歪な寂しがり屋
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「人と、血界の眷属と、それ以外のいくつもの人外。その全ての血を引きながら当然のように正気を保っている。それぞれの本能に翻弄され、いつ気が狂ったっておかしくはないはずなのにその前兆すら見せる様子がない。更に制限や対価はあれど血界の眷属としての力をその半端な体で自在に操っているなど奇跡に近い。異常な存在でありながら普通で居る。人間と共に在ろうとする。そう、君は歪なんだよ、一之瀬結理。歪は普通かい?違うだろう?」
「……そんなの、わたし以外にも」
「いないよ。似たような者はいても君程の歪はヘルサレムズ・ロットのみならずこの世界には存在し得ない」
反論しようとする少女を遮って、堕落王ははっきりと告げた。
「いずれ君は孤立する。彼等といつまでもいられないことは、君だって分かってるだろう?」
「………」
「アリギュラちゃんがその辺をちょっと心配していたよ。一人になるいつかが来る前に、こっち側にくればいいのにってね。僕等なら君を孤立させたりはしない」
そう言って笑いかけてくる堕落王に、からかいの色はなかった。研究対象という名の下心があるのは透けて見えていたが、それ以外のものも感じ取れた。
「どうだい?僕等の側に加わる気はないかな?寂しがり屋の『理に背く者―ディストート―』」
「お断りします」
「あっはっはっは!やっぱり即答か!予想通りなのはつまらないな!!」
言葉とは裏腹に、堕落王は心底楽しげに笑いながらそう言ってから椅子から立ち、結理の鎖骨の中間辺りに触れた。驚きと嫌悪の混じった表情で見上げる少女に、堕落王はにたりと笑みを返す。
「君が孤立に耐え切れなくなるその時まで、君を大事に思う者達とせいぜい馴れ合っていればいいよ!退屈凌ぎも兼ねて全力で邪魔させてもらうけどね!」
そのままぐっと、押し出す様に堕落王は結理を押した。椅子が引っ繰り返り、そのまま床に倒れるといった所で、背後から風が吹いて浮遊感に包まれる。
空間を繋いで外に放り出されたのだと気付いた時には、招かれた部屋も招いた本人も遠のいていた。
「またお誘いに行くよ!一之瀬結理!」
「ふ……ざけんなぁぁっ!毎回落とすなあぁぁぁぁぁ……!!」
渾身の力で叫ぶことを優先した為、息を吐き切った時には強烈なめまいに襲われていた。無事に着地する為の対策をとろうとするが、魔力を練り上げるどころか腕を動かすことすらままならない。
(ヤバい……これ……)
せめて即死だけは避けたいと祈るような気持ちになりつつ、成す術もなく地面に叩きつけられる覚悟を決めた直後、貧血でも唯一衰えない探知能力が慣れ親しんだ気配を捉えた。
「結理!!」
聞き慣れた声が自分の名前を呼んだ直後に、落下が止まった。衝撃はあったが痛みはなく、どこかを負傷した感覚もない。
誰かが受け止めてくれたのだと理解した時には、視界には赤が映っていた。
「ク、ラウスさん…?」
「怪我はないかね?」
「……はい……けど……死ぬかと思いましたあぁぁぁぁ……!!」
色々な緊張からの解放と安堵で、結理はしぼんでしまいそうなほどの大きなため息をつきながら、受け止めてくれたクラウスに縋るようにしがみついた。いつもならば余計な心配をさせまいともう少し繕おうとするのだが、今日に限ってはそんな余裕もない。涙まで出てきそうになったがそれは流石に堪えた。
「堕落王に拉致られたんですぅぅぅぅ…っ!貧血で動けないし例によって放り出すしでほんと……っ……ぅ……」
「結理?」
愚痴るようにまくし立てようとしたが、それは唐突に訪れた違和感に遮られた。首の下辺り、ちょうど先程堕落王に触れられた辺りが痛みを伴った熱を持っている。強烈な既視感と凄まじく嫌な予感がしながらシャツを引っ張り下げると、痛みと熱の原因であろう幾何学的な文様が肌に張り付いていた。
その文様には、嫌になるほど見覚えがあった。
「これは…!」
「嘘でしょ…!?」
『やあヘルサレムズ・ロットの諸君!堕落王フェムトだよ!けれど今日は君達全体にじゃなくてライブラ共へのお知らせさ!』
嫌な予感が的中した所で、更に予感を確定させるかのような放送が響き渡った。街灯モニターをジャックした堕落王は、腹が立つほど楽しげな笑みを浮かべている。
『君達の所の可愛い構成員に、ちょっとした術式を張り付けさせてもらったよ!その術式は以前の使い回しだが、今回は僕がこれから召喚する魔獣を引きつけることだけに特化させてある。解除法も以前とは別で、同じ術式を持つ魔獣を殲滅すればゲーム終了だ。今回はとっても良心的で、引っかけもないし魔獣も再生したりはしない!何でそんなシンプルなのかって?ただの在庫処分の嫌がらせだからだよ!まあ信じるか信じないかは君達次第だけどねぇ……ただし!彼女自身が魔獣に攻撃すればその瞬間に術式が変換されて爆弾と化すから、首から上を吹っ飛ばされても生きていられる自信がなければ大人しく逃げ回ってい給え!たまには守られるだけの非力なお姫様なんてのもいいだろう?』
「……いいわけあるかああああ!ぁぅぅ……」
例によって身勝手なゲーム開始を宣言する堕落王に結理は全力で叫ぶが、再びめまいに襲われる。補給を完全に忘れていたことをようやく思い出し、力の入らない手でポケットを探って血晶石を取り出して口に放り込んだ。
『では60秒後にゲームスタートだ。良心的な鬼ごっこをせいぜい楽しむといい!』
「あいつほんとマジコロス…!っ?」
ギリギリと歯噛みするように血晶石を噛み砕きながら唸っていると、不意に自分を抱えていた腕に抱き寄せられるように力がこもった。訝しげにクラウスの方を見た結理は、その顔を間近で見てしまって若干後悔した。
(こわっ…!超怖い!クラウスさん超怒ってらっしゃる…!!)
「……総員に告ぐ」
静かな、だが空気すら潰されてしまいそうなほどの圧力を伴った声が通信に乗せられた。
「一之瀬結理が堕落王のターゲットとして利用された。彼女は既に保護している。我々は、召喚される魔獣を殲滅し結理を守り抜く」
『……了解』
クラウスの通達に返ってきた声達は、通信越しでも分かる程殺気と闘気が込められていた。自分に向けられている訳ではないがある意味自分がきっかけであるその空気に、結理は申し訳なさやら何やらで顔を引きつらせる。
「……結理、」
「はぃ……」
「君には指一本触れさせない。必ずだ」
「……はい……」
空気に押し切られた結理は、自分も戦うとは言い出せずに頷いた。
それから少しだけ、クラウスに気付かれないようにこっそり笑みを漏らす。
(……あーもー……わたしほんと不謹慎…!)
自分がきっかけで騒動が起こってしまっていることは非常に申し訳ないし、自分で解決することができそうにないのも歯痒い。
けれど同時に、守られているという状況を嬉しくも思ってしまった。不謹慎だとは分かっていても、仲間達に気にかけられているという状況がくすぐったくもあり、暖かい。
だからこそ、ただ守られているだけの自分というのは許せなかった。
「クラウスさん、戦うのは出来ないっぽいですけど、誘導ぐらいはやらせて下さい。守られっ放しは嫌です」
「……承知した。だが必ず誰かと行動し、単独では動かないでくれ」
「了解しました」
頷いてから、結理は既に暗くなっているモニターを一瞥した。
(残念だけど、いつか孤立したってわたしは押し潰されたりしませんよ。堕落王……)
「だって、この『今』がわたしを支えてくれるから……」