幕間:正しいレディの扱い方
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その日のヘルサレムズ・ロットは珍しく大きな騒動もなく、秘密結社ライブラの事務所でも平穏な時間が流れていた。
「お嬢さん、ちょっと資料取ってきてくれるか?Dの棚の上から三段目にある茶色のファイルだ」
「はーい」
書類整理の補佐をしていた結理は、スティーブンからの要請に返事をして執務室の壁の一面に備え付けてある本棚に駆けていった。指定された棚にざっと目を通して目的のものを探す。
「えっと……三段目の……あ、あった」
探し物はすぐに見つかったが、本棚の高さは少女の背丈を軽く超えていた。目的のファイルはめいっぱい背伸びをしてギリギリ届くかどうかという高さの位置にあり、結理は少し迷ってから取れるかどうかを試す為に、本棚の上部に手を伸ばした。
「よっ……ん!ああダメか……え?う、わ…!?」
「これで届くだろうか?」
「クラウスさん…!?」
ファイルには指が触れる程度しか届かず、仕方なしに踏み台か何かを探そうとした所で、不意に体が宙に浮く感覚と一緒に声をかけられた。何でもないように持ち上げられた結理は驚いて持ち上げた本人であるクラウスに振り向いたが、すぐに本棚に視線を戻してファイルを取った。それを確認してから、クラウスは少女を床に下ろす。
「ありがとうございました」
「クラウスー……そこに脚立があったんだし、そもそもわざわざ持ち上げないで君が取ってやればよかったんじゃないか?」
「っ!すまない、困っているようだったのでつい……」
「いえいえ!」
からかうような指摘をスティーブンから受けたクラウスは、言われてようやく気付いたようでばつが悪そうに肩を落とした。それを見た結理は、ファイルを抱えたまま慌ててフォローの言葉を入れる。
「脚立出し入れするのも手間ですし、助かりました!あー、まあ……びっくりはしましたけど……」
えへへ……とはにかんだ笑みを見せてそう言ってから、結理は自分の仕事に戻った。
大きな騒動というのは嵐に似ている。
巻き起こる直前は喧騒の中にも奇妙な静けさがあり、事が起これば圧倒的な暴力とスピードで駆け巡り、終わればまた静けさが訪れ、人々はその爪痕を隠すかも度に戻そうとするかそれらしく作り変える。
そんな騒動が今日も起こり、それを鎮圧したHLに、束の間の平穏が流れていた。
「……『それ』は何だい?クラウス」
事後処理ついでの休憩を終えて事務所に戻り、最初に目に入った光景にスティーブンが問いかけると、クラウスは無言で人差し指を立てた。彼は現在数人がけのソファに座っていて、隣には結理もいる。
正確に言うと、少女はクラウスの足の上に頭を乗せた、所謂膝枕をされている状態で寝息を立てていた。肩まで毛布をかけて眠っている結理は、眠りが深いのか起きる気配もない。
「かなり疲れていたようだ。ペンを手に持って座ったまま眠ってしまっていた」
「いやそれもだけど……何があってその状態になったんだ?」
「?座ったままでは寝苦しいだろうと思ったのだ。大きく移動させて起こしてしまっては申し訳がない」
「…………そうか」
どこか怪訝そうな様子での回答を聞いたスティーブンは、それ以上問いを重ねることはせずに簡潔に返した。
言いたいことや聞きたいことはもう少しあったのだが、あやされているように肩に手を乗せられた結理の寝顔があまりにも安らかであどけなかったので、何となく言う気が失せてしまった。
「ごごごごごごめんなさいクラウスさん!!わたしってば何て事を…!!!」
「気にすることではない。疲れている時は無理をせず休んだ方がいい」
「いやそうゆうことではなくて…!何て恐れ多いことを……!!」
それから数十分後、執務室内では盛大に顔を引きつらせた結理が必死な様子でクラウスに謝る姿があった。