日常に至る経緯8
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
スティーブンに教えられた住所は、ごく普通のアパートが立ち並ぶ一角だった。少女の容姿の自分を(事務所に他に人員がいなかったことを差し引いても)使いに寄越すくらいなのだからそう危険な区域ではないらしく、ベスパを走らせている間に何かしらのトラブルに見舞われることはなかった。
何事もなく到着し、錆びついた階段を上って目的地のドアの前に立つ。呼び鈴を押すが音は鳴らなかった。どうやら故障しているらしく、仕方なしに鉄製の扉をノックする。
「ごめんくださーい!」
「はーい!」
返事は予想外に一度で来て、すぐに扉が開いた。出てきたのはほぼ下着が透けて見えている薄いネグリジェを着た女性で、結理の姿を認めると驚いた様子で目を丸くした。
「……え?場所間違えてない?」
「ザップ・レンフロさんはいますか?」
「…………」
「勤め先の同僚です」
「…あ、ああ!そう!そうよね!!え!?同僚!!?」
「愛人よりは説得力ありませんか?」
焦りに顔を引きつらせて絶句していた女性が結理の言葉で納得気に頷いてから、もう一度目を丸くして凝視してきた。ある程度予想していたリアクションに苦笑交じりに返すと、女性も結理を上から下までざっと見てから苦笑して息をついた。
「……あー……まあ、ね。ザップならまだ寝てるけど……上がってく?」
「お邪魔します。ついでに起こしていいですか?」
「それは勿論。アタシ達もいい加減どうしようって思ってたとこなの」
(アタシ『達』…?)
問いかけに悪戯っぽく笑って返し、女性は少女を招き入れた。アパートは広めのワンルームで明かりは最低限しかつけておらず、ちょうど他のアパートに挟まれているせいもあってか薄暗い。
「…………」
奥の部屋に通された結理は、むせ返るような香水とそれ以外の匂いにしかめないように努力していた顔を遠慮なく引きつらせた。部屋のど真ん中に置かれているベッドには少女の探し主を含めて三人いて、左右に腰掛けている女性達はやはりと言うべきか下着姿だった。その二人に挟まれるように、上半身裸のザップが緩み切った顔で寝ている。シーツで隠れているので見えないが、多分下も何も着ていないだろう。
予想していた光景が寸分違わず的中してめまいを感じている中、彼女達は同僚(と仮定する)が連れてきた少女の姿を見るなり怪訝と驚きに目を丸くした。
「……え、誰?」
「ザップの隠し子?」
「違います断じて」
(ていうかわたしいくつに見えてんの…?)
「職場の同僚なんだって」
「えーー!?やだ可愛いー!!」
「こんなちっちゃい子がザップの知り合いー!?てゆうか仕事してたの!?」
「信じらんなーい!!」
「……あの、起こしてもいいですか?」
「いいよいいよ!遠慮なくやっちゃって!」
「中々起きないからあたしらも困ってたのよー!」
思いの外歓迎された結理は、気後れしつつもベッドの傍らまで行き、これだけ大声が飛び交っている中でも平然と寝続けるザップの肩に手をかけて揺すった。
「ザップさん、ザップさん!起きてくださいザップさんってば!!」
「……んー……キャリー……もう少し寝かしてくれよー……」
「結理ですよ!あんたが昼ごはんたかる後輩の!!誰と間違えてんですか!」
「キャリーアタシ」
「あ、どうも……ザップさん!もう!おーきーてーくーだーさーいー!!」
「あんだけヤったのにまだ足りねえのかよー…?しょうがねえなあ……」
「…………」
揺すっても起きないどころか、まだまだ夢の中らしい先輩から放られた言葉に一瞬以上殺意を覚えた結理だが、小さく息をついてそれを霧散させる。伸ばしてきた手をそれなりに強くはたき落としたのに、慣れた対応なのか残念そうにため息をつかれただけに終わってしまった。どうしたら起きてくれるだろうかと考えて、結理は苛立ちの発散も兼ねて爪で掌を切って術を紡いだ。
「『血術―ブラッド・クラフト―』……『爪―クロウ―』」
「っ!」
出来あがった鉤爪を纏った手を銀色の頭に向かって無造作に振り下すと、一瞬後にはそこから頭は消えて目標を失った刃は枕に突き刺さった。女性達が小さく悲鳴を上げる中、結理は殺気に即座に反応した姿を見てやっぱすごいなと思いながら術を解除して、まだ若干寝ぼけた様子で周囲を見回しているザップに極めて平然と声をかける。
「おはようございますザップさん」
「…………結理…?」
「とりあえずパンツはいてください」