ある年末年始の話
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日付が変われば新年というその日、つまり大晦日の日、結理は午後から半休だった。
それは数日前に突発に起こった騒動を収める為に緊急出動した際の代休で、思わぬ形で転がり落ちてきた休みを少女は大いに利用することにした。さほど広いわけでも物が多いわけでもない自宅の大掃除をこなし、日本人向けの食品の揃うスーパーで買い出しをし、年末ということかいつもとは違う賑やかさをもつ街中を抜けて、さあ帰ろうと自宅方面へ足を向けた瞬間、ささやかな平穏をブチ壊す破壊音が轟いた。
日付が変われば新年というその日、つまり大晦日の日、結理は午後から半休のはずだった。
それは既に過去形で、今は……
「【わたしは!年越しそばを!食べたい!!】」
悲痛な叫びと一緒に放たれた赤い鞭は、逃げようと背を向けた異界存在を縛り上げ、大通りに向かって放り投げた。投げ飛ばされたのは現在起こっている騒動の元凶である武装組織の一員で、出動したライブラメンバーは秘密裏に警察の手助けをするべく、裏通りに潜んでいる者達を中心に拘束あるいは制圧に駆け回っていた。
「【そばがあったの!ろくてり屋がまさかのおせちまで仕入れてたの!お雑煮の材料が揃うなんてHLの奇跡はあり得るんだって思ったの!なのに!なのにぃぃぃぃぃっ!!!】」
叫びながら、襲いかかって来る相手を難なく叩き伏せていく少女を、後を追うレオは何とも言えない表情で見ていることしかできなかった。普段からいらん騒動が起これば苛立ちを見せるが、今日はいつもの比ではない。相当楽しみにしていた何かを邪魔されたのだろう。
形は違えど探知能力を持つという共通点のあるレオがサポートという形で結理と組まされるのは、大抵は少女の機嫌が最底辺な時だ。組まされる理由は簡単で、戦闘力の限りなく低いレオが一緒にいれば結理は多少以上冷静になれるからだ。これが戦闘力のある面々だったら、少女は一切気にせず八つ当たりもしくは憂さ晴らしに一人で突っ込んでいく。そして後先を考えていないので貧血を起こして倒れる。だがレオがいれば、少なくとも彼を置いてけぼりにすることはないので、必然的にペース配分にも気を配るようになり、無駄に回収班を回す必要もなくなる。
(多分、スティーブンさん辺りにはちょうどいい重しとか思われてんだろうなあ……)
「【大晦日ぐらい静かにしてろよちくしょおおおおお!!レオ君もそう思わない!?思うよね!!?】」
「ごめんユーリ、何言ってんのか分かんない」
考えていると結理が憤怒の表情で振り向いたので、レオは努めて冷静に(こちらが慌てると彼女もヒートアップするので)返した。とりあえず嘆いていることは表情と声のトーンで分かったが、それ以外は何か同意を求められたらしいことしか分からなかった。
指摘されてようやく自分が日本語で喋っていたことに気付いたらしい結理は、はあと一つため息をついてから飛びかかってきた相手に回し蹴りを叩き込んだ。ひとまず二人の周囲は静かになったが、遠くでは銃撃や破壊音が響いている。その音の方向に駆け出しながら、結理は改めた様子で続けた。
「レオ君……年越し蕎麦って知ってる?」
「……ソバって……ジャパニーズフードだっけ?」
「うん。年越し蕎麦は年末に食べるおそばのことで、何か……詳しい由来は忘れちゃったんだけど、細く長くが縁起がいいとか、そうゆうゲン担ぎみたいなので食べるの。今日午後から半休だったから、ちょうどいいやって思ってよく行く日本人向けスーパー行って、ついでにおせちってこれも年始に食べる日本食の総称なんだけどそれも買って、さあ帰ってのんびりゆったりな日本式の年末年始過ごすぞーって時に、この騒動勃発。爆発の余波くらって食材台無し」
「あー……あるよねそういうの」
「クリスマスの時も思ったけど、何でこんなあと何時間でハッピーニューイヤー!とか明るくお祝いするような日に暴れ出すんだろうねこうゆう奴らって……!!?」
ぼやきながら、レオに背を向けたまま歩く結理はポケットから血晶石を取り出して噛み砕いてから、グローブをはめた両手を打ちつけた。
「おかげでこっちはご飯抜きだちくしょうめ!!!」
(怒ってる一番の理由それか…!)
「絶対日付が終わる前に終わらせて年越し蕎麦食べるんだ!!!」
全霊の叫びを発動の合図にして、両腕に赤い装甲を纏わせた結理は路地から飛び出してきた敵を全力で殴り飛ばした。
しかし、少女の決意も虚しく戦いは明け方にまで及び、事態が収束する頃には空はすっかり白んでいた。
日付が変わった瞬間からの少女の猛攻を目にしたレオは後に、「ユーリから食べ物とジャパンの習慣取り上げたら絶対ダメですよ…!」と何人かに硬く言い含めたとか。
「【さよなら年末……さよなら年越し蕎麦……世界の均衡は守れてもわたしは日本人の心を守れなかった……お腹空いた……おそばが食べたい……いやもう麺類なら何でもいい……霹靂庵のラーメン食べたい……ダイアンズダイナーのカルボナーラ食べたい……】」
川縁の柵にしがみつく形でしゃがみこんだまま、結理はぶつぶつと嘆きを呟いていた。肩の上にはソニックが乗っていて、慰めているつもりなのかぺしぺしと少女を叩いている。その様子をどうしたものかと眺めていたレオは、ふと視界の端に入った光景を見て少しだけ驚いたように息をのんでから結理に歩み寄った。
「ユーリ、ユーリ、」
「……レオ君ってちぢれ麺ぽいよね」
「誰の頭がちぢれ麺だ。ほら、あれ」
「?」
こちらを見るなりさらりと失礼なことを言ってくる結理を立たせてやりながら、レオは自分が見た光景を指さす。ヘルサレムズ・ロットの中でも比較的霧の薄い地域の川沿いは建造物も少なく、昇る朝日が綺麗に見えた。
「……うわあ…!」
赤く輝く太陽を目にした結理は、目を丸くしてその景色に見入っていた。
「初日の出…!!」
「日本人って、1月1日の日の出を大事にしてるんだろ?」
「え、よく知ってるねレオ君?」
「この間ザップさんが言ってたんだ」
「あー……ザップさんって何か知んないけど日本の文化ちょいちょい知ってるよね。ジャパニーズスイーツとか妙に詳しいし。」
「流派が流派だからかな?」と呟きながら、結理は日の出を眺めている。ひとまずは、日本式の年末を過ごせなかった嘆きは薄れてくれたようだ。
昇る朝日に向かって両手を合わせ、静かに一礼をする少女の姿は厳かに見えた。
そうして顔を上げた時には、結理からは夜中に見せていた殺気全開の表情も、先程の嘆き倒していた空気や厳かな雰囲気も全て消えていて、いつもの明るい少女の表情に戻っていた。その様子にレオも表情を緩める。
「今年も宜しくお願いします。レオ君」
「今年も宜しくお願いします。ユーリ」
どちらともなしにお辞儀をして、少女と少年は笑い合った。
end.
2024年8月28日 再掲