日常に至る経緯1
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……一之瀬結理君、」
「……うぇ!?はい!」
「人の血を吸った経験はあるのだろうか?」
「あー……あります」
誤魔化そうか迷ったけど、嘘ついて心証悪くなったら余計ややこしいことになるだろうから正直に答えた。それにやましい理由じゃないし。
「けど騒動に巻き込まれて本当の本当に緊急事態だったんで、合意の上でちょっとなめさせてもらった程度です。あとは輸血パック拝借したことありますけどそれも同じ理由です。吸血衝動の類は基本的にありませんしそもそも血は主食でも何でもないです」
人外と吸血鬼と人間の血が混じり合ってるせいか、わたしはダンピールだったお父さんやひいばあちゃんより吸血衝動が薄い、っていうかほぼない。牛乳と鉄分の多いものとっとけば全然問題ない。血液パック拝借したり自分の血を魔力で固めたやつを口にすることはあるけど、それは貧血の時に手元に何にもなかった場合の非常食や緊急の時の起爆剤代わりでしか使わない。
でも証拠もないしなあ……一カ月ぐらい監視張り付けてくれれば証明になるかな…?
「……ならば、問題ないのではないか?」
「……え?」
色々考えてたら割とあっさりと、クラウスさんはそう言い切った。今どう説得しようかちょっと悩んでたんだけど……逆にどうしていいのこれ…?
「そう思わないか?スティーブン」
「えぇ…!?」
話を振られるとは思ってなかったみたいで、スティーブンさんが不意打ち食らったみたいにぎょっとしてからわたしの方を見て、困ったように首をかいた。
「あー……まあ、お嬢さんの言うことを信じるとするなら、ね……先の騒動で見せた戦闘能力に感知能力。咄嗟の判断力も申し分ない。相当肝も据わってるようだ。それに『同族殺し』。裏付けはまだだがそれが本当なら『牙狩り』としても欲しい逸材だ」
「ならば構わないと思うのだが……」
「…………それが君の決定なら従うよ。今の所否定する要素はないね」
あ、スティーブンさん今さじ投げた。わたしのことかってくれてるっぽいのは嬉しいけどいいのかそれで。憶測だけどあなた副官とかじゃないのか?止めるのが仕事じゃないのか。それともクラウスさん聞いてくんないのか。多分後者だ。ケンカになってもやっぱ殺そうとかになっても困るからいいんですけれど。
「結理君、」
「はい」
「君の血統を理解した上で、改めて君をライブラへ迎え入れたい。勿論、同志として」
「…………」
「……どうだろうか?」
「……理由を……」
わたしはすぐに返事をできなかった。
クラウスさんはいい人だ。少ししか話してないけど、それでも分かるぐらいすごくすごく、いい人だ。でも組織の、それもあんな騒動に当たり前のように立ち向かう秘密結社のリーダーとして、そのままでいるのはきっと難しい。
わたしが吸血鬼に連なる者だって分かってるならなおさら、ただ能力をかってるだけとは思えなかった。
「保護でも、監禁でも、サンプルでもなく、同志として迎えたいと言える理由を聞かせてください。わたしには、あなた達の敵の血が流れてるんでしょう?」
「君は今、血を吸ったことがあるのかと問われ、隠すことなく肯定したね?君が何か思惑を抱えているのなら、己が不利になる情報を開示するような危険は冒さないと判断した」
…………え、嘘、それだけで?
って思ったけど、クラウスさんはまだ続けた。
「それだけではない。いや、むしろこちらの方が大きな理由だ。あの騒動の最中、君は自分の命がかかっているという状況にも拘らず、一瞬の躊躇もなく他者を助けようと動いた。公園にいた母子だけではない、まだ警戒していてある程度は力量を見抜いていたはずのスティーブンのこともだ。力無き者を守らなければならない。目の前の危機を放っておけない。その行動に偽りはなかった。そんな意志を持つ君だからこそ、共に戦う同志として迎え入れるに値する、君を同志として迎え入れたいと思ったのだ」
「…………」
……信じられない。
クラウスさんは、本当にわたしをわたしとしてかってる。正体不明な異次元の存在でも、吸血鬼の血を持つ危険人物でもなくて、『一之瀬結理』としてわたしを見てる。
わたしを真っ直ぐに見つめる緑の目はあの時と、わたしに信じて欲しいと言った時と何にも変わってない。
思わずスティーブンさんの方を見ると、わたしの視線の意味を察したスティーブンさんは肩をすくめて苦笑した。そういう奴なんだと、声のない言葉で言われた。
「返事を聞かせてほしい。一之瀬結理君」
「……分かりました」
そこまで言われたら、わたしにも拒否する要素なんてなかった。
何よりこの人に、クラウスさんについていきたい。クラウスさんの期待に応えたい。この人を裏切ってはいけない。裏切りたくない。そう思った。
「わたしを、ライブラに入れてください。お願いします」
「うむ」
「ようこそ、『ライブラ』へ」