日常に至る経緯7.5
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「……化物のお嬢さん(モンストレス)」
「何でしょう?」
蔑称にさらりと返事をする少女の目から戸惑いが消えた。子供らしく素直だとよく評される(ザップは無鉄砲なバカガキだと評していた)少女は、同時に別人格が存在するように肝が据わっている。氷の視線も拘束も、何でもないように受け入れて次の言葉を待っていた。
「これだけ酷いことをしてるんだ、もう少し慌てるなり怒るなりしていいんだぞ?」
「ここまで見事に凍らされちゃったら慌ててもどうしようもないし、怒る必要はないです」
「理由も分からずこんな目に遭ってるのに?」
「理由は分かってますよ。わたしは吸血鬼の血統ですから」
即答して、結理は中腰でいるのに疲れたのか座り直す。
自身に流れる血を、その血に向けられる感情を理解し、受け入れている少女は緊張も気負いも見せずに笑ってみせた。確かに、この手の警戒や向けられる視線に慣れ切っているようで、その笑みには諦めのような色も見えた。
「でも、わたしに流れる血が何であれ、わたし自身にやましいことはないんで、いくら試されても問題ないです」
「このまま氷漬けにされても構わないと?」
「何言いだすんですか嫌に決まってるじゃないですか!流石にそれは大問題ですよ!」
尋ねてみると、結理は面白いぐらいに今までの落ち着いた表情を全て捨てて顔色を変えた。実行しないでくれと言わんばかりに立ち上がりそうな勢いで即答するが、はたと我に返った様子で顔を引きつらせてから苦笑を浮かべて続ける。
「まあ……何もしてないのに氷漬けにされるのは勘弁してほしいですけど、疑惑を向けられるのは別におかしいことじゃないとは思ってます。わたし自身がそもそも怪し過ぎますし、吸血鬼は元来そうゆう立ち位置の種族です。正直言ってクラウスさんの方に驚きましたよ。色々本筋じゃないにしても本来なら敵の種族のわたしを、『一之瀬結理』ってゆう一人として見て、ライブラに入れてくれたんですから」
凍てついた足が気になるのか軽く触れるが、少女はそれ以上何かをしようとはしない。彼女の言葉を信じるのなら氷を退けることはできないのかもしれないが、仮にできたとしても何もしないだろう。
「その時に思いました。クラウスさんだけは絶対に裏切っちゃいけない。絶対に裏切りたくないって。その為なら何にでもなろうって」
少女は笑みを消して、黒の瞳で真っ直ぐにスティーブンを見据えた。先程までの受け流すような態度とは違う、挑むように強い視線だ。
「それだけは、疑われたくないです」
静かに、強く言い切って、結理はスティーブンから目を離さずに続けた。
「スティーブンさんも、そうなんでしょう?」
だから今、結理を試している。少女が組織にとって、『彼』にとって本当に害をなす存在ではないのか。
斬り込むように、見透かすように問いかけてきた、子供と呼んでも間違いでない少女の瞳には、一歩も引かない強い意思の色があった。
先程の一局と同じだ。自らを削りながらも逃げることなく臆せずに攻め貫く姿勢。無鉄砲ともとれるが、それでも退かずに進み続ける攻めの一手。
その姿勢は、時に搦め手も丸ごと打ち砕く力を持つ。
「……君は怖いもの知らずだな」
「そんなことないですよ」
問いかけとは違う返答をすると、結理はまた笑ってみせた。だがその笑みは強張っていて、さっきまでスティーブンを真っ直ぐ見つめていた瞳は揺れている。
「実は今すごい泣きそうだって言ったら、信じてくれますか?」
「疑うね」
「うわひどい!即答!?」
「冗談だよ」
本当に泣きだしてしまいそうな顔をする結理に思わず噴き出しながら言い返して、スティーブンは床から足を離した。同時に巻き戻しのように少女の足から氷が退いていく。
「悪戯にしては少し度が過ぎたかな」
「……いえ、はい、まあ……結構足冷たかったです」
笑み交じりにそう言うと、結理は戸惑い気味に答えながらわずかに顔を引きつらせた。それからすぐにその表情を消して、いつものように笑う。
「というわけで、もう一局お願いします!」
「本当にブレないな……」
たった今までのやり取りがなかったかのように元気に言ってくる結理に、何だか拍子抜けした気分になった。こちらが警戒した分だけ少女は自然体になっていく。それら全てが演技だとしたら途方もなく無駄な労力だ。疑うのも馬鹿馬鹿しい。
そう思ってしまうと、ほんのひとかけでもある敵対の危険性に対する警戒心が、消えて行った気がする。
「俺も甘くなったかな…?」
「え?何ですか?」
「結理、」
「はい」
「さっきの最後の手番、ビショップを守りに向かわせてたら、詰みまでもう5手は延ばせたぞ」
「……それ延命にしかなりません?あ、でもそっか、その5手で攻め切れたかもしれないってことですね!」
「それはどうかな?」
「もー……上げるのか落とすのかどっちかにしてくださいよぉ……」
肩を落としながらも、結理は楽しそうに盤上の駒に手を伸ばした。