日常に至る経緯1
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
路地を抜けて道路を渡ると、傷の人……スティーブンさんが言った通り広い公園があった。広場には人間人外問わずに何人かいたけど、わたしの顔を見るとそそくさと逃げてくれた。よかった、殺しとこうタイプだったらどうしようかと思った……
魔獣の気配はまだ遠いけど、遅くてもあと五、六分以内には全部来るぐらいの距離にいる。
広場の真ん中まで来て、ため息をついてから何となく周囲を見回した。すごい静かで、これから戦闘が起こるなんて思えないくらいのどかだ……あ、そういえば魔法陣の熱引いてる。何だったんだろう…?
「……そうだクラウスさん、お聞きしたいことがあるんですけどいいですか?」
「何かな?」
「堕落王フェムトの人となりを、知ってる範囲でいいんで出来るだけ詳しく教えてください」
「堕落王フェムトか……」
考えるように少しだけ黙ってから、クラウスさんは堕落王のことを教えてくれた。
堕落王フェムトとはヘルサレムズ・ロットを代表する稀代の怪人で、千年以上生きてあらゆる魔導を練り上げたブラッドブリードとも噂されてる、謎の多い人物でもあるらしい。
性格は極めて狡猾で快楽主義で破滅思考。複雑怪奇な魔導と一匹でも都市一つ壊滅に追い込めるような生物兵器を難なくいくつも使いこなす頭脳を、退屈しのぎと称してもっぱらこういった嫌がらせ的な、それでいてかなり大事になる騒動に使っているとか……
まとめると、天才的に迷惑な愉快犯、って感じだろう。
「うーん……てことはやっぱり、魔獣以外の方法でわたしが死んでもアウト、って可能性が高いですね……」
今わたしが自決するなり誰かに殺されるなりしたら、その瞬間に魔獣が分裂して増える可能性が高い。マーキングのくだりだけ懇切丁寧に喋ってたのは妙だと思ったけど、誰かがわたしを殺すようにしむけて、死んだら残念でしたー!魔獣は増えまーす!とか高らかに宣言するつもりなのかもしれない。
何か……同時攻撃のヒントも本当か怪しくなってきたなあ……
「……結理君、私からも聞いていいだろうか?」
「え?はい、何ですか?」
「堕落王は君のことを、異界とも違う異次元から来たと言っていた。それは、パラレルワールドと呼ばれる世界から来た、と言うことなのだろうか?」
「はい、それで合ってます」
「堕落王に引っ張られてきたと…?」
「あ、それは違います。この世界には自分の力で来ました」
「っ!次元を飛び越える力を持っているのか…!?」
「はい。力って言うか、そうゆう魔法があるんです」
即答すると、クラウスさんは滅茶苦茶びっくりした顔になった。成程、この世界は次元を飛び越えるのはかなりすごい超常現象なのか……何でもありの結構びっくりな世界観ぽいのに逆に不思議だ……
「ていっても、そうホイホイ使えるもんじゃないです。次元を超える魔法は禁呪中の禁呪ですから。一回使うとしばらくは使えなくなるし、手順をとちるとわたし自身にダメージきますし。まあ、今はもう慣れたんでよっぽど変なことしない限りは失敗しませんけど、本来なら使うべきじゃない危険な魔法ってことに変わりはありません」
「…何故、そんな危険を冒してまで次元を越えているのだ?」
「色々あるんですけど、今は定住できそうな世界を探すのがメイン、ですかね…?故郷は……家族もですけど世界ごと滅んじゃったんで、帰る所もありませんし……」
「……すまない。辛いことを思い出させてしまった」
「っ!?ああああ!だ、大丈夫です!昔の話ですから!」
故郷のくだりを聞いたクラウスさんが大きい体を丸めてしゅんとするから、わたしは慌ててなだめた。何か大型犬みたいな人だな…!第一印象が消し飛びそうなぐらい真面目でいい人なのが、ほんの数分の会話ですごい伝わってくる。顔と体格で損してそうだなあ……
「あ!ほ、ほら!魔獣!もうすぐ来ます!!」
「!」
誤魔化すのと本当に来てるのとでわたしがそう言うと、クラウスさんは今あった表情をすっと消して背筋を伸ばした。ちょっと不思議な形のナックルを握り締める音が聞こえて、わたしもつられるみたいに居住まいを正した。
こういうオンオフの切り替えがすっと出来る所で、クラウスさんがタダ者じゃないっていうのが分かる。
「何体来るかは分かるか?」
「今すぐ来るのは1体です。残りもすぐ後ぐらいに来ます」
そう言ってる間に、最初の1体が来た。構えたわたしをかばうみたいにクラウスさんが前に出て、正面から迎え撃つ態勢をとる。え、魔獣結構おっきいんだけど……って思ったけど、そんな心配は全くの無用だった。
「ブレングリード流血闘術……推して参る」
「!!!?」
地に足をついたまま放たれた拳は、魔獣を一撃で粉砕した。いや、見た目からして強い人だとは思ってたけど、まさか一撃粉砕……すごいって言うかもう……ダメだ、すごいしか出てこない。
……って、ボケッとしてる場合じゃなかった。わたしは即座に振り向きながら駆け出して、後ろから飛びかかってきた魔獣に向かって腕を振り下す。
「『血術』……『鞭―バインド―』!」
赤い鞭で魔獣を縛り上げて、突っ込んできた勢いを利用してぶん投げる。飛んでった魔獣は前から突っ込んできた魔獣とぶつかって地面に落ちた。
「『血術』……」
振り返るとクラウスさんが2体の魔獣を相手してるから、わたしは別の魔獣に攻撃しようとして……
「っ!!」
残り1体の魔獣の視線の先に、赤ちゃんを抱いたお母さんがいるのに気付いた。魔獣がロックオンしてるってことは、多分目が合っちゃったんだろう。この騒動を知らないのか逃げ遅れたのか……とにかく何で…!?って思うよりも早く駆け出して魔獣と母子の間に入りながら、無理矢理術を変えた。
「『壁―ウォール―』!!」
わたしと魔獣の間に赤い壁を展開させる。
魔獣が壁にぶち当たった音を聞きながら振り向くと、お母さんはびっくりした顔をしてるけど、二人に怪我はない。赤ちゃんが泣きだしちゃったけど……ごめんね、緊急事態だから許して。
「早く逃げて!!」
わたしが声を飛ばすと、お母さんは慌てて我に返ったみたいに出口に向かって走り出した。多分、無事に公園からは出られるだろう。それを確認してから壁を解除すると同時に、両腕を振るった。
「『血術』……『刃鞭』!」
向かってきた魔獣2体と起き上ろうともがいてた1体を順番に切り刻んで、クラウスさんの所に戻る。
ていうか…発動直前で無理矢理術変えたから腕というか血管というかが痛い。お父さんやじいちゃんがいたら未熟だなあって笑い飛ばされてる。
「いたたたたたた……」
わたしが痛いのを誤魔化す為に腕をさすってる間に、クラウスさんも魔獣を倒して周囲はまた静かになる。
その途端、魔法陣がさっきよりも強い熱を持ち始めて、魔獣がまた再生を始めた。
「……ぅ……」
「結理君?」
「大丈夫です。それより6体いっぺんに倒す、ってできますか?話聞く限り堕落王が分かりやすいヒント出す気はしないけど、同時攻撃って言ってる以上試してみる価値はあると思います。わたしじゃそうゆうのちょっと難しいんで……」
「うむ、やってみよう。合図をしたら回避をしてくれ」
「はい」
頷いてクラウスさんは構えた。わたしもクラウスさんと背中合わせになるように立って、軽く構える。魔獣はとっくに回復してて、わたし達を取り囲んで襲いかかるタイミングを狙ってるように見える。
ざりっ、と、わたしかクラウスさんか、もしかしたら両方の靴が地面をこすった。その音を合図にしたみたいに、魔獣が一斉に飛びかかってきた。
「今だ!」
クラウスさんの合図で、わたしは上に向かって跳んだ。いきなり跳び上がったわたしの姿を見失ったのかとりあえず目に付いたから襲おうと思ったのか、魔獣達は真っ直ぐクラウスさんを狙う。
「ブレングリード流血闘術――11式」
クラウスさんが拳を振りかぶった瞬間、ナックルに空いた穴から赤い液体が噴き出した。
血の匂い……もしかしてわたしの『血術』と似た術…?
「旋回式連突―ヴィルベルシュトルウム―」
放たれた赤い十字の刃が6体の魔獣に同時に突き刺さった。うわすごい……術そのものもすごいけど見た目がすごいかっこいい……!
魔獣は悲鳴も上げないで真っ二つになって、1体残らず地面に落ちる。