
「あー……うん、大体合ってる。わたしもこの前サブウェイでスティーブンさんに養子にならないかって言われたの」
「……何考えてんだあの人……!元々よく分かんないとこあったけど、それ全部ぶっ飛ばす意味不明さなんだけど…!!こんな形で上司の性癖知りたくなかったわ…!」
「……その前にさレオ君、その時のスティーブンさんのオーラ見た?」
「そんなの見る余裕あるわけ……っ?」
疲れ切った様子で言い返しかけたレオだったが、結理の言葉で何か引っかかる所があったらしく即座に顔を上げた。難しげに眉を寄せてからうつむき、わずかに目を開いて『神々の義眼』の青い光をこぼす。数時間前の光景を再生しているようで、結理は結果が出るのを黙って待った。
やがて、レオは驚いたように目を見開いてから、その表情のまま結理を見た。
「……何だこれ……実体が…ない…!?」
「あー……レオ君にはそう見えるんだ…わたしは人間じゃない気配の塊の上に、スティーブンさんの気配がコーティングされてるみたいに感じるの」
「え……じゃあ……!」
「そ、スティーブンさんのニセモノ。いや、気配をまとってるからコピーか何かかな?わたしも最初は分かんなかったけど、話してる内にニセモノだって分かったの」
「……いやいやいや、だとしたら余計に意味分かんないんだけど」
結理の結論を聞いたレオは、言葉の通り不可解そうに顔をしかめた。恐らく同じことを思っているだろうと判断して、結理も難しげに眉を寄せながら息をつく。
「だよねぇ……わたしの家族になろうよといいレオ君のプロポーズといい、意図が全然分かんないんだよねえ……こっち油断させて殺そうとしてんのかとも思ったけど、何にもせずに普通に引き下がったし、それから付きまとわれた訳でもないし」
「俺の時も、断ったらちょっと粘ったけど、真剣に考えて欲しいって言って普通に帰った……」
「まあとにかく、今の所害がなくても放置はできないよね」
結論を出して、結理は注文した飲み物を一気に呷った。