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「結理、」
「はい?……っ……」
呼ばれた結理はいつものように振り返り、わずかに表情を強張らせた。
少女を呼んだクラウスの表情はいつもと変わらないように見える。だが結理には、そこに緊張感のようなものが漂っているように感じられた。気圧されてしまいそうな空気に、緊張よりも先に怪訝がよぎる。
「君に会いたいと仰られている方がいるのだ。一緒に来て欲しい」
「……はい、分かりました」
あのクラウスがこれ程までに緊張を見せる相手とは誰なのだろうか?そしてそんな相手が何故自分に会いたいのだろうかと思いながら、結理はすぐ様頷いた。
霧の深まっていく道は、進んで行くにつれて落ち窪んで行く。坂道のように下り、引っ繰り返っていても走る車のタイヤは道から離れることはなく、更に霧の奥へと走り続けていた。窓の外から見える建物は横向きに浮いているものもあれば、上下が逆さまになっているものもある。まるで現実とは思えない『そこ』が何なのか、結理は漂う気配と共に何となく察していた。
(ここは『異界』に近い……もしかしたら『異界』に入ってるのかもしれない……)
だとすれば、自分を呼んだ者も『そちら側』の存在なのだろう。
いよいよ、自分が呼ばれた理由が分からなくなる。相手は自分に何を望んでいる?異次元の存在であることが理由なのか、人外と人間の混ざった存在であることが理由なのか、それ以外の理由なのか……
「結理、」
「っ!ははい!何でしょう!?」
緊張していたのと考え事をしていた所に声をかけられ、結理は思わず盛大に身じろぎながら裏返った声で返事をしていた。それを未知の所へ連れていかれている不安と捉えたらしく、クラウスは申し訳なさそうに表情を曇らせる。
「君に会いたいと言っていた方の名を、まだ言っていなかったね」
「あ……はい。場所的に異界側の人、ですよね?」
「ああ。その方とは―」
頷き、クラウスは最初についてきて欲しいと言った時と同じ、緊張した面持ちで結理に会いたいと言った者の名を口にした。
「…………は?」
そしてその名を聞いた結理は、ただただ絶句することしかできなかった。
ねじれた廊下を歩き、エレベーターらしき部屋に通される。重い振動音がわずかに響く中、自分の探知能力が集中していないにもかかわらず警告音を鳴らしているような息苦しさを結理は感じていた。どうやら相当深い所まで降ろされたらしい。
やがて振動音が収まり、ゆっくりと扉が開く。戦う時のように小さく息を吐いて緩く拳を握り、結理は扉の向こうで待っている相手を見た。
「ようこそ、我が友よ」
この空間の主である異界の存在は、威圧感を放っている姿形からは想像もつかない程穏やかにそう言って、視線をクラウスから結理に移した。
(この人が……ドン・アルルエル・エルカ・フルグルシュ……)
本来なら一個人と謁見することなどない異界側の顔役の一人であると同時に、多少なりとも異界側に通じていてかつ、プロスフェアーを嗜む者なら必ず一度は耳にする名を胸中で呟きながら、結理は思わず息をのむ。
「君が一之瀬結理君だね?」
「は、はい!はじめまして。お初にお目にかかりまして、こ、光栄です…!」
「そう硬くならなくていい。早速始めよう」
「…………へ?」
いきなりの宣言に、結理はぱちぱちと瞬きをしてから縋るようにクラウスの方を見た。クラウスも状況が飲み込めていないらしく、戸惑った様子でドン・アルルエルの方を見て、問いかける。
「始めるとは一体」
「決まってるじゃないか」
何を言っているんだと言いたげなドン・アルルエルの前に、見慣れた盤が現れた。
「プロスフェアーの対局さ。私と、一之瀬結理君との」
「……ふぁ!!?」
「お待ちくださいドン・アルルエル!」
一切合財予想していなかった言葉に結理が目と口をまん丸にし、同じく聞いていなかったらしいクラウスは慌てた様子で一歩前に出た。
「彼女との対局を望む理由をお聞かせ願いたい」
「純粋な興味だよ。今回は何も賭けないし、負けたからといって取って食ったりはしない。私だって時にはしがらみを抜きで対局したいのさ」
「しかし、」
「……あー……分かりました」
食い下がろうとするクラウスを止めるように、結理が前に出た。その声は若干震えていたが、足取りはしっかりとしている。
「わたしなんかでよかったら……やらせてください」
「結理…!」
「大丈夫ですよクラウスさん。取って食う訳じゃないって言ってますし。ただ、ご期待に添えるかは分かりませんので、その辺はご了承していただけるとありがたいんですが……」
「構わないよ。結果が何であろうと、何も奪わずに返すと約束しよう」
「ありがとうございます」
お辞儀をしてから、結理はクラウスに振り向いた。
戸惑いと、心配。その他様々な感情が見える、恐ろしいまでに真剣な形相をしているクラウスを見て、逆に緊張が解けた。彼の胃に穴が開く前に出てこられればいいなと考える余裕までできている。
「いってきます」