日常に至る経緯8
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「……後で問題になりませんか?これ」
「バレなきゃ問題ねえだろ」
「……何かあったら弁護してくださいよ?」
それだけ言い置いてため息をつき、結理は躊躇いがちにザップの手を取った。掌の赤に唇を寄せ、舌を這わせる。
「ガキの癖にエロい顔すんじゃねえか」
「~~!」
からかうような声で呟くザップの足をげしげしと蹴りながら、口に含んだ血を飲み下した。喉を通り過ぎた瞬間、言いようのない衝動が体の奥底から沸き上がり、思わず顔をしかめる。だが衝動が収まるのを待っている時間はない。
「……これで決めます…!」
「あ、オイ待て!」
呻くように呟き、結理は再び騒動の中心へと向かった。
人造人間は相変わらず散歩でもしているような足取りで歩いていたが、『敵』が近付いてきた気配を察したのかぐるりと振り向いた。目が合うと同時に力を放ち、結理も即座に睨み返す。
「!?」
見えない力がぶつかり合い、押し負けたのは人造人間が放った方だった。わずかに驚いた表情を見せながら、どこにでもいそうな青年の姿が吹っ飛ぶ。相手が体勢を立て直す前に一気に距離を詰め、結理は両手の掌底同士を合わせて術を紡いだ。溢れ出した血が手にまとわりついて形を作り、研ぎ澄まされる。
「『血術』……『爪』!!」
振るわれた赤い刃爪は、人造人間の体を両断したかに見えた。
だが、寸前で攻撃が逸れる。念動力でギリギリ軌道を逸らされたのを感じながら、結理は地面に手をついた。
「『血の監獄―ジェイル―』!!」
地面から突き出た赤い棘の生えた壁が人造人間を挟み込む。手応えを感じる前に内側から壁が弾かれるが、それは予測していた動きだった。
どれだけ強くとも、念動力を放った直後は必ず隙が出来る。大きな力を放てば、その分隙も大きくなる。
「『鞭―バインド―』!」
その数瞬の隙を見逃さず、余波を念動力で振り払いながら放たれた赤い鞭は、人造人間を絡め取るように拘束した。全力で引き寄せ、畳みかけるように更に術を紡ぐ。
「『血術』……っ……」
無防備になっている人造人間に止めを刺そうと術を放ちかけた結理だったが、唐突に目の前がくらんで集中が途切れた。同時に赤い鞭も霧散して、人造人間が開放される。
(やばい……血が足りない…!?)
即座に血晶石を取り出そうとポケットに手を伸ばすが、人造人間が体勢を立て直す方が早い。今の状態で念動力を放たれたら、対抗できる手段がない。獲り損ねるぐらいならと無理矢理術を放つ。
「『炎術』!!」
放たれた炎は爆発するような勢いで辺りに撒き散らされた。だが肝心の人造人間は、ダメージを負った様子もなく結理を見下ろしている。術を制御しきれずに外してしまったのか念動力で防がれたのかは分からないが、獲り損ねたことだけは確実だった。
「く…!」
まずいと表情を歪めかけた次の瞬間、結理の真横を赤い殺気が通り過ぎた。
「…………!?」
「オイコラ」
反応できない程の速さの殺気に思わず固まった結理の耳に、苛立ちを隠さない声が届いた時には、同じく反応できなかったらしい人造人間に赤い刃が突き立っていた。明確に驚愕の表情を見せた相手に構わず、その刃は騒動の元凶を両断する。
「さっきから一人で突っ込んでってんじゃねえよ……クソガキ」
「ザップさん……」
呆けた表情で名前を呼びながらよろけた結理の腕をザップが掴んで支えた時には、人造人間は塵になって風に流れていっていた。数瞬の静寂が流れ、その後に響いたのは乾いた拍手だった。
『思っていたよりは早く終わったが、まあまあな結果だった。だが退屈凌ぎには程遠いな!自分のペース配分を読み違えるなどまだまだ下の下だ!』
「ふ……ざけんなあぁ!何が退屈凌ぎだクソ堕落王!!あうぅぅ……」
モニターの向こうで悠然とした態度で笑みを浮かべる堕落王に結理が全力で叫ぶが、直後に強烈なめまいを感じてうな垂れた。その様子が見えているのかいないのか、堕落王はにんまりと笑いながら手を振る。
『今日の所はこれでお開きとしよう。では諸君!また退屈が限界を超えたら遊びに来るよ!』
「アイツマジ次会ったら殴る……!!」
真っ暗になったモニターを睨み、ぎりぎりと歯噛みしながらポケットを探るが、目当ての血晶石の感触はなかった。他のポケットも探っても、どこにも入っていない。
「うそ……ない……」
その事実は結理の緊張の糸を切るには十分だった。めまいにも脱力感にも抗うことができず、地面に向かって体全体を傾ける。堕落王に振り回された苛立ちは残っているが、疲労の方が勝った。
「まあた貧血かよ…!」
そんな結理を地面に落ちる前に受け止めたのはザップだった。呆れたように息をつきながらも少女の小柄な体を担ぎ上げ、遠くから聞こえてくるサイレンから遠ざかるようにその場から離れる。
「……せめておんぶにしてください……」
「運んでやってるだけありがたいと思え」
「……うぇぃ……」
抗議はあっさり撥ね退けられ、返事なのか呻いたのか分からない声を上げてから、結理は一度大きくため息をついた。少女を担いで騒ぎの中心から離れようとする青年という姿は普段ならもう少し目立っていただろうが、混乱の収まりきっていない街中でそれを気にする者はいない。
「……ザップさん、聞いていいですか?」
「あ?」
「『狩る側』の人が、吸血鬼に血をあげるのに、躊躇とかなかったんですか?」
「知るかよ」
「いや知るかよはないでしょ……」
「俺はすーぐ貧血でぶっ倒れるつるぺた貧弱チビガキの後輩が、堕落王の目論見阻止できるっつーから手ぇ貸しただけだ。文句あっか」
「………………」
先輩からの即答を聞いた結理は、担がれたままの体を震わせて力なく笑った。笑われる理由が分からないザップは、不機嫌そうに「んだよ?」と顔の見えない後輩に問いかける。
「……ずるい……ザップさんの癖にかっこいい……」
「癖にって何だ癖にって…!捨ててくぞ豆ガキ!」
悪態をつきながら、ザップはくすくすと笑う少女が落ちないように担ぎ直した。