日常に至る経緯9
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それから2時間ぐらいかけて、わたしはクラウスさんの指示の元鉢増しやら配置の相談やらをして、何故か最終的には肥料談義というか知識の擦り合わせみたいなことまでしていた。こんな大きな温室を一人で見てるぐらいだから、やっぱりクラウスさんの知識や経験値はすごくて、久しぶりに植物の講義も聞けて少し、楽しかった。
「お二人とも、そろそろ休憩なさってはいかがですか?」
話が一区切りついた所で、いつの間にか来てたギルベルトさんがそう言ってくれたので、わたし達は温室の奥にあるテラス?じゃないか、屋根の下だし。何と言っていいか分からないけど、休憩スペースみたいな所でおやつタイムになった。お茶受けは、さっきクラウスさんが買ってたドーナツと、ギルベルトさんのお手製クッキー。
「……!!!何これすごいおいしい…!!こんなおいしいクッキー食べたことないです!!」
「ありがとうございます」
素直な感想を隠さないで言うと、ギルベルトさんは穏やかに笑った。何か今日すごいおいしい日だ…!マダムにもらったサンドウィッチもおいしかったしドーナツも紅茶もおいしいし食べ物運が超高い…!今日一日で舌が肥えそうだ。
「何かありがとうございます。鉢植え置かせてもらうどころかこんなおいしいおやつまでごちそうになって…!」
「いや、こちらこそ色々と手伝いをしてもらいとても助かった」
自分でも相当緩み切ってると思う顔でお礼を言うと、それにつられたみたいにクラウスさんもいつもより穏やかな顔でそう言った。
「どうだね最近は?この街にも大分慣れたかな?」
「はい!最初はびっくりの連続でしたけど、最近はそれも何か面白くなってきましたし、案外普通な所もあって楽しいです」
「それは良かった。何かと騒動も多く、色々と窮屈な思いをさせてしまっていることもあるだろうと心配していたのだ」
「そんなことないですよ!一人暮らしや副業も許してもらってますし、結構自由にやらせてもらってます」
吸血鬼の血統なことは相当警戒されてたみたいだから、こんなに普通に暮らせてるのにはちょっと驚いてる。多分まだ素行調査的なのはされてるかもしれないけど、こっちも別にやましいことはしてないから構わない。
前にスティーブンさんが言ってたけど、その隠さない感じが逆に無暗な警戒や監視から遠ざけてくれてるらしい。自分のそんなテキトーな性格に助けられてるのは中々複雑だけど……
「本当に……色々旅してきましたけど、こんなに普通に暮らしてるの、ほとんど初めてかもしれないです」
今まで行った世界でも、誰かの家や大小問わずどっかの会社で居候みたいなことはしたけど、期間限定で間借りしてる仮宿って感覚の方が強かった。いつかは旅立つつもりで、あんまり感情移入はしないようにしたり、自分の痕跡をできるだけ残さないようにしてた。
けど今は……少し違う。確かにこの世界に来るちょっと前に、いい加減腰を据えられる所を探した方がいいのかな?って考えてはいたけど、それだけじゃない。
わたしが色んな世界を巡ってたのには『目的』があった。けどその『目的』が果たされたら……例え一生果たされることが無くても、ここに帰ってこようって思ってる自分がいる。
剣呑で物騒で毎日が大惨事で、でも平穏で明るくて眩しいこのヘルサレムズ・ロットが、いつの間にか好きになってた。
「あの日、クラウスさんと出会ってなかったら、きっとこんなに楽しく暮らしてなかったと思います」
この世界に来てよかったって、今は心から思ってる。
そう思わせてくれたのはクラウスさんと、ライブラのみんなと、この街だ。
「出会えてよかったです」
「……私もだ」
「…!えへへ……」
短いけど、それだけで十分過ぎるくらい伝わってくる言葉が、すごくくすぐったくてすごく嬉しかった。
日序に至る経緯9 了
2024年8月18日 再掲