日常に至る経緯8
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堕落王が巻き起こした騒動は比較的穏やかに収束し(通りが一つ根こそぎめくれ上がり雑居ビルが三棟倒壊したぐらいならば大分穏やかな部類に入る)、ヘルサレムズ・ロットにはいつもの剣呑で平穏な日常が戻ってきた。
負傷こそしなかったものの貧血を起こして動けなくなった結理も、ライブラの事務所まで『運搬』されて補給もしたので、既に回復して報告書を作成している。
勿論、騒動を収める為にザップから血を分けてもらったことは包み隠さず報告した。
「律儀だなお嬢さん。黙っとけばバレなかったかもしれないのに」
「こうゆうのはまあいいやで報告しないと後々こじれるんで」
そう言って苦笑するスティーブンに、結理は当然だと言いたげに返した。それからふと思う所があるように眉を寄せる。
「てゆうか……ザップさん何も言わなかったんですか?」
「血をあげたことについては何も。君があとちょっとの所でガス欠になってあいつが止めを刺したくだりだけ、事細かに報告してくれたけどね」
「事実だけに反論しづらいですねぇ……」
(面倒だから言わなかったのかな…?)
結理が補給をしている間に先に報告を終えて、騒動の前に言い渡されるはずだった『おつかい』に走らされた先輩を思いつつ、結理はやや表情を曇らせて恐る恐るといった風に続ける。
「……やっぱ、血を飲んだのはマズかったですか?」
「こっちに打診されてたら手放しで了承はできなかっただろうな」
「ですよね……」
「だがザップと結理君の働きで被害を最小限に抑えることが出来た。結果論ではあるが緊急事態でもあったし、問題として取り上げる事はない」
「ありがとうございます」
「それより、体の方は大丈夫なのかね?」
「はい。貧血ももう治りました」
本題はこっちだと言わんばかりに体調を尋ねてくるクラウスに思わず苦笑しつつ、結理はすぐに頷いた。貧血を起こす度に倒れるので仕方がないと言えば仕方がないが、自分が情けなくもある。堕落王の指摘通りであることを認めるのは非常に癪だが、もっと気をつけなければと胸中で決意する。
「……本当に効かないんだな」
「え?あー……そういえば何ともなかったです」
言われて初めて気付き、結理は何ともなしに鳩尾の辺りに触れた。
吸血鬼の細胞に侵食し、ダメージを与える血液。それを摂取したにも拘らず、体へのダメージはおろか異常も全くない。
「よく考えたら相当リスキーなことしましたねわたし……」
(内臓爛れなくてよかった……)
「……あ、でももしかして、ザップさんは分かってたのかな…?」
「それはないな」
「ですよね」
即答に即答し返して、結理は堪え切れなくなったように笑みをこぼした。
「何て言うか……ザップさんってすごいですね」
選択すべきだが一歩躊躇う事柄を、躊躇うことなく踏み出して見せた。彼が何を思って即決したのかは結理には分からなかったが、その決断が事態を収めたのは紛れもない事実だ。
(やっぱちゃんと『先輩』なんだなあ……)
色々と目も当てられない所があるが、それと同じぐらい学ぶべき所もあると、結理は改めてそう感じていた。
しかし、
「…………………………」
「いやな?なるべく早く済まそうと思って借りたは良かったんだけどよ、すぐそこでギガフトマシフに遭遇しちまってよー、何しろ慣れねえのに乗ってたからハンドル切りきれなくてよー」
結理はへらへら笑いながらキーを見せるザップではなく、彼の後ろにある買ったばかりの自分の愛車を無言で見つめていた。
堕落王の起こした騒動の余波をくらって軽く塗装がはげた程度だったベスパは、路地裏で無残な姿へ変わり果てている。どうあがいても大破しているそれは、素人目に見ても修復が不可能なことが見てとれた。むしろ原形が残っているのが奇跡なくらいだ。
だがそれでも、資金を貯めてようやく買った新車のベスパが僅か半日で廃車になった事実に、結理はがっくりと肩を落としてうな垂れるしかなかった。
「おいおい泣くなって……堕落王の騒動ん時に壊れちまったと思えばいいじゃねえか。実際ギリギリだったし」
「………………ね……」
「あ?」
「ふざけんなこの糞猿しねえええええええ!!!!」
「ぐふっ!!」
罵声と共に放った掌底をザップの顎めがけて打ちこみながら、結理は先輩への評価を再度改めると共に、安易に高評価をつけることは絶対に止めようと固く誓ったとか……
日常に至る経緯8 了
2024年8月18日 再掲