徹夜明けにご用心
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それから、アルバイト終わりで顔を出したレオと同じタイミングでやってきたザップに買い出しを頼んだり、大道芸の営業を終えて帰ってきたツェッドや、緊急ではないが重要な情報を持ってきたチェインに簡単な雑務を頼んだり、こちらも別口で忙しいらしいクラウスに確認を取ったり、外で起きた騒動を斗流兄弟弟子と共に現場に出た結理が迅速かつ問答無用で制圧している内に、書類の山は少しずつ減っていっていた。時折食事休憩(といってもほぼ片手間に書類に向かっていたが)もしくはシャワー休憩を取り、再び書類に向かっている間に外は二度暗くなった。
そうして未処理の山が完全になくなった頃には、結理が書類処理に加わってから三度目の夜を迎えていた。
「お、わっ、たー……」
叫ぶ気力もなく、結理は大きくため息をついてから側に置いてあった牛乳を一気に飲み干した。ちらりと横を見やると、スティーブンがぐったりと机に突っ伏している。ほぼ初めて見るそんな姿に、結理は心配するよりも先に珍しいから写真でも撮ろうかと考えていた。
「……大丈夫……なわけないですよね……」
「ああ全く大丈夫じゃない」
問いと独り言の中間のような言葉に力の入っていない即答が返ってきた。これは重症だなあと思いつつ、結理はスティーブンの側まで行くと、隠れて見えない顔を覗き込むように屈んで肩に手を置く。
「とりあえず、ちゃんとベッドで寝た方がいいですよ。仮眠室まで頑張ってください」
声をかけるとスティーブンはのろのろと顔を上げた。滅多に見られない憔悴した顔と微妙に焦点の合っていない目で結理を見ると、緩慢な動作で腕を伸ばし、
「っ?うわっ……!?」
結理の小柄な体を抱き寄せた。予想外の動きと徹夜の疲労で反応が遅れた結理は、抵抗する間もなく腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「すすすすすすスティーブンさん…!!!?」
「あー……ちょうどいいな。うん、やっぱりちょうどいい」
「ちょ……ええ!?な、何の話ですか…!?」
疲労の中にどこか満足そうな色の混ざった声で息をつきながら、戸惑いの声を上げる少女にお構いなしに少しだけ腕に力を込める。
そして信じられない一言を発した。
「このまま一緒に寝よう」
「…………はあ!?」
「耳元で大声を出さないでくれ……」
「いやいやいや!自分が何言ってるか分かってるんですか!?何で一緒に寝るんですか!いいこと何もないですよ!?」
「色々ちょうどいいんだ……何もいやらしいことをしようって訳じゃない。抱き枕になってくればそれでいいから一緒に寝てくれ……」
「もう一回言いますよ?自分が何言ってるか分かってるんですか…!?てゆうかいやらしいこととかさらっと言わないでください…!!」
「そんな駄々を捏ねないでくれよ……俺は寝たいんだ……」
「いや何でわたしの方が悪いみたいに……あーもー分かりました寝ましょう。抱き枕でも何でもなってあげますから、とにかく仮眠室行きましょう?」
噛み合っていそうで全く噛み合っていない応酬の後、折れたのは結理の方だった。
実の所結理も限界間近だったので面倒くさくなっただけなのだが、諦めきったため息をついて宥めるようにスティーブンの背中を軽く叩く。それで満足がいったのか、先程までの緩慢な動きとは打って変わってさっさと少女を抱え上げると仮眠室に向かい始めた。先程から予想外の言動の連発で、色々な意味で大丈夫かこの人…!?と結理は思ったが、また話がこじれても面倒なので抵抗も抗議もしない。
仮眠室に着くと、スティーブンは手馴れた動作で丁寧に結理をベッドに下し、自分もその隣に倒れ込むように寝転がった。体格のいい者が多いライブラの仮眠室のベッドはやや大きめで、二人で寝てもさほど手狭にはならない。ましてや、片方が小柄な少女なら尚更だ。終始無言で毛布を引っ張り上げてかぶり、結理を抱き寄せると力を抜くようにため息をついた。
「……あ、あの、スティーブンさん?いいって言っといてあれなんですけど、本当に一緒に寝るんですか……?」
恐る恐る進言した結理だったが、相手からの反応はなかった。顔を上げられないので確認はできないが、呼吸のリズムから既に寝入ってしまっているらしいことは分かった。
(おやすみ三秒…!!?何それ実在するのっ!!?)
思わず声に出して叫びそうになったが、ようやく得られた睡眠時間を奪うわけにはいかないと、ギリギリで踏み止まった。
(ていうか……本当に何なのこの状況……)
疲労やら色々なものに根負けして抱き枕にされるという状況を受け入れてしまったが、体勢が落ち着くと戸惑いがぶり返してきた。熟睡しているのなら抜け出してしまおうかとも思ったが、背中に回っている腕は寝ているとは思えないほど強く結理を抱きしめているので、無理に引き剥がすと起きてしまうかもしれない。錯乱していると思えるほど疲れている相手を起こすのは申し訳ないし、起きてまたおかしなことを言われても対応できる自信がない。
何より……
(……どうしよう……ちょっと……いや結構緊張するけど……嫌じゃない……)
そう思っている自分がいることに気付いてしまった。
背中に触れている手が、冷たいとまではいかないが少し低めの体温が、一定のリズムで刻まれる鼓動が、自分のでない呼吸音が聞こえてくるのが心地いい。誰かとここまで密着して眠るなどそうそうあることではないし、互いに気を許していなければまずあり得ない。そんな、安心感のようなものが次第に結理の思考を蕩けさせ、忘れかけていた疲労と共に眠気を誘う。
(……まあ……いいか……)
ただ眠るだけだと結論のようなものを出したきり、結理はそれ以上考えるのを放棄した。