日常に至る経緯8
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「…っ?」
「どーしたぁ?」
事務所入口に向かう交差点を曲がった直後、ふと探知能力が何かを捉えてベスパを止めた。ザップが怪訝そうに声をかけてくるが、結理は答えずに何かの正体を探す。少女の表情でただ無視された訳ではないことを察したザップも、何ともなしに周囲を見回した。
そう狭くない範囲で、空気が震えるような、水面が揺れるような、嵐の前の静けさのような、何かが起こりそうな微弱な違和感が漂っている。
(何だろう…?この気配……何か……近いのを知ってる……)
どちらにしろ平穏な空気ではない。結理は探知感度を広げながらエンジンを切ってベスパを降り、念の為にサマーコートのポケットから指抜きのグローブを取り出してはめた。
「……何かいんのか?」
「いるってゆうより、空気がおかしいです。変な違和感が……っ……」
同じように降りて警戒するようにわずかに体勢を下げたザップに答えながら、結理はその正体に思い当たった。
(念動力…!?)
「きます!!」
答え合わせのように事態が動いたのはその直後だった。地面が揺れたかと思うと一気に舗装がめくれ上がり、大小様々な瓦礫が次々と宙を舞う。
それは先程大通りで横目に見た光景を更に大規模にしたようで、恐らくそれを為したのと同じ犯人だろう。
(さっきのは準備運動だったってこと…!?)
「ザップさん!近くに……えっと……念動力者?超能力者?とにかくそうゆう能力者がいます!目的はよく分かんないけど……向こうの通りです!」
素通りしなければよかったと後悔しながら告げ、結理は気配の中心へ向かって駆け出した。ザップも少女の後を追う。通りは既に大混乱に陥っていて、逃げ惑う人々や瓦礫が当たって倒れ伏す人間や血を流す異界人があちこちにいた。アスファルトをめくられたせいで車だけでなく、付近にいたらしいポリスーツも引っ繰り返っている。
「一体誰が……」
思わず声に出た疑問に対する回答は、思わぬ所から来た。上空からの被害状況を映していた街灯モニターが突然砂嵐に変わったかと思うと、画面が一度暗転して次の瞬間には誰かが映る。
『ごきげんよう、ヘルサレムズ・ロットの諸君』
「………………」
その声を聞いて顔を上げた結理の表情から、一気に感情が抜け落ちた。
『私だよ。堕落王フェムトだ』
「また奴かよ…!」
心底面倒くさげに悪態をつくザップの横では、結理が無表情でモニターを眺めながら静かに拳を握っている。画面の向こうの堕落王は仮面に覆われていない口元に薄い笑みを張りつけ、芝居がかった厳かな態度で続けた。
『最近はどうだい諸君?僕は退屈しているよ。退屈に流れる平穏で普通な世界。まったく寒気がするねえ!だからね?今日もまた遊ぶことにしたんだ。オープニングセレモニーは既にご覧頂けただろう?それを為したのは僕がそっちに送り込んだ人造人間だ。それは身体能力こそそこらの人間と大差ないが、600秒毎に突発的に念動力を発動させる。更に発動するごとに威力が増していくという仕様になっていて、最後の13段階目にまで到達したら……HL中の建造物は根こそぎ引っ繰り返ってしまうだろうねえ!そうなる前に人造人間を見つけて破壊するのが今回のゲームクリアの条件だ。探知に優れたお嬢さんがいれば、そう難しいゲームではないよ?』
「……【あいつマジボコすつーか殺す】」
「っ!?待て!」
遠回しに名指しされたことを感じ取り、結理は思わず日本語で悪態をついた。指名してきたのならば遠慮なく相手の元に直接出向いて、ブチ壊す。その決意の元無表情のまま青筋を立てて駆け出そうとした結理だったが、腕を掴まれて止められた。振り向くと同時に抗議しようとしたが、それよりも早く少女を制止したザップは告げる。
「堕落王の話聞いてなかったのかよ!?奴より先に人造人間だ!そんぐらい分かるだろ!」
「…………」
駆け出そうとした体勢のままだった結理は静かにザップを見やったまま、ゆっくりと深呼吸をした。彼の言う通りだ。今優先すべきは神出鬼没で凶悪な嫌がらせを仕掛けてくる堕落王ではなく、時間が経つごとに規模の広がる被害を撒き散らそうとしている人造人間の探索だ。噴き出しかけていたどす黒い感情が霧散したのが分かったようで、腕を掴んでいた手が離れる。結理はザップに向き直って軽く頭を下げた。